少しずつキチガイの数が減っていくのが感じられる。殺された後の体が少しずつ増えていく。いよいよ急須のお茶も無くなってきた頃…玄関の方から大きな音が聞こえた。慌てて振り返る。

―兄者を殺せえええ!!!

 キチガイ共の矛先が俺に向いてしまった。数人のキチガイが殴り込んで来る。窓を開け、裸足のまま外へ逃げ出す。
 突き刺さる瓦礫なんか気にしない。古傷が痛もうと、血まみれになって追いかけて来る奴らから全力で逃げるのみだ。

―ック、あの犬小屋………

 丁度俺一人が身を隠せそうな犬小屋があった。既に思考がどうかしていたのだろう、大柄な家主の惨殺死体に潜る。

―アイツは何処へ行った!?

―探せえ!!殺せえぇぇ!!

 血を被りながらも、家主の腹の下から外を伺う。キチガイ共を上手く撒けたようだ。だが暫くは……と息を潜める。
 少し離れた場所から殺し合いの声が聞こえる。恐らく被害者と思われる渡辺の悲鳴と、けたたましく雄叫びをあげる内藤の声。すぐそばの曲がり角から渡辺の生首が転がって来た。

―残りは……朝比奈、渋沢、内藤………

 曲がり角から内藤が出て来た。内藤………最後には自分を殺すのか…すっかり冷めた家主の死体に体をうずめ、息を押し殺した。すぐそばに内藤が居る!

―犬小屋の中、に

 頭より早く足が動いた。驚く程早く、意識も殆どなかった。ただ、勝手に、本能のまま、俺は走った。逃げ出した。

 内藤は追っては来なかった。俺は近くにあった焦げた納屋に逃げ込む。直後、朝比奈の悲鳴が聞こえた。
 今になってやってきやがった。恐怖と興奮による体の震えが。一呼吸おいて、物陰にぺたりと座り込む。

―離せおお!!ここから出せおおお!!

 オサムの怒鳴り声が聞こえた。今まで聞いた声とは全く異なった、野獣のような声。口調は内藤のそれと同じだった。
 ギチギチと縄の軋む音が聞こえる。まさか、いや、恐らくオサムは拘束されているのだ。ならば今がチャンスじゃないか。真相を知っているかもしれない。生きた心地がしないまま、音源に向かう。

 開け放たれた扉から少しだけ顔を出す。オサムは両腕両脚を荒縄で繭かミイラのようにグルグルに巻かれ、骨組みが露出した天井からぶら下がっていた。

―兄者!?丁度いい!俺を助けろお!!

 気付かれてしまった。彼は体を捩らせて叫ぶ。縄がぶらぶらと左右に揺れるに伴って、骨組みが軋んだ。

―俺を利用して!後で殺すんだろう!そうなんだろう?!

 抵抗しようのないオサムに向かって、思いっ切り言い返してやった。オサムはあまりの剣幕に怯んだらしい。他人に対してこれ程までに強気になったのは始めてだな、としみじみ思う。

―それよりオサム、お前は何故………

―オサム!?俺はあんなグズじゃねぇお!!内藤!内藤文男!!アホかお前は!!

 肝心な事を遮られてしまったが、こいつもやはり、俺のように他人と魂をすり替えられてしまった。間違いない。

―お、おい!どこ行くお!!

 最初は兄者と俺。それから村がおかしくなり初め、ジョルジュとオサム、オサムと内藤が入れ替わって今に至ると言うのだろうか。
 考え込みながら、恐らく物置部屋であろう部屋の戸を開く。

―ひッ………!

 突然、こちらに何者かの体が倒れかかってきた。両腕が肩に伸ばされ、ちょうど俺を抱き締めるかのように………





 俺の左頬に冷たく固くなった死人の頬が触れた。真っ直ぐ伸びた両腕は俺の両肩にのしかかり、やがてがっくりとうなだれた頭が左肩にのしかかった。
 視界が真っ暗になった。時間が止まり、今の状態が永遠のようにも感じられた。背中には冷たい汗が吹き出し、顔も、手足も、心までさあっと冷えて冷えて冷えて……目を見開いて自分の状況を確認し、改めて恐怖に震撼し、口を開いて………

―うぎゃああああっ!!!?

 死体に抱き締められたまま尻餅をつく。その死体は軽く小さく、しかしながらゴツゴツとした男の骨格を感じられるが…なんだか今にも俺の首筋にかじりついて肉を喰らってしまいそうだ 生ける屍となって俺を喰い殺してしまいそうだ
 振り返れば、オサム……もとい内藤も青ざめた顔をして死体に見入っていた。

―ドクオ!?死んでるのかお!?

 この小さくやせ細った体。間違いなく、いつも内藤のそばにくっついていたあのドクオだった。背中には大きなナイフが突き刺さり、乾いた血が胸の方まで垂れて衣服を赤く染め上げていた。それ以外は特に目立ったものは見あたらず ただただ、爬虫類のように冷たく白い両手足が不気味でならなかった。

―くっ……吃驚した

 暴れていた心臓を庇いながらのしかかっている死体をどかし、ついでにナイフを引き抜いてやった。申し訳程度に冷めた赤黒い血がこぼれていった。
 ああ、もうすっかりこんな光景に見慣れてしまった自分の目を悲しく思う。

―ドクオ………

 縛り付けられたままの内藤が悲しげに呟く。まさか兄者はドクオまで…というよりは、ドクオを利用してこそなのだろう。こんな事ができたのも
 しかし兄者はこの後どうするつもりなのだろうか、全くもって分からない。

―許さねえお……誰だか知らねえが、俺を嵌めてこんな事して、更にドクオまで殺して、許さねえお!!ブチ殺すお!!

 突然内藤が叫び出した。体をぐわんぐわんと揺れ動かし、それにあわせて縄や骨組みが軋んで悲鳴を上げた。自ら抜け出そうとしているのか しかしながら、あの縄の巻き方は、どう見ても他者の力が無くては外せないだろう…

―おおおお!!畜生!!畜生おおおお!!!!

 目を真っ赤に見開き、キチガイよろしく叫んで暴れまわる。俺はそっと部屋の隅により、哀れな男を眺めていた。





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