背中についた爪の痕が、痛いのか熱いのかわからない。その気になればいつでも治せる程度の損傷であったが、青褪めて焦燥するいまの自分にはその感覚がなければ狂ってしまいそうだと思い治せないままでいた。
 彼が目覚めない。昨夜自分がどんな恐ろしいことをしてしまったかは覚えている。フェロモンにあてられ昂る自己を抑制できず、あまつさえ、乱暴に組み敷いて暴走する欲をぶつけてしまった。半人の身として初めて覚えた快楽よりも、彼がいつまでも瞼を開けないままでいることが何よりも大きくいまの私にのしかかるのだ。
 いつもは自分が倒れた時彼に面倒を見られている癖に、いざこういう場面になると自分がどう看病をされていたかが思い出せない。覚醒を促すよう気を送ってやったり、体を清潔にして寝巻きを着せてやる(神の力を使ったのは言うまでもない)くらいしか出来ない。もう短針が午を刺す頃だというのに一向に目覚める気配のない彼が心配で堪らないが、結局は何も出来ない自分が無力で愚かでならないのだ。

 分厚いカーテンの向こうに強い光源を感じる。丁度太陽がよく見える位置にあるようだ。そういえば生物の覚醒には太陽光が有効だったことを思い出し、ずっとベッドの上から動けないでいた体を解す意味でも、たまには手でカーテンを開けようと立ち上がった。
 ……カーテンに触れた瞬間、背後から動く気配がした。振り返れば丁度彼がいかにも忍び足をしているような体勢でドアノブに手をかけているところで、気まずそうな目をこちらに向けて固まっている。数秒睨み合ってから、私は重々しい口をやっと開いた。

ーー昨夜は悪かった。好きに戒めてくれて構わない

 彼は驚いたような顔をしていた。そしてドアノブから手を離し、立ち上がって姿勢を直す。

「何故謝る」

ーー覚えていないのか? 私は昨夜おまえを……

「そういう扱いには慣れている」

ーーだったら何故そうやって、こそこそと逃げようとする

 数秒の沈黙の後、目を逸らされる。後ろめたそうな、何か言いあぐねているような雰囲気だ。やはり彼の機嫌を損ねてしまったのは間違いないのだろう、私は罪と自責の意識に苛まれながら、窓に向き直ってカーテンを開いた。分厚そうな小さな雲がちょうど太陽を覆い隠している。鏡面のようなガラスには陰気な私の顔が映っていた。

「体は大丈夫だ、もう気にするな」

 すぐ背後まで歩いてきた彼に釣られて振り向く。本当になにも気にしていないような、いつもの優しい瞳がこちらを見下ろしていた。
 それでも顔色を変えない私に呆れたように眉を歪めると、それから一瞬思い出すような間を置いて。その瞬間雲が退いたのか、ぱっと彼が明るく照らされる。

「あんなにじっと見られていては、気まずいだろう……?」

 そう言って笑った深紅の瞳があんまり綺麗で、目頭が熱くなった。



おわり




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