01

「れなちゃん最近ご機嫌さん?」
「さーんっ」

はーい! ゆっくり首を傾げる燈矢に、冷奈は腕をピーンと伸ばした。本当は足もピーンと背伸びをしたかったけど、この前身体がぐらぐらして燈矢に倒れてしまったから、がまん。あの時は燈矢がぎゅうっと抱き留めてたたらを踏んでくれたけど、一緒に転んでしまったらきっととっても痛いから。
天井までぷるぷる伸びた冷奈の右手が、そうっと燈矢の両手に捕まえられる。「……?つかまっちゃった」「つかまっちゃったね」そのまま燈矢のほっぺにぴったりくっついて、くふくふ二人笑い合う。あったかいサンドイッチの完成だ。

「こっちも、」
「ん、いーよ。冷えちゃったね」

おずおず。一人ぼっちの左手を差し出すと、燈矢は笑って左手も仲間に入れてくれた。掬われた両手が今度は燈矢の口元まで運ばれて、そうして「はーっ」と熱い息がかかる。
あったかい。寒くて嫌になる冬の日も、燈矢が傍に居てくれるから、冷奈はいつだってにこにこだ。

「れなちゃんがいっぱいご機嫌さんで、おれも嬉しいな」
「いっしょ?」
「うん。一緒、お揃い!」
「わぁ!」

お揃い! 燈矢の言葉にジーンとする。一緒、お揃い。燈矢の明るい声がそう象ると冷奈はなんだかきゅうとなる。大好きって感じだ!
だけど冷奈の最近のにこにこは、燈矢のお隣の冬の日のにこにことちょっとだけ違う。
もっともっと、とーやくんとおそろいになりたいな。冷奈はぽかぽかの気分でゆらりゆらりと身体を左右に揺らした。

「あのねー、んーとねー」
「なぁにれなちゃん?」
「……んふふ。あしたぁはなんのひ?ふっふー」

るんるん。ちょっと外れた調子で口ずさむ。むかしママがよく歌っていた鼻歌、そのアレンジ。
今日は何の日?明日は何の日?ふっふー。

「ン゙ン……」

きゅっと結んだまぶたと唇が天井を仰いだ。冷奈も釣られて天井を見上げる。
あれ、あの模様。顔みたい。なんだか目が合ったような気がして、慌てて視線を元に戻した。
だけど燈矢はまだ目を瞑って顔を上げていた。あれれ、おかしいな。どうしたのかな。冷奈は首をちょこんと傾げて、閉じ込められて丸まった両手をほんの少しだけぐーぱーした。
冷奈が燈矢に明日は何の日でしょう?って聞いて。それで燈矢がすぐに答えてくれて。だから明日は楽しみだねって、お揃いの気持ちで二人でるんるんする筈だったのに。
とーやくん、おそいな。まだかな、まだかな。ゆらゆらり。

「わ…………っかんないなぁ」
「───えっ?」

わかんない。───分かんない? 絞り出た言葉にぴたり、止まり、ねむたげだった重い瞼を大きく大きく見開いた。
信じられない思いだった。明日、明日が何の日か分からないなんて、そんな……。開いた口が塞がらない冷奈は、一歩、二歩と、後退る。繋がれた手に釣られた燈矢がその分一歩、二歩と距離を詰めてくるけれど。ぽかぽかだった心の距離は縮まることなく寒々広がるばかりだった。
だって、そんな、明日、あした、は───、

「あしたは……なんの、ひ……っ、」

予想していなかった事態に、冷奈は先の言葉を繰り返すしかできなかった。でも最後の「ふっふー」は「ふ、っぅ……ぅぇ」なんて、水浸しになってしまって。ぽろぽろの悲しい気持ちが、両目から零れ落ちてしまいそうだった。

「あっ、あー!分かった!分かってた!お誕生日!おれとれなちゃんの!お誕生日!」

ぐすん。とうとう鼻を鳴らしはじめていると、燈矢が大きな声を張る。次いで力の籠っていない小さなおててをぎゅっと握って、大きく大きくぶんぶんシェイク。
俯いていた顔を恐る恐る上げればバチリ、蒼いお空と目が合って。湿っぽかった冷奈の顔はすぐにパァッとパァッと輝いた。

「うんっうんっ! おたんじょーび!あしたね、あした、おたんじょーびなの!」

明日───1月18日は燈矢と冷奈のお誕生日。それは本当に本当に特別で、そうして素敵な一日のこと。
無事に生き延びれたことを、みんなでお祝いする日のこと。

冷奈は知っている。生きたくても、身体が耐えられなくて死んでしまった人間が居たことを。一年生き延びれたことが、どれだけ自分や周囲がホッと安堵できたかを。でも同時に、次の誕生日には生きていられるか、不安に駆られてしまったこと。冷奈はちゃんと、覚えている。
身体が元気な『ここ』では、もうゆっくり動く心臓にこっそり手を当てて怯えなくてすむけれど。でもでもお誕生日が特別でとても尊いこと、それはどこの世界でも変わらない。

