6 ザマ+オレ『清算はできずとも、』



 ハーツに呼び出されて廊下を歩いていたザマスは、途中の空き部屋から妙な気配を感じてドアの隙間から中を覗き込んだ。すると物陰に隠れるようにしてオレンがしゃがみこんでいる後ろ姿が見えて、また何か悪い小細工でもしているのかと思ったザマスは気配を消してその背後に立った。

『何をしている』

「ひっ......!?」

 ここまでの反応は想定内だった。しかし、よく見ると何かを抱えているのかと思っていたその両腕は、どうやら自分の体を抱いているようで。おまけにオレンはまるで恐怖の対象でも見るかのように震えながらザマスを見上げている。それに対して何も言わないうちに尻餅をついて向きを変え後ずさったので、無駄とはわかっていながらもその細腕を掴んで捻り上げてやった。

「離せッ......!」

 これまた想定外なことに、いつものように溶けてすり抜けてしまえばいいものをそうする様子が一向に見られない。ついでに言うと立とうにも立てない、正しく腰が抜けてしまっているようで、ザマスは関節や筋肉がないはずの彼らにもそういう概念があったのかと感心する傍ら、一人の気の強い子どもをここまで怯えさせる脅威の存在を想定して辺りをぐるりと見回して警戒すると、腕はしっかり掴んだまま、半分浮いてさえいた彼の体を地面に下ろした。

『何かあったのか?』

「いいから離せよっ! 離してよ......」

 まるで話にならない。舌打ちを鳴らせばオレンの体は大袈裟なほど跳ねたが、ザマスはそれを意にも介さずに腕を掴んでいた手を彼の後頭部に素早く回すと、同時にもう片手を彼の額を覆うように当て、軽く気を流し込んだ。
 少しするとその小さな体の震えは収まっていき、緊張が解れたのか全身を脱力させて傍の箱にもたれ掛かった。

『私はハーツではない、説明してくれなければ分からない』

 ぐったりしたままのオレンは暫く逡巡していたが、心を浚っていくような銀色の左目に気圧されて吐き出すように言葉を紡ぎ始める。

「これはボク達の記憶じゃない......あいつらへの恨みを忘れないための作られた痛みだ......でもこんなのやだよ、怖いよ......」

 あいつら、というのはサイヤ人のことだろうか。彼ら姉弟の親......ツフル人はかつてサイヤ人に侵略され滅びてしまったのだと聞いたことがあった。人工の記憶を植え付けてまで憎しみを抱かせるとは、あくまで彼らは都合のいい生物兵器でしかないということだろうか。ザマスは人間の愚かしさに軽く苛立ちを覚えながらも、しかしこのままでは調子が出ないのでここはひとつ何かしてやろうと思って、いま一度オレンの腕を、今度は優しく掴んで立たせてやった。

『ハーツのところへ行くか?』

「ううん、ハーツもいいけど、姉さんのとこがいいかな、なんて......」

 この数日間、カミンとラグスはフューに連れられて別の宇宙へ行っている。オレンは元気のない声で呟くようにそう言うと、壁にもたれて視線を下向ける。それが叶うはずのないわがままだと自覚しているからだろう。ザマスは少し考えると、腕を引いて真っ直ぐ立たせる。

『では会いに行くぞ』

「え......?」

 瞬間、空間が......否、厳密には彼ら自体の存在が歪んで浮遊感に襲われ、次の瞬間には見知らぬ森の中だった。戸惑っているオレンにザマスがある方向を手で示してそっちを向かせると、みるみるうちに暗かった表情に光が差していった。

「姉さん!」

 その場にいるはずのない弟に不意に抱き着かれたカミンはもちろん、その近くで湧き水を汲んでいたラグスもひどく驚いた様子だった。しかし双子のシンパシーというやつか、何があったのかカミンにはすぐにわかったようで。

『弟が世話になったわね』

 我関せずというようにその場で森を眺めていたザマスは、声をかけられたので仕方なくそっちを向いた。

『サイヤ人にもいいとこあるじゃない』

『私は神だ!』

 比較的和やかであった彼の精神は一瞬にして不機嫌なものに変わる。これだから嫌いなんだ、ザマスはうんざりしながら彼女らに背を向けた。



『オレン、私は帰るぞ。ここにはもう戻らないが、お前は残るか?』

 姉弟の話が粗方落ち着いたところでそう投げ掛けると、少し考えるような沈黙の後にぱたぱたとザマスのそばに駆けて来た。

「ボクも帰るよ」

『フューのことを気にしているなら、なにもしなければ部外者がいても問題はないと思うが』

「ううん、ほんとに大丈夫。戻ってもハーツと、ザマスがいるもん!」

 そう言ってわかりやすい眩しい笑顔を見せた少年に、ザマスもほんの少しだけ気持ちが晴れやかになったのだった。






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