この日のために、あるいはもう少し先の事のために、さんざん手間をかけてカマ掛けた甲斐があったものだ。ザマスを寝室に招いたハーツは、満を持してコートを脱ぎアクセサリーを外すとズボンだけパジャマに履き替える。

(こやつ、普段はこんな緩い格好で寝ておるのか……)

『普段は上も着てるぞ』

 そんな一方的にも見えるやり取りを交わしながらベッドに腰かけると、大人しく指示を待つザマスはただ部屋の真ん中で棒立ちしていた。健気なその姿に内心ほくそ笑みながら手招きする。ほんの少しの警戒が見えるが、殆どは先のことへの疑問で溢れているようだった。

 ほんの小さな賭け事……誰の心を聴くまでもなくそれに勝利した結果、彼にマッサージをしてもらうという約束をなんとか取り付けたのだ。その単語自体は知っているようだったが、性感マッサージなどという不埒なものの存在は当然知らない。また彼自身には性器や乳首すら存在せず、人間含め動物にはついているもの、という認識でしかないらしい。
 実に都合のいいことだ、と、純粋な疑問符を浮かべながら近寄ってくる彼を見上げる。サイドテーブルに置いてあった香油の瓶を手に取って彼に手渡す間際、

『お前も、もっとラフな格好になればいいじゃあないか』

 と言うと、彼は素直に上着だけ消してインナーとズボン姿になった。そのまま瓶を受け取り興味深げにそれを眺めていたが、ふと意を決したようにベッドに膝を乗り上げ迫ってくる。それからハーツの太腿に腰を下ろし袖を捲ると、油を手に出して馴染ませ始めた。

(柑橘のような匂いがする……)

『……さっきも説明した通り、それは古傷によく効く油なんだ』

 息がかかるほどの急接近に心臓を高鳴らせながら背後に手を付き胸を反らすと、温かく濡れた手が胸に触れる。ぬるつく指が深い傷痕をなぞるように滑ったり、胸筋全体を揉み込むように掌で包み込んだり、案外しっかりとマッサージの役割を果たそうとしているようだ。
 彼的には全く意識していないのだろう、不定期に様々な力加減で手指に潰される勃起乳首が焦れったい快楽を産むのが堪らないハーツは、控えめに低い溜め息を吐きながら目を瞑って甘い痺れに身を委ねていた。
 尚、説明した効能は全くの嘘である。実際は催淫効果のあるオイルで、それもまた興奮を高める材料になっているのだが、純粋に香りを楽しんでいるだけのザマスには知る由もない。

『そうだ……気持ちいいぞ、ザマス……』

(随分私の手で喜ぶではないか……マッサージなど思ったよりも簡単だな)

 乳首は単体でも達せるほど開発済み、更にペニスは事前に根元をきつく縛って勃起対策もしている。当然ザマスにはこの気持ちがいいというのは純粋な摩擦の心地良さとしか受け取られておらず、まさか性的興奮を覚えられているなど夢にも思っていない。そのどこまでも純粋な気持ちを裏切って自分だけ悦に浸る、この背徳感が何よりもハーツを興奮させるのだった。

「随分と喜んでおるな? ハーツぅ……」

『っそれは、天然なのか……?』

(……天然?)

『……ああ、最高だ……どのマッサージよりも最高だよ……』

 どうやら天然の言葉責めらしいそれに苦笑を漏らしつつも、マッサージを好評してフォローを入れる。すると案の定調子に乗った彼は、香油を足して滑りを良くし脇腹辺りまで撫で摩り始めた。

『っ……!』

 脇腹が弱いために息を詰まらせ、胴体全体を扱くように動かされるとつい声が漏れてしまいそうになる。時々親指が強く乳首を擦りあげるのでそっちも油断ならない。腹直筋から胸へなぞり上げ、胸筋を絞るように撫で上げ、その合間合間に五本の指が順番に乳首を弾いていく。その度にハーツの体は僅かに跳ね震えるのだが彼はそんなことは気にもとめず、相手が満足するまでと半ば機械的にマッサージを続行するのだ。

