………兄貴を医者に届けた後、外に出ていろと言われた俺は集落から少し離れた崖でひとり空を見上げていた。かなりの時間が経ったと思っていたが空を見れば漸く一番星が出てきたところのようで、精々一時間程度しか経過していないらしい。俺の上は深い紺色に染まっていたものの、遠くの方は橙色の夕陽の尻尾で紫色になっている。

ー兄貴と一緒に見たかったな………

 焦れるようにゆっくりと月もない暗がりに包まれていく様を感じながら、どこか胸騒ぎを覚えて何度も座り直した。まさか兄貴が危篤だなんて訳がない。きっと少し体調が悪いだけなんだ。兄貴がこんなので死ぬわけがない。兄貴は強い。俺とは違って一年に一度も風邪をひかないのだから………

ーあっ

 流れ星だ。一筋見えたと思ったら他にもちろちろと筋が走りだした。流星群だろうか?
 よりによって今日この日がそんな特別なのなら、尚更兄貴と二人で過ごしたかったものだと。兄貴の体調がそこまで悪かったと察することができずに無理をさせてしまった自分が情けなくて落ち込んだ。
 星の魔法を信じるならば、俺に兄貴を救う力を、と願ってみたりして。

ーそろそろ頃合いかな………

 一人で家に帰るつもりは更々無かったので、最悪の場合ここに泊まって兄貴を看ていてもいいだろうと思いながら立ち上がる。俺は最後にもう一度流れ星を見上げてから村の方へ向かった。………様子がおかしいと気付いたのはそれからだった。

 医者の家の戸が不自然に半分だけ開いていた。………だけではなかった。暗がりでよく見えないが確かに、家の周りには血の痕が点々と続いている。俺は慌てて家に飛び込んだ。兄貴はいなかった。兄貴が寝かされていた部屋は天井にまで血肉が飛び散って酷い有り様だった。返り血がかかった制御装置と首輪が机上に置いてあった。

 ………甲高い女の悲鳴が聞こえた。俺は吐き気と戦いながらそちらへ駆け出した。

ーああ、あ、兄貴ッ………!

 女の腹を裂いて腸を引きずり出してはめちゃくちゃにぶちまける兄貴の姿があった。その顔には何の色も無かった。ただ虚ろな目で自分の真っ赤な手だけを見て、女の原型が無くなっても尚それを止めなかった。兄貴が放り投げた臓物の破片は俺にも降りかかった。異常に気付いた村人達が集まり、連鎖的に悲鳴は増えていった。兄貴は怯える村人達に容赦なく気弾を飛ばした。

ー兄貴! だめだ兄貴!

 血が迸り肉が弾ける。地獄だった。俺は兄貴の腕を押さえ付けようとしたが簡単に振り払われてしまった。兄貴は俺を見て少しだけ嫌そうな顔をすると窓を叩き割って外へ出て行く。俺は兄貴を止めなければと決心した。怯えてなどいられなかった。何故こうなってしまったかは分からないが兄貴はとても苦しそうに見えたのだ。俺は力の抜けた体を奮い立たせて兄貴を追った。

ー兄貴ッ! 目を覚ませ!

 同じように肉をぶちまけて回る兄貴に気弾を撃った。それをモロに食らった兄貴はまた嫌そうな顔をしながら森の方へと飛んでいく。それを慌てて追うと、少しだけ離れた泉の上で兄貴は止まって此方を向いた。両手に気弾を構えていた。俺はもう形振り構わず兄貴に突進した。抱き締めた。気弾は変なところへ飛んでいった。

ー兄貴ッ……ごめん………

 何がごめんなのかは分からない。ただ思ったことが口から出ていた。驚いたように此方を見つめる兄貴の瞳には数多の流星群が輝いていた。

ー兄貴………

 くしゃりと髪を掴んで引き寄せた。血濡れてすっかり紫色になった兄貴の体は少し震えていた。少ししてその腕がおずおずと抱き返してきた。自分達の胸が密着して、段々と鼓動が揃っていくのが分かった。

 居たぞ! あの子供だ! そんな声が遠く聞こえた。兄貴がはっと目を見開いた。血みどろの自分達を何度も見比べて怯えるような顔を見せた。わなわなと震えだした。

 ………兄貴は弱いんだ。そう思った。辺りを見回す。松明を持って此方に飛んでくる大人達と、泉に映る紫色の自分達が見えた。

ー兄貴、ごめん

「え?」

 渾身の力を込めて兄貴の頭を殴り抜いた。兄貴はそのまま泉へと落ちていった。俺は大人達に向かって、わざと標的を少しずらして気弾を撃った。そしてそのまま逃げ出した。

 後方から数えきれない程の気弾が飛んで来た。俺は自分達の家とは逆方向に向かってがむしゃらに飛び続けた。もう二度と兄貴とも家族とも会えることはないだろう。それだけがとても悲しかった。それでも俺は後悔などしていなかった。あんなに弱々しい兄貴を見て、そのままにしておく訳にはいかなかった。俺は星に祈った。あれは誓いに似ていたのだと。俺は他人事のように思っていた。
 恐怖の色に染まって震える瞳………もしかしたら兄貴はもう殺したことすら覚えていないのかもしれないが、それに関わらず大人達に捕まってしまっては命はないだろう。少々やり方が手荒だったかもしれないが、きっと全て俺がやったことに見


 肉の焼ける臭いがした。強い痛みを感じた。俺は真っ逆さまに落ちていった。真っ暗な空に輝くものはもう何もなかった。





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