6
何が何だか訳の分からないままに、大雨は村中の火をすっかり掻き消してしまっていた。焦げ臭い匂いと雨特有の土臭い匂いに包まれた村には、家を失った村人達の泣き喚く声が木霊していた。
―あああああああ……ぁ…………
中には逃げられず燃やし殺された人間も居るのだろう。俺の家は無事だったが…今日はまだオサムもやって来ない。ついに俺を見捨てたか、殺されたか。
しかしながら、俺もまだたった12歳。兄者と言う名の保護者すら既に居ないというのに、どうして生きて行こうか。恐らくオサム以外の村中の人間という人間が俺の敵だろう。
寧ろオサムですら敵の可能性があるのだというのに。
―ぎゃああああああ!!!!
窓の外を覗き込んだ。幾分か小雨になった黒炭の村に、殺戮の現場が出来上がっていた。アイツ等は何をしているんだ。女子供関係なしに鉈で首を切り落としていく者、単純に石で撲殺する者、集団で1人を取り囲んでぶち殺す者共。
血が地面を赤く染め、雨雫に流され美しいマーブル模様を作っていた。
―母の仇イイイィィィ!!!!
―死ねええええェェェェッ!!!!
ああ、狂ってやがる。
そう、笑みを浮かべて吐き捨ててやった。ついには村単位で狂ってしまった。誰が悪いでも無しに、お互いを憎み殺し合う。愉快でならない。今まで自分達を苦しめて来た愚民共が今度は殺し合いを始めるだなんて、傑作だ!笑いが、止まる事を知らない!
頭か心かもしくは体のどこかで、少しずつ自分が狂っていくのを感じた。放っておいてはいけない事を理解はしていたが、どうすればいいかだなんて俺には分からなかった。いい気になって外へ飛び出し、思いっきり血と泥と灰の香りを鼻に吸い込む。なんだか今の自分にとってはそれが麻薬のように感じられた。体の力は抜け、頭はとろけ、まるで体が熱された飴細工のように、不定形に………熱く………どろりと重く………柔らかく………甘く………
―あ……あぁ………あ…………あっ……
目の前を歩く赤い和服の男に意識が覚醒した。はっと目が醒めた。現実に引きずり込まれる。目の前をふらつきながら歩く廃人、あれは間違いなくオサムだった。殺意は全く感じられない。
―どうした
―は……はは………みんな……死んだ……あ…………
どこに行く訳でも無く、ふらついたまま返された。
家族が殺されたらしい。放火で死んだか後で殺されたかは分からないが、多分後者だろう。彼からは灰の匂いはしなかった。俺はオサムの家族にはなれなかったか。
―1人に……してく……れ…………
顔には笑みが張り付いている。目は虚ろで、口角はつり上がり、顔面は蒼白で、冷や汗が垂れて、実に愉快そうに、本当に恐ろしそうに。
彼もまた、狂ってしまっていた。
そっとしておいてやろう。俺はオサムの行った方とは逆方向に隠れ歩いて行った。キチガイ共に見つからないように。自分だけは殺されてしまわないように。
それにしても、彼はなんてカワイソウな男なのだろう。幼い頃から弟を殺される恐怖を植え付けられ、殺され、しまいには残った家族すらも皆殺し。とっくの昔から発狂していてもよかったろうに、何が彼の体だけをあそこまで生かし続けていたのか。何が彼を地獄の責め苦に合わせ続けていたというのか………
血しぶきや罵声、悲鳴が宙を飛び交う中、俺は1人、恐ろしい程冷静に愚民共を観察していた。すると…どうやら村内を一周してしまったようだ。目の前にはまたも赤服の廃人が歩いていた。よくもまあ途中で殺されやしなかったものだと、そう感心しながら茂みから這い出ようとしたその時だった。
―なぜうろつく?
彼の前に立ちはだかったのはジョルジュだった。さっきとは一変し、冷静そうで、優しそうで、暖かそうで。兄者に限りなく近いオーラを纏っていた。
―死ぬ場所を、探して
掠れた声で答える。自殺、それ程まで追い詰められていたのか…
―自分に殺されたいのか………?
自分に殺される?
まるで自分が他人かのような口振りで、ジョルジュはそう尋ねた。オサムは頷き、その途端2人の体がぐわり。あの時と同じように、ぶん殴られたようによろめいた。
―これは、たまげた
ジョルジュが言った。オサムはさっきまでのジョルジュと魂を入れ替えたように、冷静で、優しくて、暖かだった。
―私は……私に殺される…………
嬉しそうに、笑った。
オサムは彼に手を伸ばし、両手で首を掴んだ。ぎゅうと力を込めるのが分かった。2人は笑っていた。
ジョルジュの顔が次第に膨らみ、赤くなり、やがて青くなって力を無くす。
―弟者を、ありがとう…………
オサムはそう呟き、崩れ落ちたジョルジュの体に手を振ってどこかへ消えた。
わけが分からない。ジョルジュがオサムを殺すのかと思いきや、オサムがジョルジュを殺してしまった。喋り方の変わりよう、雰囲気の変わりよう、そしてなにより俺の正体を知っている…?
ああ、あんなところに身を潜めていないで、とっとと出て行って真相を確かめればよかった。兄者の体になってしまった真相が掴めたかもしれないのに…………
ぐるぐる、まとまらない思考が俺を困惑させる。何一つ分からない中俺はひとまず家に帰り、窓の外のキチガイ共を眺めながら緑茶を啜る事にした。
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