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黒ちゃんは兄さん達のことが好きでした。けれども、黒ちゃんは誰一人愛することができませんでした。
黒ちゃんは兄さん達が好きすぎて、どうしたらいいか分からないのです。
黒ちゃんは自分の愛が重いことを分かっていました。だからこそ尚更に、それをどう表現していいか分からずに悩んでいました。
だから黒ちゃんは自分のことを愛してくれている兄さん達に、それぞれの愛のかたちを尋ねてみることにしたのです。自分のそれを探すために。
ーーー
黒ちゃんは紫兄さんが好きでした。紫兄さんも黒ちゃんのことが好きでした。
黒ちゃんは紫兄さんに尋ねました。
「紫兄さんはどうやって愛情を表現するのですか?」
『ただお前に奉仕して、お前を喜ばせる。』
『俺はとにかくお前を喜ばせることが一番の愛情表現だと思うんだ。お前が喜んでくれるなら俺はなんだってしてみせよう』
しかし黒ちゃんにはもう、何をしてもらえば自分が嬉しく思うのかさえ分からず、紫兄さんを困らせてしまうことが申し訳なくて泣いてしまいました。
『困ったな、お前が泣いていては俺も笑えない』
紫兄さんはただおろおろしながら、黒ちゃんのそばにいてやることしかできません。
ーーー
黒ちゃんは青兄さんが好きでした。青兄さんも黒ちゃんのことが好きでした。
黒ちゃんは青兄さんに尋ねました。
「青兄さんはどうやって愛情を表現するのですか?」
『ただずっとおまえのそばにいて、見守るんだ。』
『俺はただおまえのそばにいられるだけでいいんだ。俺はそれ以上は望まないし、それくらいしかできそうにもない』
しばらく青兄さんのそばにいた黒ちゃんでしたが、人の愛し方がますます分からなくなってしまい泣いてしまいました。
『すまない黒、俺は力になれなかった。すまない』
青兄さんはどうしたらいいか分からず黒ちゃんにそっと寄り添いましたが、二人の悲しみが一段と深くなるばかり。
ーーー
黒ちゃんは金兄さんが好きでした。金兄さんも黒ちゃんのことが好きでした。
黒ちゃんは金兄さんに尋ねました。
「金兄さんはどうやって愛情を表現するのですか?」
『お前と同じ目線に立って、同じ気持ちでいることが一番だと思うんだ』
『だから黒、お前が悩んでるのなら俺も一緒に考えるよ。二人で考えればきっと分かるさ』
黒ちゃんは一緒に悩んでくれる金兄さんが嬉しくて、けれどもその気持ちをどうしたらいいか分からなくなって泣いてしまいました。
『泣くなよ黒、俺も悲しくなるだろ』
金兄さんも釣られて一緒に泣き出してしまったので二人はいつまでも泣き止まず、話になりません。
ーーー
黒ちゃんは伝説兄さんが好きでした。伝説兄さんも黒ちゃんのことが好きでした。
黒ちゃんは伝説兄さんに尋ねました。
「伝説兄さんはどうやって愛情を表現するのですか?」
『どうしたらいいかなんて俺にも分からない。きっと黒にとっては残酷なことしか答えられないだろう』
黒ちゃんはとても気になったので、答えを渋る伝説兄さんにそれでも問いかけました。
『少し恐ろしいことを言うかもしれないが、俺は本当は、黒を俺だけのものにしてしまいたいんだ』
『ずっと俺のそばにいればいいんだ。不器用な俺が黒を愛する方法を見つけるまでは、ずっと俺だけの所有物として振る舞っていればいいんだ』
『黒の気持ちも、視線も、愛情も、身体も全部独り占めする。そして同時に俺も黒だけの所有者だ。俺の全てを黒が独り占めするんだ』
『それで黒が愛されていると感じるかどうかは問題ではない。俺は黒を愛しているんだ。その事実は変わることはないんだからな』
黒ちゃんはきっと、依存するということが伝説兄さんにとっての最上の愛情表現なのだと思いました。
それが自分でもできることで、そして本当は自分もそれを望んでいるのかもしれないと思いました。
自分の愛がとても重いことを分かっている黒ちゃんにとって、自分がただ伝説兄さんだけの存在であることがとても似合うことだと確信できたのです。
『泣くんじゃない』
いつのまにかまた泣いてしまっていた黒ちゃんの涙を大きな掌で拭いながら、そっとその震える身体を抱き寄せて胸の中に閉じ込めました。これで二人はお互いの姿しか見えません。
「僕は、伝説兄さんが好きです。紫兄さんも、青兄さんも、金兄さんも好きです。だけど僕には、それをどう表したらいいかずっと分かりませんでした。悩んでいました。」
「紫兄さんと青兄さんはどちらも、自分だけが相手を見つめているような一方的な愛情でした。金兄さんは二人で同じ方向を見つめていくような相互的な愛情でした。」
「だけど兄さんは、お互いにお互いだけを見つめあって依存しあうような、閉塞的な愛情です。きっと僕もそうなんだって、やっと気付けました。僕は誰かに依存したいし、されたかったんだ。」
黒ちゃんは伝説兄さんが好きでした。伝説兄さんは黒ちゃんだけが大好きでした。
黒ちゃんは伝説兄さんだけが大好きになりました。
二人はいずれ、一緒に死ぬことを固く誓いました。
おわり
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