05

「ふゆちゃん、いってらっしゃい」
「おねーちゃんやくそく!わすれないでね!!」

ふゆちゃんのことばにコックリうなずいた。だいじょうぶ。いってらっしゃい。手をふれば「いってきまーす!」ってふゆちゃんはおかあさんといっしょに家をでた。

ようちえん。いいなぁ。ふわぁ、とあふれたあくびを手でかくして、とーやくんのもとにもどる。ねむい。すごく。さむい。すごく。目をこする。うでをこする。

ねむい。
さむい。
すごく。

「とーやくん……?」

へやのなか、キョロとさがしてもとーやくんはいなかった。テレビはつけっぱなし。トイレかな。そんな気がする。あんまり気にしない。おりがみを手にとる。こういうカンは、『ここ』に来てからよくあたるようになったから。

「えっと……」

やくそく……、ふゆちゃんとやくそく、えっと、あれ、おりがみで……どうしよう。なんのおりがみだったっけ……?

ふぇ……こぼれる。はじめてできた、かわいい妹。そんなお願いもおぼえられない。

『ここ』に来る『まえ』はこんなんじゃなかった。こんなんじゃなかったのに。
ままならない、ままならない。ゴツン、つくえにあたまをぶつけた。


『まえ』は身体がポンコツだった。
あたまの先からつめの先までびりびりしびれて、がんばらないといつもせきが口からとび出て、そのまま血をはくまでがワンセット。
歩くなんて、とてもとても。お外にいけなかったから、おともだちもできなかった。

せかいはパパとママとお兄ちゃんだけ。とってもやさしかったけど、身体はくるしくて、つらくて、あったかくて……たぶん、しんだ。あんまり、おぼえていない。気がついたら、『ここ』にいた。

『ここ』はすごい。
びりびりしない。歩ける、走れる。ねつもせきも、血も出ない。かわりにこおりが出る。お兄ちゃんといっしょに見ていたアニメの『ちょーのーりょく』みたい。とっても、けんこう。

……でもこんどはあたまがポンコツになった。
あたまがおもい。いつもぼんやり雲がかかっているみたい。
そうしていつもねむい。ねむくてねむくてしかたない。ちょっとのことでもわすれちゃうことがある。今みたいに。

どうしよう。ぜんぜん、だいじょうぶじゃなかった。

きゅっと口を食む。『まえ』のときはいなかった、はじめての妹。かわいい妹。そんな妹からの、リクエストだったのに。やくそく、だったのに。
なにをつくればいいか、雲でぼやけておもいだせない。

なさけない。

「れなちゃん……?どうしたの?」

声がふる。しんぱいそうな声にかおをあげた。とーやくんがもどってきた。朝はげんきそうだったのに、今はなんだかかなしそう。
すぐとなりにすわって、そっと手をにぎられる。あったかくて、やさしい手。

「悲しいの?それとも辛い?隠さなくて良いよ。ぜんぶ、おれに、言ってみて。れなちゃんが悲しいと、おれも悲しいよ」

きゅっと手に力がこめられた。

かなしい、かなしい。やっぱりあってた。

とってもとくべつなふたごだから、とーやくんの気持ちはいつもわたしにつたわって、それから、わたしの気持ちも、とーやくんにつたわっちゃう。

だから、はやくなんとか、しなきゃいけなくて。とーやくんにはかなしくなって、ほしくなくて。「あのね、とーやくん、えっとね、」ふらふら、目も、ことばも、泳いで泳いで、まとまらない。

こういうのも『まえ』はもっとちゃんとしていたのに。わたし、どうしていつもどこかがポンコツなのかな。
じわじわぼやけるせかいに、ふと『白』が目にはいった。

……あれ?

「……とーやくん、よこむいて?」
「?こう?」

うん、とうなずく。そうして手をほどいて、とーやくんのかみにさわった。

ふわふわの、やわらかい、赤いかみ。赤。しろ。あか……あ!

あ!!

「とーやくん!わかったよ!とーやくんのおかげ!ありがと!!」

赤いはな……おりがみで赤い花といえばバラだ。きっとバラ、そう、きっとそうだった!たぶん、おもいだせた!バラをつくればよかったんだ!

きゃあ、ってこんどはわたしがとーやくんの手をにぎる。
とーやくんはなんだかふしぎそうな顔をして、それから、「役に立てたみたいで嬉しいよ」ってにっこり笑ったから、わたしもにっこり笑った。

やっぱりとーやくんは笑った顔がいちばんだ!

「これから折り紙?」
「うん!ふゆちゃんにあげるの!」
「……へぇ」

チラ、とつくえの上のおりがみを見て、「じゃあ終わったら声かけて」ってパタンとそのまま寝転がった。「ねるの?」「寝ないよ。まだ」「そっかぁ」そうしてとーやくんはそのままテレビに目をやった。

今はニュースのじかん。じつは『ここ』のおとうさんは有名人らしくて、よくニュースにうつってる。
赤いかみをおりながら、目にはいったテレビのおとうさんをとーやくんに伝えれば、なぜだかお腹をかかえて笑われた。どうしてだろう?

やまおり。たにおり。くりかえす。おもての赤と、うらの白。くりかえしくりかえしおりつづける。

ふと、さっきのとーやくんのかみをおもいだして、気づかれないようにくすくす笑った。

真っ赤なかみの中の、よく見なきゃわからないおくふかくのところに、たまたま光る『白』を見つけた。
ほんの少しだけだけど、わたしのかみと、おそろいの。
たぶん、まだだれもしらない。とーやくんもきっとしらないことっ。

とーやくんのことで、とーやくんもしらない、わたしだけがしってること。なんだかすごくどきどきする。うれしいってかんじだっ!

……だから、もうすこしひみつにしても、いいかなぁって。
とーやくんにはなんでもすぐにバレちゃうから、ひとつくらい、いいかなって。


とーやくんのかみ、どうなるんだろう。白はもう、ふえないのかな?ふゆちゃんとはんたいに、ちょっとだけ白がふえるのかな。

それともわたしと同じになるのかな?

……そしたらほんとに、わたしとおそろいだ。わたしはすっごくうれしいけど、とーやくんはどうおもうんだろ?……白いかみ、おじいちゃんみたいって、いやにおもっちゃうかな。

……やっぱり、今より白がふえたら言おう。


でも、それまではないしょ。わたしだけのひみつ。

赤いバラをつまんで、にっこり笑った。完成!





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