05

「治った!もう大丈夫!お父さん稽古しよ!」
「今日は仕事だ」

一つ下の妹に「こんこん治った?」と聞かれた長男が返した言葉が前者で、すげなく返した夫の言葉が後者だった。その後のことは言うまでもない。大音量で非難する燈矢となんとか息子を宥めすかせようとする炎司の攻防、なんて。そんなの日常の一幕だから。
それが今朝の話のこと。

「ひとくちちょーだい?」
「?これプリンじゃないよ?」
「うん」

居間に戻れば、そこには小さく口を開いた冷奈がちゅるんと燈矢にゼリーを食べさせてもらっている姿があった。「おいし?」「おいしー!」相変わらず仲睦まじく笑い合う双子を見ていると、思わず目尻が下がってしまって。
それでもテーブルの上を確認すると、冷はわざとらしくきゅっと顔を険しくする。「冷奈ー?」咎めるよう娘の名前を呼べば「「あ」」と小さく重なる声。
少し目を離すとこれだった。折角取ってきたプリンを後ろ手に隠し、小さな子供の視線と重なるよう、冷は腰を下ろした。

「冷奈、薬は飲んだの?」
「ん、……んー……」

飲んでいないのは明白だ。のんびり、それでも困ったように視線を彷徨わせて、最終的に逃げるよう燈矢の胸に抱き着いた冷奈と、なにより机に散らばっている服用されていない薬がその証拠。「粉薬きらいなんだよねー」くすくす笑って冷奈の髪に指を通す燈矢は、いつだって冷奈に甘い。冷は一つため息を吐くと「燈矢も甘やかさない」とぴしゃりと言い放った。

「ちゃんと薬を飲んでからプリン食べようねって、お母さん言ったよね?」
「おれがあげたのゼリーだもん!」
「そういうことじゃないの」

ちぇー、と小さく唇を尖らせたその頬は、そうして気まずげに顔を上げた娘のそれも。すっかりまろい雪肌に戻っていた。体温計で測っても示す体温はいつもの双子の平熱に下がり、或いは上がっている。
まるで昨日のことなど、無かったかのように。

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.
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その異変に冷が気付けたのは、夫が息子の名を呼ぶ声が契機だった。
いや、"呼ぶ"は表現として相応しくないかもしれない。あれは叫び声、悲鳴、或いは咆哮と言ったようなもの。
兎角家中に響き渡る「トォヤァアアア!!!??」の声に慌てて火を止めた冷が向かえば、そこには散らばる冷却グッズの中心で頭を抱える炎司と、『抜け出しました』と言わんばかりのもぬけの殻な布団があるだけで。

【高熱の息子、脱走】

理解してしまった現実にくらり眩暈がした。しかし母親の自分がここで倒れる訳にもいかず。まさか、と夫と顔を見合わせ、そうして相談も言葉もなく、ただ嫌な無言のままに二人足を進めた先。
果たして燈矢はそこに居た。親に取り上げられたと誤解した片割れの隣に。
霜月の風が吹く廊下の途中で、二人は抱きしめ合って眠っていた。
近付かせないよう遠く遠くに隔離していた筈の冷奈の場所を、燈矢は正しく探し当てたのだ。

なんという執念。それともこういったことも一卵性の双子にはよくあることなのだろうか。

半ば呆然としている冷の横で、同じく言葉を失っていた炎司がハッとしたように双子へと近付いた。その手がぴったり寄り添い合った腕に触れた時、

「待って、」

思わず口を衝いた制止の言葉は、今でも冷自身正しかったのか分からない。

「このまま……隔離しないで、暫く一緒に居させてあげられないかな」
「なにを、」
「だって……二人ともすごく落ち着いてるよ」

冷は双子を覗き込む。苦悶に歪まず、震えもしない。顔色だってまだマシな方。ほんの数十分前からは考えられないほど、冷奈の表情は穏やかなものだった。

「燈矢だって、そうでしょう?」
「……」

夫は考えあぐねるよう眉間に皺を寄せるけれど、沈黙は肯定を意味していた。
思えば燈矢と冷奈の症状が悪化したのは、二人を隔離した後のことだ。

なにか、そう。"なにか"があるのかもしれない。

冷奈が遠く離れた燈矢と意思疎通ができたことも。
燈矢が遠く離れた冷奈の場所を見つけられたことも。

常人には無い、双子にだけ存在する"なにか"が。
冷にはそう思えてならなかった。

「それに、離してもきっとまた燈矢が探しに来ちゃうよ。今度は転んで怪我しちゃうかもしれないし、」

だから、と冷が言い募るよりも先に、その巨躯はのっそり立ち上がった。
振り返る炎司の筋肉質な腕の中には、確かに眠る小さな双子が居て。

「……車を」
「っはい」

ため息混じりの諦めに、冷はアドレス帳へと指を滑らせたのだった。






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