日も暮れ初め、内藤も疲れ果ててすっかり静まり返った頃 このご時世に少なからずうとついていた俺は、小屋入り口の扉が倒れる音に意識を覚醒させた。

 誰かが来る! 重い足音が響く中で俺は足音を立てないように、血みどろの物置部屋に隠れ入った。内藤も足音の正体を気にしているようだ。
 床が軋む音、布が擦れる音、荒い呼吸、血が滴る音、硬い凶器が壁に擦れる音、扉を押す音

 ばこん!!一際大きな音と共に、部屋の扉が勢いよく倒れたようだ。内藤の小さな悲鳴が聞こえた。埃が舞い込み、木片が飛び散って床に落ちる音 扉の下から覗き見たその部屋には、縄に巻かれたオサムと、突っ立つ内藤が居た。その右手には大きなナイフを握り締め、体中に鮮血を浴び、ボロボロの布切れを纏い、狂気に満ちた眼をぎょろつかせた内藤が

―どこまで、俺をイラつかせるつもりだお……俺が俺を、殺すなんて………

 直後、内藤はまたもや狂ったように絶叫し拘束された体を暴れさせた。もう一人の内藤は、暴れる内藤の襟首を掴んだ後、何を思ったかナイフで拘束を解いた。更には重力に従い落ちた内藤の体を前に、持っていたナイフを床に置く………

―お"お"……おおお…………

 縛られ続けて痺れてしまったであろう不自由な体をばたつかせ、低く唸りながらやっとナイフを握り締めた。そしてガクガクと立ち上がり、何もしない内藤の腹に突き刺す そのまま倒れ、血を吹き出す相手の腹に見入っては笑った

ぐわり、

 …………ああ、やっぱり…………
 内藤は床に崩れ落ちた。心底絶望した顔で。内藤は口から血を吐いて死んだ。つまりこの部屋に残ったのは………間違いない、兄者!!
 内藤を中心にした血だまりが、オサムの体をした兄者の服に染みていく。兄者は暫く立てない様子であったが、両手足をさすりさすり血流を整えると、立ち上がってこちらを向いた。

 先程のオサムとは違って優しい眼差し。最早俺には、例え姿は違えど兄者にしか見えない。

―弟者………全部、終わった

 何が終わった?……村が?このくだらない茶番劇が?それとも、復讐が?
 導かれるように扉を開け、兄者の後ろ姿を追って歩いた。三日月ても半月ともつかない微妙な月は眩く、崩壊した村跡を照らしていた。さながら、死に行ったキチガイ共を嘲っているかのように

―ここでいいか…………

 辿り着いたのは、何もないただの平地 否、広場だった場所だ。月明かりに照らされた瓦礫の山が、もとより歩き辛かった道を更に歩き辛くしていた。
 兄者は振り返って俺を優しく見下ろした。風に靡く漆黒の長髪に、月光が反射してきらきらと輝いて見えた。

―おとじゃ…俺ら以外の人間は、もう皆死んでしまった…

 兄者は屈んで俺の肩をそっと抱き締めた。懐かしい温もりを感じ思わずうっとりと目を瞑る。額にキスされた。なんだかほっとして、兄者に体重を預けた。

 血と膿と泥の匂いが鼻につく。しかしながら気にはならなかった。兄者だからなのか、慣れてしまったからなのか

 なんだか世界には俺と兄者との2人だけしか居ないような気分だった。

―ずっとこうして、2人きりで話がしたかったんだ…………

 ぽんぽん、と軽く背中を叩かれた。例え体はオサムでも、魂から温もりが出ている 兄者の腕の中は酷く落ち着く
 安堵の溜め息を吐けば、なんだか今までの出来事が全て嘘のように……全て一夜の悪夢だったかのように思えた。

―全て話そう。弟者が生まれてから今までの、この村に起きた事をな……分かったか?弟者

 ついに ついに真相が解き明かされるというのだ 真実を究明への期待を胸に息を呑んで、それからゆっくり頷いた。兄者はそれを見ると一呼吸置き置き、そのままの体勢で話し始めた。

