9 カンザマ?『ドーナツ半個分の慕情』




 フューの実験に付き合わされていたザマスがようやく戻ってくると、共通のリビングには珍しいことにカンバーとふたごが揃っていた。甘く魅力的な匂いがして、見るとテーブルの上にはドーナツの大箱が乗っている。
 時々、ハーツが全員分のおやつだとか言って買ってくることがあった。それぞれの好みに丁度合わせたものをチョイスしてくるので、普段は誰にも心を開かないメンツもこの時のリビングでだけは比較的平和に共存できるのだった。

『なんだと』

 さて、箱を覗き込んだザマスは眉をひそめて固まった。箱の中には、未使用の紙ナプキンと僅かな粉糖しか残っていなかったのである。あのハーツに限って、全員分買ってこないことはありえないはずだ。辺りを見回すと窓縁に腰掛けていたカミンが、最後の一欠片を丁度口に放り込んでしまうところだった。

『き、貴様! まさかそれは私の......』

『名前なんて書かれてなかったもの』

 ザマスが吼えると、彼女はそう言って窓の隙間をすり抜けて出て行ってしまう。弟の方はその近くで無言でジュースの紙パックをそのままゴミ箱に放り投げ廊下の方へ歩いて行ったが、その顔は若干笑っているようにも見えた。

『なんと躾がなっていないことか......』

 今すぐ壁を壊してあの性悪女を切り刻んでやりたいところだったが、そんなことをしてはハーツ達に何を言われるかわかったものではない。作業帰りで小腹が空いていたところに丁度いいと思っていたのに、とんだ期待外れだ。
 仕方ないので何か適当なものを作るかと思ってキッチンの方へ向かおうとすると、無言のまま隣に歩いて来たカンバーが、持っていたドーナツをもう片手で掴んで半分に千切り、包装紙に包まれた方をザマスの方に寄越してきた。
 そして何も言わず部屋を出て行ってしまい、不意のことに思わずそれを受け取るしかなかったザマスはそのまま呆然と立っていたが、彼の後ろ姿を見送りながら怪訝な顔をする。

『神への供物か?』

 ザマスは菓子を一つ食べそびれたごときではそこまで怒っておらず、むしろ神への無礼やマナーのなってない様子にひどく立腹していた。そこにあまり話したこともない男からいきなり分け与えられるなんて。拍子抜けしすっかり毒気が抜かれてしまったザマスは、しかし元は何かの命だったそれを食べないことよりも悪いことはないと知っていたので、黙って食べることにした。
 それはドーナツ本体の種類こそ異なるものの、ザマスが好んで食べているものと同じ味付けが施されていた。





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