それに、『ここ』のお誕生日は冷奈だけじゃなくて、片割れの燈矢と一緒に産まれた日だ。冷奈と燈矢が『とくべつ』で『うんめい』になった素敵な日。
冷奈にとってお誕生日はとても、とても。大切な一日なのだ。

「お誕生日だからご機嫌さん?」
「そーだよ!」
「……前はそんなにご機嫌さんじゃなかったよね」
「……え」

……そこを突かれると大変痛いのが、冷奈の正直なところだった。だって、去年もその前のお誕生日も、冷奈には全く、覚えがないので。
どうして? どうしてって、それは───……、

ううん、これ以上は、だめ。冷奈は微かに首を振った。

前のお誕生日も多分……、そう、いつも通り寝てた……と思う。「まえ、は……ねむくて、」きょときょと視線を動かす冷奈に、燈矢が器用に片眉を上げて「……ふぅん」とひとつ、気の無い返事。
じぃっと蒼いおめめに見詰められると、なんだか変にどきどきしてしまって。

「おそろいのひ……だなって……」

ふにゃふにゃのまごまご。
消え入りそうな声がぽとん、燈矢の手背に落っこちた。

「お揃い?」
「うん……」
「お揃いかぁ」
「……うん」
「……お誕生日ってさ、プレゼントも貰えるから、楽しみだよね」
「! うんっ!」

まるで助け船のような燈矢の言葉に飛びついて、冷奈はこくこく頷いた。
プレゼントに、楽しみ。心躍る言葉たちは冷奈をうきうきさせてくれる。

 プレゼントはなにかな。
 まぁるいケーキなんてはじめて。
 ケーキに立てたロウソクの火を、ふたりでふーって吹きけしたい。
 それからね、それから───、

「おれ、れなちゃんからもプレゼントほしいな」
「うんっ! ……うん?」
「プレゼント」

ぷれぜんと。
ゆらゆらのんびり揺れる手と手が止まり、ぱちぱち、蒼い瞳が瞬いた。

 プレゼント。
 お誕生日にはプレゼントが貰えて、
 でもお揃いのお誕生日の燈矢にも、プレゼントは必要で。
 つまりは、えっと、
 えーっと…………。

「……! おりが「それはいいかなぁ」み……、?」

うんと悩んで考えて。そうして冷奈でもできそうなことを提案してみたけれど、やんわり「いらない」と言う燈矢に眉尻がふにゃんと下がってしまった。
どうしよう。「ぷれぜんと……」ほとほと困り果て、ぽつり、言葉を繰り返す。

 あした。
 おたんじょーび。
 とーやくん。
 ぷれぜんと。
 わたさなきゃ。

頭の中でたくさんの言葉がぐるぐる回って、ズシン、雲が岩になる。
どうしよう……。くるくる、遂には瞳まで回すほど悩んでしまう冷奈に、クンと繋いだ手が揺れ動いた。

「ね、れなちゃんっ」
「わ」

包む掌に引き寄せられ、燈矢との距離がぐんと近付く。とん、と胸元にぶつかった冷奈がゆっくり顔を上げれば、すぐそばの大好きな瞳がキラキラと期待に輝いていた。

「プレゼントだけど───、」
「?」

そうして「あのね」が小さく落ちてきて、こしょこしょのお話が冷奈の耳元をくすぐった。
熱い吐息がなんだかむずむずする。こそばゆい感覚をなんとか我慢して、冷奈は「うん」と頷いた。

「───、いーい?」
「……? ぷれぜんと?」
「んっ!」

そっかぁ。燈矢の内緒のお願いに、冷奈はちょっとだけ考える。
燈矢が言うプレゼントは、冷奈にでもできるとても簡単なこと。だけどそれはとてもとても素敵なもののように思えて。

「……れなも、それがいいなぁ」

狭い手の中でもじもじ指先を弄り、冷奈も燈矢にお願いをした。だって、冷奈も明日、お誕生日だから。
冷奈も燈矢からそんな素敵なプレゼントをもらえたら、それはとても、幸せなことだと思うから。

「! じゃあ決まりだ!れなちゃん、約束だからね?」

小さなお願いに燈矢はニパッと、それはそれは楽しそうに笑った。
この上なく幸せそうな燈矢にまた胸の奥がきゅうとして。約束、と。指切り代わりに繋いだ手と手をぎゅっと握って、二人でるんるん笑いあった。

「お誕生日、楽しみだね!」






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