モニターを眺めながら溜め息を吐いた俺は、饅頭共の異様な動作をメモに取りながらコーヒーを煽った。

「ああ、こりゃ確かに厄介だ」

 元はと言えば実家からのSOS。畑が毎日のようにゆ害に遭っており、しかもそれが恐ろしく頭がいいらしくて実家の年老いた飼いゆでは追い払えず埒が明かないというので、趣味で捕食種を調教している俺に白羽の矢が立ったのだ。二年前まではこんなことはなかったと言っていたが、恐らく最近になって有能な長が野生の群れに現れたのだろう。
 山から降りてきた3〜4体の小規模グループが順に畑に接近し、ごじーた、ぶらっく種が柵の一部をこじ開け、野菜を掘り起こし、グループを纏めているのであろうべじっと種の指示に従って手際よく運んでいるように見える。

ーーこんさいさんはおもいから、ごじーたがはこんでねっ、とめいどっさんはくきごとでいいよ!

 やはり、何かをするにあたって種族ごとに役割分担がしっかりとできているようだ。声も低く抑えられ、どのグループを見ても無駄な動きが一つも見られない。
 ここまでしっかりした饅頭の協力体制は野生や野良では聞いたこともなかったのでどうしたものかと思ったが、暫く眺めていると柵を元のように戻していった。あれが最後のグループだろう。

 俺は愛用の鞄を抱え、そっとそのグループの動向を追って山へと入って行った。

 幸いなことに人間にもギリギリ通れる見通しのいい道を選んでいるらしく、餡子脳の饅頭共を尾行する事はさして難しくはなかった。道中の木にナイフで目印を彫りつつ進んで行くこと数十分、それなりの奥地に特別開けたところがあり、そこにかなりの規模のぷれいすがあるらしかった。饅頭共は集めた作物をそれぞれの巣穴に持ち込んだり、分配したりと忙しそうだ。子ゆの声も多く聞こえるので、今は繁殖期なのだろう。
 それで人里の作物にまで……と合点がいった時であった。

「ゆうっ!? にんげんさんがいるんだよ!?」

「ほんとだっ! にんげんしゃんっ!」

 流石に饅頭達が俺の存在に気付き始めたらしい。どこからともなくわらわらと湧いてきた彼らにあっという間に囲まれてしまった。そーどを構えた兵ゆらしき大きめの饅頭が手前に出てくる。さながら俺は包囲されていると言ったところか。
 本当にこの群れはどれだけの規模なのだろうか、と目の前が暗くなるような心地になった頃であった。ざわつく饅頭の群れを掻き分け、光るものがすっと目の前に浮かんできた。
 
『人間さん、私の群れに何か御用ですか?』

 それは少しくすんだ光輪を背負ったがますだった。髪とあんよの一部に泥汚れが目立ち、ぽたらもくすんでしまっている。綺麗好きながます種には珍しく随分と小汚い個体だ。そもそもこの山にはぶらっくやろぜ種は居ても、ざま種はほとんどと言っていいほど見られないと報告されていたので少し驚いてしまう。

「私の群れ、ということはお前がこの群れの長か?」

 気を取り直して質問すると、がますは丁寧な仕草で恭しくお辞儀をした。しっかりとした口調といい、上品な仕草といい、この長は特別に頭のいい善良種に違いないだろう。長がゲスならすぐにでも捕食種を連れてきて駆除といきたいところだったが、ここは彼らにチャンスを与えてやろう。

「簡潔に言う。俺は今すぐにはこの群れに危害を加えるつもりはない。だが、これ以上人里を襲ってそっちから危害を加えてくるつもりなら俺も容赦はしない」

 何を言っているのか理解出来てない様子の饅頭達を後目に、長はしっかりと内容を把握出来ているようだった。頭のいいゆっくりは気を使う必要が無いから助かる。
 少しの間群れを眺めていた彼はこちらに向き直り、すまなそうに眉をしかめた。

『申し訳ありません、この時期は赤ゆや妊ゆたちの為に特別に栄養を摂らせなければならないのです。できるだけ畑を必要以上に荒らさない、必要以上の作物を奪わないように指示しているのですが、どうしても迷惑をおかけしてしまうことは非常に申し訳なく思っております。ですがどうか、恨むならばそれを指示した私をお恨みください』

 これまた、随分と低く出たものだ。想定の斜め上を行く回答に返答をしかねていると、長の言葉を聞いた饅頭達の罵声が一斉に飛んできた。

「にんげんなんかにはいりょするひつようないだろっ!」
「むのうっ!」
「げすなおさなんてぷくーだぞ!」

 あまりにもうるさいので耳を塞ぎたくなったが、あくまで彼らに非難されているのは長であるがますのようだ。彼は拳を握り締め、目を閉じてじっと耳に殴り込んでくる罵詈雑言に耐えているようであった。

「そうか、ご苦労だったな。なら今日のところは帰らせてもらう。その代わり、少しこのあたりのサンプルを取っていきたいから領域の木なんかを調べさせてもらうぞ。」

 長は小さく頷いて見せると、ふらつきながら怒れる群れの中に降り立って消えていった。俺は手際よく辺りの木や草むらにカモフラージュカメラを取り付け、饅頭達を踏まないように気を付けながらその日は山を下りることにした。