『ふ、……ぉ……』

「どうした……? 声が出るほどいいのか……?」

 ねっとりした言葉責めに耳まで犯され遂に腕を折って仰向けに倒れたその体をきちんと追い、胸から脇にかけてぬろぬろと手指を滑らせるザマスは、自分の手によって目の前の男が喜んでいるという事実が嬉しくて仕方ないらしい。一見するととことん奉仕的だが、どうやら普段見上げている人間に馬乗りになっている状況への興奮も混じっている。

『ああ、ザマス……っいいぞ……もっと強く摩ってくれても……』

 それを聞いた掌が一際強く押し付けられ、乳首を押し潰しながら広く摩擦していく。大袈裟に彼の腰も動いているのか股間まで刺激されるのがなんとも言えず心地いい。ついでに下の方も触って貰えたなら、などと思いながらぬめる快楽に思いを馳せていると、

(もしかしてここが一番反応がいいのか……?)

 そう呟いた心の声の後に、彼の指は明確に乳首を狙って擦り、抓っては絶妙な力加減で刺激し始めた。流石の学習能力だ、自分の好みなんてすぐに悟られてしまうらしい。
 しなやかな指が乳頭を扱き潰して乳輪をなぞり上げ、時々引っ張っては弾かれると、ハーツはもっともっととねだるように胸を反らせた。求められていることに満足感を覚えた彼は求めに応じるまま徹底的に乳首を触り尽くしてくる。

『おぉっ、ほ……ぉ、いい……』

 口をOの形に開けたまま不規則な熱っぽい呼吸を繰り返し、もぞもぞと上半身を動かしては快楽に夢中になっているその姿にもザマスは全く動じていなかった。足が浮き上がり丸まった指が空を掻いている相手に対し、彼は眉ひとつ動かさないまま大真面目にマッサージに取り組んでいる。ハーツの顔色を細かく伺っているうちに、特に喜ぶいくつかの動作パターンを見つけても尚、新たな反応を開発すべく様々な動作を試す彼はなんと健気で勤勉なことか。
 人差し指だけで乳頭を弾く、先端部だけを絶妙に擽る、乳腺を探るように乳輪ごと摘んでコリコリと摩擦する。時折オイルを足しつつもこんなに熱心に乳首を攻められては、快楽が溜まっていくのも仕方ないのかもしれなかった。

『ぁは、ッう……もっと……よくして、くれっ……』

「愛いやつめ……望みのままにしてやろうぞ」

 そう言ってザマスが笑みを浮かべる頃には、胸部全体を揉みしだかれても強く反応してしまうようにさえなっていた。乳首を中心にジンジンと血が滾り勝手に体に力が籠るようになってくると、いよいよ絶頂が近づいていることを悟り、意図的に体に力を込め意識を集中させる。
 乳首への攻めは加速し、情熱的な指先は的確に快楽の頂点へと引き上げるように動いてくれる。整えられた髪を片手でクシャクシャと掻き回し、ピンと伸びた足を痙攣させ、空きっぱなしの口から涎を一筋、足の震えはやがて全身へ広がっていき、

『ア、はっあ、イ、……っク、う……!』

「え……」

 小刻みな震えが大きな全身の戦慄きに変わった頃、体を大きくしならせて、快楽は臨界点を突破した。困惑して動きを止めたザマスに見守られながら、他人の手で絶頂を迎えた余韻にうっとりと目を細めて深く早い呼吸を繰り返す。

『はー……はー……はぁっ……は……』

(い、行くって……何処に行くというんだ……)

 性的絶頂の尋常ではない様子を察知した彼は手を胸元まで引き上げて、心の中を疑問符まみれにしていた。過ぎた快楽にぼやけていたハーツの思考は段々と明瞭になっていき、その疑問を聴き取ると、幸せそうに楽しそうに笑う。

『天国さ』



おわり




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