02

「どうだった?燈矢の様子、」

甲高く鳴く薬缶を止めながら尋ねる妻に、炎司は隠すことなく先ほど測った燈矢の体温を告げた。「そんなに……」顔を曇らせる冷の反応は正しい。「そっちは」そうして返される冷奈の体温に炎司の顔が険しくなるのも、正しい反応と言えるだろう。

この"個性溢れる社会"において平均を追い求めるのは無粋であるのかもしれない。現に炎司にしても、冷にしても。その平熱は他人のそれよりほんの少し上、或いは下だ。平均なんて、今の時世に意味はない。
しかし、それにしたってこの双子の体温はそこから大きく外れ過ぎていた。燈矢は上に、冷奈は下に。
単なる風邪と、断定し辛いくらいには。

「食欲は?あるなら、今冷奈のお粥作ってるけど、」
「いや、食べさせるにしても冷えたものの方が良いだろう。……冷奈はあるのか?」
「無いよ。でも凄く震えているし、少しでも温かいもの食べさせた方が良いから」

燈矢はゼリーの方が良いかなと、コンロから離れようとする冷を制し、冷蔵庫を物色する。ゼリーに、冷却シート、それからスポーツドリンク。よく冷えたそれらを手にし、次いで冷凍庫へと手を伸ばす。「……冷奈が、」躊躇うよう小さく零れた冷の言葉に、炎司は意識を傾けた。

「冷奈が、その、」
「冷奈がなんだ」
「……譫言、だと思うの。でも…………、」

このまましんじゃうのかなぁ、って……。

「……」

ぴたり、氷枕に触れて、止まる。冷えたそれが、まるで昨夜触れた娘の体温のようだった。

風邪だったのだ。それも軽度の。

『あの子たち風邪だと思うの』と。眉根を寄せる妻に告げられ双子の部屋を覗いた炎司が見た光景は、空咳を繰り返す長女とほんのり赤くなった頬の長男が、一つの布団に包まる姿だった。昼からもうずっとそんな状態で眠り続けていると言うものだから、そのぴったりくっ付いた双子を引き離したのは他でもない、炎司のこと。兄弟間の風邪の移し合い、なんて。養育に疎い炎司にでも分かる、子どもの風邪によくあることのひとつだから。
隔離の為、絡みつく腕をなんとか解いて娘を遠い離れの部屋に移した時。ふるりと震えた冷奈の温度を、その手はまだ覚えていた。
それが昨夜の話のこと。

翌日、つまりは今日。
離したのが遅かったのか、その風邪のようなものは酷く酷く、悪化した。
特に冷奈の体調は芳しいものではない。燈矢はまだ会話や跳ね起きたりする元気はあるが、冷奈は「さむい、こわい」を繰り返し、ただただ震えているだけという。
加えて弱気になって出てしまったのが、そんな言葉。「燈矢はそういうの、大丈夫だった?」心配を寄せる妻の声に、漏れる冷気の扉を閉じた。

「そういったことは。……ただ、」
「ただ?」
「……聞こえた、そうだ」

ちら、と。熱に浮かされた息子の言葉を思い返す。
聞こえたと言う。離れた冷奈の声を。幾重もの壁や障子を乗り越えた先の小さな冷奈の譫言を、燈矢は確かに聞いたと言う。
そういった個性の持ち主でもない限り、普通の人間には意思疎通など不可能な、その距離で。

「えっ」

そうして口元に手を当てた黒い瞳は丸かった。続くもしかしての先の言葉は、恐らく神秘に満ちたものに違いない。
只人には分からない、同時に産まれた者特有の、そういったものが。

「さっきの冷奈、まるで本当に燈矢と話していたみたいで……寝言かなって、思っていたんだけど……」
「……そうか」

ならば会話をしたとでも言うのか。あの距離で。

そんな馬鹿なと、戯言だと。撥ね退けてしまうのは簡単だ。そういったものを特別信じる性質でもない。
しかし、ほろほろと伝うあの涙の訴えを幻聴や幻覚として切り捨てるには、なぜだろうか。炎司には酷く、難しかった。
故の、相槌。

「……あとは、そうだな。返せと、言われた」
「? なにを、」
「冷奈を。俺が燈矢から取り上げたらしい」
「まぁ」

燈矢にいつもの元気があったのなら、きっといつものようにパタパタと地団太を踏んでいた。そんな長男の姿が簡単に思い描けたのか、冷の顔は漸く綻び「ひどい冤罪」と呟きを一つ。
全くもってその通りだった。軽く息を吐き出す。

「食べさせたら車を手配する」
「ええ、休日急病ね。病院には私から」
「頼む」






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