―俺にはな、生まれた時……否、それよりずっと前、この魂が形成された当時から、全ての人間と魂を入れ替えて取り憑く事が出来る能力があった

―入れ替える……

 やはりそうだったのか いやはや俄かには信じがたい話だが、この際そんな事は言っていられない。実際、俺はその能力によって今生きているのだから

―ああ。最初に発動させたのは12歳の誕生日の時だったな。殺されそうになった弟者の魂を助ける為に魂を交換した。更にペニサスと交換した。

 そうか ペニサスがおかしくなったのは、確かにあれからだったな……
 話しやすいよう少しだけ体を離したのち納得したように相槌を打てば、兄者も満足したように相槌で返す。と思いきや、少しだけ表情が暗くなった。

―あの斧は魂を壊す。よってペニサスは、完全にこの世界から消えた。家族みんな皆殺しにしたペニサスを。

 魂を壊す ペニサス 俺等の家族を殺したのはあいつだったのか なるほど、今回の件には復讐もかねていた訳だ。家族の分まで敵を討つなんて

―次いでギコ、ツン、えぃ、モララー…………

 ああ、えぃ あの時スカルチノフから守ってくれた黄色いシスター服は、えぃのものだったのか ん?待てよ?確かあの時…スカルチノフは俺を殺そうと…

―待ってくれ、じゃあつまりスカルチノフには、俺が生きていると分かって…

 内容は中途半端に止まってしまった 未知なる力に対抗しうる未知なる力への恐怖と、期待か何かが含まれているのだろう 兄者は少し考えて口を開いた。

―否、それはない………たぶん、奴にとっては俺もいらなかったんだろう

 自分達が双子に生まれてしまったが為にどれだけ村中から疎まれていたのか なんだか憂鬱になった。今までどれだけの双子がこの村に生まれたかは知れないが、やはり俺のように無惨に殺されていったのだろう。そして迫害されていた 今まで殺されていった全ての弟達も含め、本当に哀れでならない話だ。この村はもとより狂っていたというのだ

―そうか………

 気付かぬうちに俯いてしまっていたようだ。上から小さく咳払いが聞こえ、かと思うと顎を掴まれ視線を合わされた。深紅の宝玉のような目玉が輝いている。

―弟者にこの能力を託す……これでお前は富も名声も何もかも手に入る。不老不死にだってなれる。

 兄者は再び俺の体を優しく抱き締めた。体中が柔らかく暖かな青緑の光に包まれていく。胸の中を優しく風が撫でるような………不思議な感覚に陥った。その後、なんだか両手足が僅かに震え…………

―怖くないか?ごめんな…………

 兄者の声も微かに震えている。俺はなんとか強く抱き締め返した。恐怖なんて感じない。もしこのまま殺されるにしても、兄者に殺されるのなら本望だ

―大丈夫だ、兄者………

 例えどんな能力を持っていようと、それがどんなに人間離れしていようと…その魂は人間の魂と全く一緒で、それは俺が大好きな兄の魂なんだから。

―ありがとうおとじゃ…

 泣きそうな声………だが顔はにこやかだ。恐怖も、不安も、全てを忘れさせるような 兄者の魂をもった体にしか出せない表情だった。兄者は暫く俺の目を見つめたまま黙っていたが、やがて何か覚悟したように表情を強ばらせた。

―俺は弟者を守る為だけに、人を殺し過ぎてしまった。最後は弟者の魂に殺されたい。…………お願い出来るか?

 俺の小さな左手に、銀色に輝く大きなナイフが握らされた。俺の手で 兄者を 殺めろというのか………
 先程とは一変、不安そうな情けない顔だった。俺がそうしたい位なのに…変に力が入ってナイフが震えた。

―一思いに、頼む。

 兄者は全て諦めたように、全て見透かしたように目を瞑ると、刺しやすいようにか少しだけ体が離れた。ナイフの刃は真っ直ぐその腹に向かっている。

 俺は強く目を瞑り、渾身の力で手に持ったナイフを突き出し…………











ぐわり、












 腹部に鋭い痛みが走る
 霞む視界で見た目の前には、驚いた顔で俺の腹を突き刺す幼い兄の姿が





おわり





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