きっかけはなんだったか。確か黒がよくわからない高価な果物を買ってきて、家族のみんながそれを気に入ったことだった気がする。
気が付いたら紫は単身、宇宙船に乗って遥か遠い異星へ行ってしまっており、俺はただ一人で静かに眠りに就こうとしていた。そしてそれがたったいま、通信機の音で妨害されている。
……何度も無線で伝言を聞かせた上に音声通信とは、彼は常識という言葉を知らないのだろうか。俺はベッドから身を起こしてそれを取りに立った。

「はあ……、はいはいもしもし」

『よおう! 三日ぶりだな、心配したか?』

開幕早々、この夜中によくこんな元気に出せるなという声だった。彼のいる星もここと似たような時間帯であることは分かっている。向こうの迷惑にはならないのだろうか。

「無事に着いたことも現地人達と和解できたことも、一番いい宿泊施設に入れたことも知ってるから心配はしてない」

『えーん、いけずぅ!』

こんなことにいけずも何もないと思う。

『ま、これから本腰入れて作業してくし、今のうちに元気を溜めとこうと思ってよ』

「十分過ぎるほど元気なように思えるんだが」

『それは青と電話できるのが嬉しいからに決まってるだろ』

「そうか……それはよかったな」

『いやーホントによかったよ』

そういう紫の声が本当に嬉しそうな声だったので、不覚にも俺もよかったと思えてしまった。だがそれとこいつが少々身勝手なのは話が別だというのは忘れちゃいけない。俺は一つ欠伸を零してから、長丁場になることを予測してベッドに腰掛ける。

「それだけじゃないんだろ?」

『ああ、今日のうちに情報はほぼ集めきったし計画もしっかり立てたから、上手く行けば2週間もしないでそっちに帰れると思うってことはこうして直接言いたかった』

相変わらず行動の早いやつだ。ここまでトントン拍子に事が進むこともあまりないためか口調も軽やかで、ワクワクとした雰囲気が電話越しにも伝わってくる。

『そうそう、例のフルーツ、似てるようでまたちょっと違った種類もいくつかあってさ、とりあえず全部終わったら貿易に出すより先にいくつかお裾分けして貰えることになったんだ。お前の好きそうな工芸品もあったから土産に買っていこうと思ってる』

「そうか……黒にも伝えておくよ」

『楽しみにしてたもんな ここの星の人達は知的で人柄も優しいから、帰るまでにはいくつか現地の手料理も教えてもらうつもりだよ。短期間だがいい滞在になりそうだ』

「そうだな だが何であろうと環境の全く異なる星なんだ、体調を崩すなんてつまらん真似はするなよ」

『わかってるって。もし変な病気したら完治するまでここにいるつもりだし、逆に持ち込まないように注意もした。青に会えなくなったらそれが一番の不幸だからそんなことは絶対にないように努めるさ。一人でこっちに来た以上は相応の覚悟もできてる』

「それならよかった」

『やっぱり俺って愛されてんなあ……』

「自惚れじゃあないのが残念なくらいだ」

幸せそうな溜め息が一つ聞こえ、それから暫くの無言が続いた。微かに聞こえはじめた物音から寝落ちされたわけでもなさそうだったので何か探しているのかとそのまま待っていたが、それにしては妙な気配を感じて息を潜めた。
話しかけるつもりで言ったわけではなさそうな俺の名を呼ぶ熱っぽい声が聞こえ、漠然とした疑問がはっきりとした疑惑に変わる。

「おい、紫まさかお前……」

『あー、そうだよ。さっきパンツ脱いだ』

呆れた。本当にこいつはこういうことばっかり考えている。暫く言葉を発せないでいると理由を問われていると思ったのか、なんでもないような声色で理由を言った。

『お前の声聞いてたら抜かずにはいられなくなったというか。興奮してきたから』

……耳を澄ますとわかるモゾモゾ布の擦れる音と、時折聞こえる荒い吐息がほんの少しだけ下腹部に熱を集めさせる。勿論こんなことは初めてだから、興奮する……とまではいかないでも少し動揺してしまっている。
とはいえこんな時間に電話をかけてきて、その上で勝手に俺に欲情されても困る。自分が面倒くさそうな顔をしているのを他人事のように感じていた。

