03

───轟冷奈について語ろう。

轟冷奈、齢は4つ。No.2ヒーローエンデヴァーの長女で、瞳は父から、そして髪色と個性は母の遺伝子を色濃く受け継いでいる少女。

性格は寡黙でおっとり、いつもねむたげ、或いは、ほんの少し、面倒くさがり。

同じ日に産まれたというのに、活発でよく喋る片割れと比べてあまりにも言葉を発しないものだから、もしや何かの病気かと父母に病院へと連れられ、「本人が喋らなくても燈矢くんが代弁してくれるから、面倒くさがって話してないだけですよ」と問題ない旨を朗らかに診断された過去がある。ため息と共に顔を覆ったヒーローの姿は非常に印象的であった。

冷奈には先にあったように、双子の片割れがいる。名を轟燈矢と言い、母の胎に居た頃からの付き合いだ。

双子仲は非常に良好。燈矢の個性訓練時以外は双子は常に同じ空間に居た。一人見つければ隣には必ずその片割れも居る。
コクリコクリ、と船を漕ぐ冷奈の世話をやき、はたまたちょっかいを出し、或いは互いの額を擦り合わせ、そのまま2人夢の中。轟家の常識のひとつ。


───さて、鶏が先だったか、はたまた卵が先だったか。


冷奈が面倒くさがって何も言わないものだから仕方なしに燈矢が代弁をするようになったのか、或いは。燈矢が先回りにあれこれ世話をし始めたから冷奈が喋る必要が無くなったのか。

冷奈の小さな脳は最早覚えていないが、事実として冷奈と燈矢はいつもべったりで、『一等特別な』双子だからか大抵のことは何も言わずともお互いがお互いを理解でき。
結果として燈矢は率先してぼんやりな片割れの世話をやき、冷奈は父の背を追う片割れの元を極力離れない。

それが轟家の双子であった。

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「えっ。結局一緒に寝ていたの?」
「だから言ったのにさ!部屋分けんの、れなちゃんにはまだ早いって」

まぁ別におれは大丈夫だったんだけどね。れなちゃんが泣いてたから、仕方なく。

そう続け、燈矢はガツガツと米をかき込んだ。
対する母、轟冷は「あら……」と右頬に手を当て小首をこてんと傾げた。

やはり、双子に個室はまだ早かっただろうか。

しかしさむいから、と湯たんぽを強請りにきた昨夜の冷奈の様子は、いつも通りどこかぼんやりと眠たげなもので、泣くほどのものでは無かったような気がしたのだけど……。

長女、冷奈を見遣るも、くしくしと未だ眠た気に瞳を擦るだけで片割れの言葉を否定しない。
……やっぱりまだ幼い子供を一人で寝させるのは早かったのだと、冷は申し訳なさが募った。

「だが冷奈を自立させるにはそろそろ燈矢離れをさせるべきだ」

冷奈だから仕方ない、という空気に、しかし待ったをかけるは家長、轟炎司である。
渋い顔で双子、とりわけ冷奈に視線をやると、当人は母と同様にこてんと小首を傾げ、やはり眠たげな様子で軽く手を振ってきた。
ひとつ、ため息。

「燈矢がそばに居ることに慣れ過ぎている。これから先燈矢から離れた時、困るのは冷奈の方だ」

だから昨日、双子各々になんとかして個室を与え、自立を促そうとしたというのに……、と昨日の惨状を思い返し、炎司はゲンナリと首を横に振った。

昨日は酷かった。
主に、燈矢が。

今日から各自個室を与えると言った瞬間の燈矢の抵抗振りと言ったらない。
歳の割に聡明な癖して「こここ個室?」と冷に個室の意味を三度ほど聞き返したのち、一体何がそんなに嫌だったのか、「決闘だお父さん!」と炎と共に飛びかかってきた為、突如一方的父子喧嘩が勃発。

無論幼い息子相手に後れを取る訳が無いが、なにせ轟家は純日本家屋。息子の個性は己と同じく炎の個性。畳の上で炎の個性は出すなとあれほど言ったというのにこの体たらく。
いや或いはまさか、そこも計算に入れていたのか。
だとしたらこの歳で末恐ろしい策士だ。

結果的に息子を大人しくさせるのにおよそ一時間も掛かり、幾つかの畳に焦げ跡を残した。
その後「こしつ……?」と未だ事態を分かっていなさそうな冷奈も含めて「おまえたちの為だ」と宥めすかせるのに二時間。なんとか丸め込んで個室の準備をするのに一時間。
酷い疲れだった。凶悪犯と会敵するより疲れた。

しかし、今朝。

昨日の炎司の奮闘虚しく、双子は仲良く手を繋いで居間へ来た。
聞けば結局昨夜は一緒に寝たし、なんなら今後も寝る時は一緒に寝るとのこと。個室の意味。炎司は朝から酷い虚無感に襲われた。

「双子と言えどおまえたちは些か近過ぎる」
「だけど仲が良いのは良いことだから……」
「良くなり過ぎた。その結果、冷奈はロクに喋らんように成長してしまった。燈矢が色々先回りして冷奈の世話をやいた結果がこれだ。今は良いにしても、将来はそうもいかん。だから今の内から冷奈を自立させ、」
「じゃあおれ、一生れなちゃんから離れない!れなちゃんはおれなしじゃ生きていけないもんなぁ」

なぁ、れなちゃんっ。

今し方持っていた箸と茶碗を行儀悪く放り投げ、そばに居る片割れにひしと抱き着く燈矢に、いやどこでそんな台詞を覚えてきたァ!?と酷く動揺した炎司がカッと目を見開き素早く燈矢の肩に掴みかかった。

ギャアギャアと朝から取っ組み合いを始めた父子を後目に、冷はそっと「そろそろ冬美を起こさなきゃ」と震えた声で席を立つ。まさか昼のドロドロのドラマを幼い息子に見られていたとは思ってもいなかった。一体いつ見られていたのか、突然の真実に冷のダメージは計り知れない。


大体おまえが冷奈を甘やかすから!
でもおれたちは2人でひとつなんだよ!もうお互い無しじゃ生きていけねンだ!!
だからおまえはどこでそんな台詞を……ッ!


背後から聞こえる何故か非常に聞き覚えのある台詞から逃げるように冷は襖を閉め、当事者の一人である冷奈はくぁ、とひとつ欠伸をし、そこで漸く手付かずの味噌汁へと手を伸ばした。


轟家、日常のワンシーン。





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