 戦果はあがったのかとワクワクしている様子の母に一言断りをいれ、再び元いた自室に戻る。早速遠隔カメラを起動させると、あの長がいくつかの饅頭共に囲まれているようだった。
 ……いや、ただ囲まれているだけではない。饅頭共は代わる代わる長に体当たりをしたり、そーどで切り付けたり、あるいは飛び上がって踏みつけたりと、暴力的な行動をとっているようだ。対して長は無抵抗のままリンチをじっと堪えているように見える。
 あの行為に何か意味があるのか……明日それを明らかにしようと、その日はもう饅頭の調査は終えることにした。


 翌日。いつもの時間になったが饅頭共は現れない。早速長が動いてくれたのだろうか。とはいえ本当のことはわからないので、いま一度モニターを見てみたが特に異変は見られなかった。
 高価な上一日で電池が切れてしまう遠隔カメラの回収も兼ねて目印を頼りに山へ分け入る。思っていたよりスムーズにぷれいすに到着したが、昨日の様子とは打って変わって、饅頭共は尽く巣穴に潜ってしまっているようだった。それでも見張りの仕事をしていた饅頭が黙ったままこちらを見つめている。
 ……茂みから長が現れる。昨日よりも更にみすぼらしくなり、背中の部分には太い枝が突き刺さっているし、歩き方もどこかぎこちない。それでもこの長は堂々と立ち振舞おうとしているように見え、それが却って哀れさを際立たせていた。

「……この群れはどうなっている? どうして頭のいいがます種のお前がそんな目に遭っている?」

 心からの疑問であった。長は何か言いたげに口をまごつかせたまま考え込んで空を見つめていたが、長丁場になりそうだと俺がしゃがみこむと観念したように口を開いた。

『ゆう……順を追って説明させていただきます。この群れは元々人目に触れないところでひっそりと暮らしている小さな群れでした。長はおらず、殆ど群れ意識もない低俗で愚かしい集団でしたが、数年前私が……まだ未熟な1ゆのざますであった頃この山に迷い込み、心優しく賢いぶらっくと出会ってその誇り高き理念に感銘を受け、この姿になりました。そして私は彼の崇高な意志を継いでこの群れをもっとゆっくりさせる使命に駆られたのです』

 案の定こいつらは口を開くと止まらない。立ち疲れないようしゃがんで正解だった。

『ゆっくり達の心は緑一つない砂漠のように荒んでいました。山にはおぞましい毒性のある植物や虫が多く、食糧が少なかったことも原因の一つです。ゆっくり達は毒で死ぬまいと、確実に食べられる僅かな糧食を奪い合うように狡く生きていました。ですからまずは余所者でもある私が可食品を探すことにしました。私は強烈な毒を受けようとも、不死性故に魂まで尽きることはないからです。結果、食糧問題が大幅に改善されました』

『彼らの信頼を得た暁には、何を望むかを拝聴して回り、最も多くの者達が望んでいることは有能な長の誕生だと知った。聞けば彼らは幾度となく無能で愚かしい長に転がされ辛酸を舐めるような思いをしてきたそうなのだ。しかし本当のところは、自分達の行動の責任を擦り付けられる都合のいい羊が欲しいのだと私は気付いていた。ならばこそ! 神の叡智と不死の肉体を併せ持つこの私がその任を請け負わずして誰がなろうか?』

『かつて私は人間の世界で政治を学んだ。色々な方法がある中で、私は最も公平な多数決を選び、それでも上手くいかなければ私が責任を取った。群れの中で起こった悲劇的な事故や日常の些細な争いも全て。たったそれだけのことで民衆の心はみるみるうちに活力を取り戻し、いまのように活気溢れる都市に成長することが出来たのだ……!』

「待ってほしい、責任を取るというのは、もしかしてそうやって……暴力を黙って受けることだってのか? お前はぶらっく種の力の強さも受け継いでいるのだからいくらでも反撃ができるはずだろう?」

 まだ治りきっていない生傷や背中の枝を指さした。拳を振り上げて気持ちよく演説をしていたところを止められた彼は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたが、ふと思い出したように暗い顔になり俯いてしまう。

『……そうです。この群れには私のように不死身の肉体を持つ者は他にいません。ですから私が適任でした。それに、どちらにせよ群れのみんなが決めたことですから……』

 さっきまでの威勢はどこへやら、人が変わったかのように大人しくなった長は小さく呻きながら枝を引き抜いた。体が弱っているのか、再生能力もかなり落ちているようだ。
 それにしてもこのがますは、やはり俺が思っている以上に頭がいい個体らしく、そしてそれと同時に、この群れはどうしようもないゲスの集団のようだ……

「事情はわかった。だがお前はこんなゲスの群れにいていい器じゃない。その知識を……神の叡智を生かすべきところが他に必ずあるはずだ。だからこんなところでいつまでも痛い思いをしていないで、うちに来たらどうだ? 待遇はもちろんよくするし、もっと色々なことを学べるぞ」

