村の教会でミルナの葬式が行われた後、俺は静まり返った村を意味も無く歩いていた。薄暗い月明かりに照らされた家々はひっそりと佇み、今にも俺に襲いかかってきそうな気配を感じた。

―全部あの双子のせいよ!

 ふと、怒り狂ったような様子のシスター・しぃの声が聞こえた。それはどうやら教会の中から聞こえてくるようで、俺はそっと教会の壁に耳をつけた。

―神父様が殺されたのは!

―そうよ!やっぱり2人とも殺すべきだったんだわ!

 考え過ぎだとは思いたいのだが…心なしかあの会話には2人分の声しか無いような気がする。そして残りのシスターえぃが俺を殺そうと今にも背後から

―殺してやるうう!!

 眩く輝き出した月に照らされ、鈍く光る斧とシスターの姿が浮かび上がった。俺は突然の事に避けきれず斧に

―ッあああああァァ!!!!

 えぃの絶叫が聞こえた。全身に生暖かい液体がかかり、肉の感触が体にもたれ掛かる。俺は目を見開いたまま、立ち尽くした。金色に輝く毛糸玉が2つ、視線よりやや下に、赤を撒き散らしながら。

 えぃは絶叫しながら足早に逃げて行った。俺の目の前には頭が真っ二つに割れたツンの死体があった。








―兄者!?よかった………

 窓から差し込む柔らかな朝日とオサムの声で目が覚めた。血濡れの俺が布団に横たわっている。あれはやはり現実か。

―ツンの死体の傍に倒れていたものだから、もしもの事があったらと………

 村の人間の大半が喜んだ事だろう。もしもの事があったのなら。

 もはや本当にオサムが俺を心配しているのかすら怪しくなってきた。同じ境遇にあっただけの他人に、どこまで情けをかけられるものなのか……

―風呂に入って来る

 乾いた血と脳漿にまみれた体を眺め、吐き気を催した。俺は服を脱ぎつつ、むくりと起き上がってそうとだけ言った。じゃあ私は帰るね、と返事が聞こえた。






 風呂上がり、鏡に映った裸の兄者を見つめる。やはり落ち着かない…。まるで霊となった俺が、兄者に取り憑いて兄者を操作しているような、違和感が。
 もし本当に魂が入れ替わったとするならば、兄者は既にこの世には居ないハズ。なのになんだか、直ぐ傍に生きているような妙な安堵感があった。

―ッあああああァァ!!?

 オサムが用意してくれていた着替えに身を包むなり、すぐ外からまたもペニサスの絶叫が聞こえた。
 慌てて窓を覗き込む。窓のすぐ傍でペニサスが、村長荒巻の孫ミセリに大きな木槌で殴りかかっていた。

―きゃああああ!!?

 ミセリの左足がぐちょり、と音を立てて潰れてしまった。飛び散った血飛沫は近くの家の壁を斑尾に染め上げ、鮮やかな紅の木槌が瞬く間に完成した。

―なッ!!やめろペニサス!!

―きゃああああ!!??ミセリいい!!!

 事態に駆けつけた村長や村人達の、甲高い悲鳴や悲痛な絶叫も聞こえた。あまりの煩さに思わず耳を塞ぐ。村人達はせっかく駆けつけたと言うのに、何もできないでただただ震え固まっていた。

―いやああああ!!!!やめてえええ!!!!

 ミセリの音が割れるような叫び声が鼓膜を破ってしまう程に鮮烈に響いた。潰れてしまった足を庇うように両腕で這って逃げようとするが……赤い木槌がまたも振り下ろされ、今度は脳天に直撃、それは泥団子のようにいとも簡単に潰れ血と脳漿とを撒き散らした。

―ッぅがああああァッ!!

 途端に村長が発狂し、ペニサスから木槌を奪い取った。そのままの勢いで、あの老体でどうやってか木槌をブンと振り回す。周りに居た人間は全員頭を潰されてしまい、近くにあった馬小屋までも簡単にぶち壊してしまった。

 信じられない………
 普通ならば目を覆い叫びたくなるような残酷な光景に、俺は不思議と釘付けになっていた。

―ああ……ああ………ミセリ…………

 荒巻その虚ろな目を愛するミセリの死体に向けた。そのまま一歩二歩三歩とゆっくり歩み寄り、その幼い体をしっかと抱きかかえた。

―愛しているよ……可愛いミセリ…………

 呟くと何を思ったかスカルチノフはミセリの衣服を緩め、全裸に剥いてしまった。そしてそのまま…血濡れの体をありとあらゆる部分まで舐めまわし、時々かじりついては肉を食らい血を啜った。

 ああ、確実にこの村は狂いだしている。ギコ、ペニサス、シスター達、そしてスカルチノフ。そのうちオサムも俺も、あんな風になってしまうのだろうか………

 ふと、スカルチノフの動きが止まった。孫娘を失い、狂った廃人と化した老人の濁った視線がこちらへ向けられた。

―あく まみ らい ころ せや

 一歩、二歩、三歩、血濡れの木槌を引きずり近づいて来る。ニタニタと壊れたように笑いながら何かを歌っている。遥か昔に聞き覚えがあるような歌………

―のろ いの こども

 ……魂の内側から湧き上がってくるように、古の記憶が………呼び覚まされてしまった…俺は母親の腹から取り出された時……兄者から引き離されて、村長達の下へ連れていかれた。そして俺は……………

―まわる ときを みたせば

 双子の弟……つまりこの村においての災いの子供、悪魔の子供として、

―ころしかみにさ さぐ……

 12歳になった日に殺されるのだと。

 ああ……思い出してしまった。目の前で両親が無惨にぶち殺された事、まだ弟を殺される前のオサムに、とんでもない恐怖を植え付けてしまった事。思い出せるはずのない、12年も前の、この魂に刻みつけられた忌々しい記憶……

 俺は………弟者という魂は生け贄にされ殺される為に生まれてきたのだ

―あ……ああ…………

 ついに窓のすぐ前に来てしまった。焦点の合ってない目と目ががっちり合ってしまう。俺は目を逸らす事ができなかった。ただただ戦慄するのみだった。
 生まれたての頃から植え付けられた恐怖は心身を蝕み、膨れ上がって増幅し周りを狂わせていく。体の震えが止まらない。呼吸が上手くできない。目の前に巨大な深紅の木槌が迫る…

―あにじゃ………たすけ、

 黄色いシスター服が視界を覆ったのを最後に俺の意識は途絶えた。




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