「で? 切っていいか?」

『ええっ!? やだ。別に話題はエロいことじゃなくていいからさ』

あくまで雑談を続けるつもりらしい。俺としては面倒な事この上ないのだが、ここで切ると後から文句を言われそうなので付き合ってやることにした。

「わかったわかった。お前が射精したら終わり、それでいいな?」

『えーっ、どうしよっかなー。二発目はだめ?』

「なんでお前は自分に選択権があると思ってるんだ?」

『そんなに早く切りたかったら俺の名前呼ぶとか、エロい声出してくれたら早く終わるかも』

「早く終わらせたいわけじゃない」

『青、お前それって……』

「そっちの状況を聞きたいからだが」

『ですよねー』

そうして互いに少し笑いあってから、俺は長くなるだろうと考えて今一度横になり直した。ふと自分のすぐ隣……広く空いたシーツの平原に気付き、空白を埋めるように腕を下ろす。

『おや? さては青も……』

「違うからな」

『知ってた』

遠い地の宿屋で、紫も同じように1人のベッドを味わっているんだろうか。そう考えるとなんだか感慨深くなってしまう。目を瞑ると彼の吐息が俺の体に悪さをしそうだったのですぐにやめて窓を見た。……開ける者のいない灰色のカーテンはしっかりと閉まっていた。

「そっちの天気はどうだ?」

『うーんそうだな、雨は今のところ降ってなくて乾いてる。とにかく砂埃が立ちやすくて、窓がすぐに砂まみれになるな』

「となると、肺への影響が心配だ」

『ああ。花粉症だったら、マスク持ってないとお陀仏だろうな……それだけなのがありがたい。これで大気汚染でもあったら、取り替え用の肺が必要なところだ』

「その町でそんなに酷いとなると、早く未開の村でも水脈の発見に急いだ方がいいな……もっと小規模で作りやすい噴水の図案も必要かもしれない」

『それに関しては大丈夫。こっちの技術者がやってくれた。研究熱心な人で助かったよ……』

「それはよかった……」

乾燥した異星の地へ思いを馳せながら、岩を切り崩して水を湧かせる紫の姿を想像する。採掘作業自体は何度か経験があるから、余程想定外の事故や特殊な鉱石にでもぶち当たらない限り作業はサクサクと進んでしまうことだろう。
まあ、きっと彼のことだから多少の困難はなんてこともなしに、寧ろ楽しんで突破してしまうとも思う。結局はこうしてマメに連絡を取ってくれることで一人突っ走ることも抑制され、そして何よりこういったイレギュラーが俺達の結束……とかをより深めているんだろう。

「聞くまでもないとは思うが、おまえ……無理はしてないよな?」

『んー』

そんなに難しい質問だったのか、それとも行為に集中したいのか、しばらくの間は無言が続いた。それから無理、無理、と呟き声が聞こえ、恐らく思い当たる節を探しているのだろう。

『そうだな、無理は、いまのところしてないんじゃないかな』

「そうか?」

『うん。体は全然元気だし、心も、いまこうして電話出来てもっと元気になれたし、あと、それと、最近あったいいことも、いっぱい思い出せる』

「それはいいことだ。好調が知れて俺もよかった」

『へへ、そう? 実は俺もおまえの、元気な声聞けて嬉しいんだ』

「それは知ってる」

いつもの調子の笑い声、幸せそうな小さなため息から、そしてまた向こうは口を閉ざした。……余裕がなくなってきているのかもしれない。

「他の星もそうやって解決したことがあったが、おまえは本当によくやってるよ」

『ふへ、青、いま褒められると、喜んでいいのか、興奮していいのかわかんねえ』

「興奮していいんじゃないか? 現に、おまえはそういうことをしているんだし」

『あー、お前のそういうところ、ほんと、すきだな……』

彼の吐息が一段と荒くなり、擦れる音の間隔が早くなってきた。絶頂が近いのだろう。

『ああー……あお……そろそろイってもいい……?』

「俺に許可を求めるな……」

『んん……あお……そろそろイきそう……』

「イっていいからほら、早く射精しろ」

『うん……あー、きもちい……いく……あお……もういく……』

「……」

『ふっ……あ、ぁあああ、ホえっ!? ……あ、あっ、ヤッベ』

「どうした?」

『ティッシュ、間に合わなくて布団に出しちゃった……』

俺は通話を切った。


おわり




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