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青く爆ぜる閃光に顔を照らされながら、二人は黙ってそれを見ていた。計画は何もかも思い通りに進んだのだ。親子は宇宙船の中で一言も話さず、一種の安堵と不安を感じていた。
「………」
無表情のままブロリーは仮眠室へ入ってしまった。彼にとって新惑星ベジータは故郷のようなものだった。
それからは結局、地球に着くまで親子が顔を合わせることはなかった。自動操縦の様子だけ時折確認しながら、どうしてかの美しい星を征服するか策を講じていた。
着陸の確認を終えた父親に呼ばれたブロリーは漸く部屋を出、窓を視界に入れるなりその曇っていた瞳を輝かせた。
そこはいわゆる南国の孤島であった。広い砂丘と深い密林に囲まれた小高い丘の一角に宇宙船は立っていた。当然そのような光景を見るのははじめてであったので、彼は父親の制止も聞かず外へ飛び出し、砂に足を取られて壮大に転んだ。
駆け寄ってきた父親の手を払いのけて口の中まで砂まみれにしたブロリーは、今まで一度だってしたことのないような眩しい笑顔を浮かべていた。
「い……痛い………!」
全身を真っ赤にしたブロリーは、一仕事終えた父親に薬を塗ってもらっていた。
あれからずっと砂浜を走り続けていたのだ。彼の皮膚は慣れない直射日光に晒され続け、赤く熱を持ってヒリヒリとした耐えがたい痛みを発していた。
『だから、ここで俺の手伝いをしてくれと言っただろう………』
「知らぬ!」
見事に日焼けてしまった息子に呆れながら、だからこそ、彼がそれほどにはしゃいでいたことを喜ばしく思っていた。
『(こんなにはしゃぐブロリーを見るのはもう何年ぶりになることか………)』
制御装置は依然として付いたままであったが、そんな中でも明るく振る舞う息子の姿に一種の感動のようなものを感じているパラガスであった。
「か、顔は自分で塗るっ!」
『ああ、そうか……』
翌日。痛い目にあったからか、ブロリーは一晩のうちに驚くほどに落ち着いていた。
早くから焼かれだした眩い砂浜を恨めしげに睨み付けながら朝食を摂る彼の後方で、父親は窓の外の密林を眺めていた。
『なあ、ブロリー』
食事を終えた息子は、いつになく真面目な語り口の父親の方を向いた。
『俺達はついに復讐を果たし、無事にこの星に辿り着くことができた。』
窓の外を見上げ右手を握り締めるパラガス。ブロリーは少し嬉しそうな顔をしながらそんな父親の横顔を見つめていた。
『この島にも地球人の集落があるようなんだ。だからまずはそこを占拠して俺達の帝国建設の足掛かりに………』
「嫌だ」
『え?』
「帝国など、作らん」
今まで父親の言うことに口出しをすることなどなかったのに、彼ははっきりと反対の意思を示して父親を見つめていた。
『だ、だがブロリー、ずっとそうする話だったろう? いきなりどうしたと………』
「いいから、作らないと言っている」
暫く無言で見つめあっていたが、不意に弱気な声でぼそりと呟いた。
「帝国などどうでもいい。俺は親父と暮らしたいだけなんだ………」
『……ブロリー? 今、なんと………』
「………独り言だ。」
彼はむっとしたような顔で立ち上がった。
『ま、待てブロリー、どこへ行くんだ』
「構うな」
ブロリーは静かにそう言い放ち、自室へ戻ってしまった。
『これは好機』
宇宙船のすぐ傍で作業をしていたパラガスは、例の原住民と思われる浅黒い肌をした若者達に取り囲まれて余裕の笑みを浮かべていた。
空から降ってきた巨大な謎の物体と、見慣れぬ服装をした怪しい男。若者達はパラガスに槍を向け、宇宙船と彼を見比べながら怯えるように固まっていた。
『言葉が通じないのが少しばかり惜しいが、力で捩じ伏せれば征服など容易いことだ。手始めに一人………』
脅しとして気弾を構えたその時だった。
突然宇宙船から男が、ブロリーが飛び出して来たのだ。若者達は驚いて後退り、それはパラガスも同じであった。
「親父、やめろ」
『ぶ、ブロリー!?』
彼は明らかな"怒り"を示していたが、その理由は父親には分からない。
槍を握り締め唸る若者達を尻目に、ブロリーは父親を睨み付けていた。
『奴等は俺達を攻撃しようとしているのだ。それに帝国の………』
「煩い!!」
『ちょっ………!!』
吼えた彼は碧の瞳に金の髪の……超サイヤ人と化していた。慌てて装置を作動させようとしたが全く効いていない。ゆっくりと近付いてくる息子を前に腰を抜かしてしまったパラガスは、そのまま外套の裾を引かれ宇宙船へと消えてしまった。轟音と共にその扉が閉ざされおいてけぼりを喰らった若者達は何やら話をしながら暫くその場に止まっていたが、やがて森の奥へと帰って行った。