 一瞬表情が明るくなった長だったが、一度ぷれいすを見渡し、また暗い顔をして首を振る。こちらを見ていた兵ゆの舌打ちに体をビクつかせ、体をますます縮めてしまった。

『……私が居なくなればこの群れはまた、前のようなゆっくりできない群れに戻ってしまうかもしれないですし、私がここに居なければ彼らはゆっくりできない。私はここに残らなければなりません』

「ああ、もう、わからない奴だなあ、じゃあその代わりと言ってはなんだが、まず群れのゆっくり達をここに集めてくれないか?危害を加えるつもりは毛頭ないんだが」

 まだ完全には信用しきっていないのか何かを考えているようだったが、服従の意を示すため両手を上げて掌を見せると彼も納得してくれたようだった。
 やはりそこは長と言うべきか、彼の号令で巣穴に引っ込んでいた饅頭共がぞろぞろと這い出してきた。その勢いは留まることを知らず、どれだけ隠れていたのか、昨日とは比較にならないほどの数の軍勢にあっという間に囲まれてしまった。流石に赤ゆや妊ゆまでは出てきていないようだったが、それでも数百体といったところか。
 俺は訝しげな顔をする饅頭共を後目に、何をするのかと戸惑っている様子の長を掴み上げた。抵抗の一つも言われないうちにこちらから声を張り上げてしまう。

「多数決を取ろう、俺はこの無能な長を連れていき、制裁しようと思うんだが、みんなはどう思う?」

 静まり返った群れ。長は不安げに瞳を揺らしながら俺と群れとを交互に見つめている。するとおもむろに

「むのうなおさは、せいっさいだよ!」

 後に続くように饅頭共は一斉に賛成の意を唱えた。満場一致だ。哀れな長は信じられないと言ったような顔をしていたが、俺が返事を促すと黙り込んだまま頷いた。多数決は正式に行使されたようだ。俺は持ち込んでいた檻にがますを放り込み、今一度群れに制裁することを宣言してから山を下りた。
 自室に戻ってから、すっかりしおらしくなってしまった彼にオレンジジュースをふりかけて治療してやり、愛饅のろぜとべじっとに面倒を見させることにした。一方で仕事だと息巻く捕食種達を籠に入れ、再び山へ。籠の中が見えないように細心の注意をはらいながら、例によって見張りをしていた兵ゆに話しかける。

「あのがますの制裁について聞きたいことがあるから、一番力の強いゆっくりと一番頭のいいゆっくりと会わせてほしい」

 先のことですっかり警戒心を無くした兵ゆは、愚かにもすぐに一ゆのぶらっくとべじっとを、わざわざ俺の足元まで連れてきた。……即座に2ゆを踏み潰し、籠を地面に置く。涎を垂らした10体の捕食種達が一斉に飛び出した。

「ほしょくしゅだああああああ!!!?」

 それからはあっという間だった。叫び声にかけつけた兵ゆも逃げ出そうとした饅頭共も次々と噛み殺されていき、餡を散らせ、醜く叫び。統率を失った群れはがますへの恨み言を最後まで呟きながら、最後まで実に醜く滅びていった。最初のうちは比較的楽しんで殺戮や捕食を行っていた捕食種達も、次第に殺すことを流れ作業のように息を切らしながら行っている始末だった。……抵抗らしい抵抗をする饅頭がいなかったことが幸いか。
 終わったらとびきりの高級おやつを食べさせてやることを約束して、愛饅達に任せていたがますの様子を見に帰る。べじっとがこちらに気付き、静かに首を振った。ろぜはがますに寄り添いながら少し怒った顔をしている。

『こいつはもう……ダメみたいだな。非ゆっくり症の症状が出ていたのが治まったと思ったら、心が壊れちまってるよ』

『本人から少しだけ聞いたが、彼は尽くしていた群れを失ったそうだな? それが原因だろう、こんな体になるまで群れを守っていたのに、裏切られて打ち捨てられるなど……唾棄すべき邪悪は浄化できたのだろうな?』

「ああ、それは問題ない。おまえ達もありがとうな、もう休んでくれて構わない。後は俺が様子を見よう……」

 ハンカチの上に寝かされていたがますをそっと手の平に乗せ、目線を合わせるように持ち上げる。眠たげに目をこじ開けた彼は、次の瞬間にはどんぐりのように丸い純真無垢な目をバッチリと開いて輝かせた。

『ゆう? おにーしゃん……ゆっくりしていってね!』

 ああ、なんて哀れなことだろう。
 指先で腹を擽ってやると、そう知能の高くない平均的な愛玩饅頭のように幸せそうに笑って続きを催促した。もう彼は以前のように崇高な理念を抱くことも、愛する群れのために自らを犠牲にすることもないのだ。結果的には彼の心はこれ以上ないほどに傷付き、そして全てを忘れて幼児退行することでしか守れなかった……せめてまともな飼いゆっくり並にゆっくりさせてやろう。いま出来る事は、それだけしかない。



おわり




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