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ああ、聞いてしまった。
聞いてしまった。
親父は俺を、操っていた。この忌まわしき頭冠で。何故気が付かなかったのか。何故怪しいと思えなかったのか。
「こんなもの………!」
自室に戻ってそれを外そうと腕を伸ばした時、俺の時は止まった。
………これは本当に俺か?
「お、親父、は」
親父はどこまで俺を操っているのか。疑問が脳髄を埋め尽くした。
まさか。まさかとは思うが、俺は今の今まで、一度だって"自分の意思"で動いたことなどなかったのではないだろうか。
俺は……俺がいまこれを外そうとしているのも、そしてそれができずこうして思考しているのも。親父の後を尾行たのも、怒りとも悲しみとも言えぬ衝撃に襲われたのも。まさか全て、俺ではなかったのでは………
気が付けば俺は意味のない音を叫びながら宮殿を飛び出して飛び回っていた。
嫌いだ。全部、嫌いだ。
下方で騒ぐ奴隷共の声から逃れるように森の方へ向かった。誰もいない。やや冷たい空を裂きながら意味もなく飛んだ。もう何も考えたくはない。それでも俺は………こいつは考えることをやめてくれそうにはなかった。
こいつは誰だ。俺はどこだ。この感情は誰のものなんだ………
ふと、視界の隅にきらりと小さな光が見えた。地上へゆっくりと降りた。
そこは深い森の奥の、静まり返った小さな、泉。
深い夜空に輝く星が反射し、まるで森に宇宙を閉じ込めたかのようにきらめいていた。
誰もいない。ここには、誰もいない。生命などひとつもない。何の感情もない。あるのは、静かな宇宙と、冷たい世界と、空っぽのうつわだけだ。
泉の縁に膝を付いた。覗き込んだ。水底は見えなかった。金色の輪が沈んでいるように見えた。波一つ立たず、泉は静かなままだった。
ふと、泉は氷のように冷たいことに気が付いた。顔面が焼けるように冷たい。僅かに揺らめく水中と大小様々の気泡。同時に激痛と息苦しさも感じているようだったが、それよりもあの銀の粒の先にあるであろう、まだ見ぬ世界が気になっていた。
それが闇なのか光なのかはわからない。
それでも、このまま………
『ブロリー!!』
温もりが触れた。誰かの名を呼んでいる気がした。何かが遠ざかっていく。目の前には、ずぶ濡れで息を切らす親父の姿があった。
「な、なんっ………、!」
濁った音で水を吐きながら、俺は震えていた。
『ブロリー………』
親父の胸に抱かれた。鎧は冷たかったが、すぐに体温が伝わり温もりと鼓動を感じた。俺の白かった腕に赤が灯っていくのがはっきりと分かった。
『沈んでいくおまえを見つけて心臓が止まるかと思った……間に合って本当によかった………』
ようやく呼吸が落ち着いてきた。はじめて自分が寒がっていることに、気付いた。親父の腕がとてもあたたかかった。
「親父、なんで………」
思いの外上擦った声が出た。親父の手が俺の頭を、子供をあやすように撫でた。親父は今まで見たこともないような優しい眼差しをこちらへ向けていた。目をあわせることはできなかった。
『ブロリー、おまえはかけがえのない俺の大切な子だ。』
優しい声が響いた。俺はその響きが妙にこそばゆく感じた。
『ブロリー……こっちを見なさい』
両の頬を持たれ、顔だけ動かされた。目はどうしても逸らした。薄く笑う息遣いが聞こえた。堪えきれず、目を瞑った。
今度こそ、親父の小さな笑い声が聞こえた。
『おまえにもしものことがあったら大変だからな………』
なあ親父、それはどういう意味なんだ?
おわり
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