寝室の床に投げ飛ばされたパラガスは自らの視界を半分奪った狂気を……恐ろしい姿に突然豹変した息子に見下ろされ、蛇に睨まれた蛙のごとく縮こまっていた。
制御装置を取り付けたあの日と全く同じように頭を鷲掴みにされ、低い獣のような唸り声を
耳許に聞く。どうして彼がここまで激昂しているのか、父親には解れない。
「親父……………言っただろう、帝国は作らない。」
不意に目を逸らし、乱雑にその手を離して体ごとそっぽを向いてしまうブロリー。同時に超化も解いて大人しくなり、それこそおいてけぼりを喰らった父親はその態度の急変に付いていけずただ座り込んだままであった。
「………親父、」
息子が振り向いた途端、パラガスの体は過剰に跳ねて固まる。それを見て一瞬だけ怒りとも悲しみともとれぬ形に歪めた顔はすぐに無表情に戻って、彼は胡座を組むと頬杖を突いた。
「親父、俺は恐ろしいか」
疑問符の無い問いかけ。暫くそれが自分に対する質問だと気付けなかった父親は息子が落ち着いたらしいことを察知してその場に座り直した。少ししてようやくその言葉の意味を理解し、返答を思考する。
「………そうなのか、」
沈黙を回答だと認識してしまったブロリーは、今度こそ悲しげな表情を見せる。長時間考えすぎたと後悔したパラガスはこの先身に起こるであろう悲劇を想像して身震いした。
と同時に、普段とは確実に異なる息子の様子を気にかけてもいた。……その心配は必要なくなるであろう事を覚悟していながら。
「親父は、もう俺の事を息子だとは思っていないのか?」
『そんなことはない、』
反射的に口から溢れた言葉。二人同時に少し驚いて、そして再び沈黙に包まれた。
頬杖を解いて振り返った息子は、今度は少しだけ明るい表情。
「謝れば、また俺を見てくれるか?」
暫しの沈黙。質問の意図が読めない。どう答えれば彼の逆鱗に触れずに済むのか……そうとばかり考えていた父親の思考回路を、息子は把握していた。
「素直になってはくれないか? もう俺を信じては、くれないのか………?」
パラガスは元に直って腕の中に閉じ籠ってしまった息子の声色が、愛を乞う子供の悲痛な叫びのそれだと気付いてしまった。胡座から三角座りへ、そしてそのまま真横へ倒れたその体勢は腹の中の胎児の姿そのもの。悲しみを湛えた彼の表情は、父親がこれまでの言動の全てを反省する材料としては十分すぎるものだった。
『ブロリー、』
……彼は悟った。自分がどれだけ彼を軽視していたかを。いつの間にか親子の情をどこかに置いてきてしまったということを。そして愛する息子は、不器用な自分のせいでこんなに悲しみ、震えているということを。
『ブロリー………』
しかし彼にはどうすればよいか分からなかった。分かれなかった。そっと踞る息子の下へ歩み寄り、その顔を覗き込んだ。今にも泣き出してしまいそうな、幼子の顔であった。
『ブロリー………!』
そっとその肩に触れる。震えていた。冷たかった。人の温もりを忘れた人形のようであった。そこではじめてパラガスは、事の重大さに気が付いた。自分の罪の大きさに驚いた。
『………すまない、ブロリー』
あらゆる意味が込められた、謝罪の言葉だった。肩に触れたままの手に、息子の手が重ねられた。その手にそっと力が籠る。息子の黒く光のない瞳が、父親の視線を捉えた。
「親父、」
息子も同じく不器用であった。甘え方が分からないのだろう。ゆっくりと起き上がって父親に背を向けると、控え目にその躯を刷り寄せてもたれ掛かる。冷たい鎧には直ぐに体温が移り、二人が体温を共有する架け橋となっていた。
「………帝国は作らない。親父は、ただ、俺と、」
どうしてもその先は口ごもってしまうらしい。だが今度こそ、彼の父親であるパラガスが理解して受け入れる番であった。そっと息子の体に手を回して抱き寄せ、一体何年振りか………当時とは体格差がすっかり逆転してしまっていた。
『分かった。ブロリー、一緒にいたいだけなんだろう』
頭を撫でられて、ブロリーはうっとりと目を細める。そして制御装置が父親の手によって外され、コントローラーも剥がされ、数秒後に彼らの遥か後方で乾いた音を立てた。もう一度腕は下ろされて強く抱き直した。
「おやじ、」
腹を抱く腕に手を添え、ずっと欲していたその温もりにすがり付く。お互いどうすれば良いか分からなかったが、手探りのまま不器用に愛を感じようとしていた。彼らはようやく、親子に戻ったのだ。
「後で、二人で海に行くぞ」
『また日焼けするぞ?』
「親父が薬を塗ってくれればいい」
愛に餓えた子供はもうどこにもいなかった。
宇宙船の外の森、極楽鳥が鳴いた。
おわり
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