24

頬に張り付く紅糸を耳に掛けてやり、大人しく瞳を閉じた冷奈を抱きしめる。

少し、虐め過ぎた。伝わる小さな震えには流石に俺だって思うことはある。
それでも漸く取り戻した道しるべに胸のすく思いだった。

冷奈が人生でたった一つだけ俺に示したその禁忌。それを抵抗少なく取り払うことができたんだから、この昂りは筆舌に尽くしがたい。
これで冷奈のことは随分楽になる。唯一楯突いたことすら貫けないなら、碌な抵抗なんてしない。

もう学校なんて行かなくていいよ。
オトモダチとも縁を切ろうね。
俺が居ない時は外に出たら駄目。
外に出る時は下を向いて、声も漏らさず、俺にぴったりくっついて。

おまえの瞳も、おまえの声も、おまえの笑顔も。きっと人をおかしくさせる。

そうだよ。おまえのせいで俺もイカレちまったンだ。

おまえのことがかわいくてかわいくて仕方ない筈なのに、気付けば猛毒を垂らして、気付けば燃やして、気付けば酷く酷くこわがらせちまった。
愛してる筈なのに、傷付ける。愛反するこの言動ぜんぶがぜんぶ、おまえのせいだ。

「イイ子だね。冷奈ちゃん」

青ざめた唇を引き結び、ただ俺に与えられる好きを待つ片割れ。従順に媚びるその人形を、イイ子イイ子と撫で続ける。
言うことを聞いたら飴をやる。これは躾だ。躾は最初が肝心なんだ。

「好きだよ冷奈ちゃん。だいすき。……愛してる」

愛を告げ、すきを落とし、ご褒美で脳を染めていき。強ばる身体を何度も唇で溶かし続け、

そうして死体に火を放つ。

境界を超えたところでピタリと止んだその声は、漸く死んだことだろう。
火で葬ることを火葬と言う。
だからあの死にかけの金魚だったものには火葬が一番良いと、そう思った。

「ねえ、冷奈ちゃん」

警告も。否定も。最初から意味なんてなかったのに。
ご丁寧に俺が捨てられる原因は目の前のコイツだと、世界も本人も認めてやがった。わざわざ否定する必要が、どこにあった?

たとえそれが間違っていると分かっていたとしても。どうして、俺が。これ以上否定してやらなきゃならなかったンだよ。

「知ってた?」

俺は知らなかった。絶望を湛え、許しを乞い、俺だけを見ることになるこの人形を。
だから偽善めいた言葉を吐き、だから必死に否定した。『可哀想』、なんて。本当はこれっぽっちも思ってなかった癖に。取り繕った『可愛そう』は偽善に満ち溢れるものだった。

「日付け。もうとっくに超えてた」

でももう死んだ。仮面はもう、死んだんだ。

死んで、そうして、生まれ変わる。

「おめでとう」

するりと零れた祝福の言葉が、ただそれだけが、答えだった。揺れる瞳の奥深くで、蝋燭代わりの火葬の火種が轟々と炎に燃え育つ。

紅い炎で。
赫い炎で。

……あの血に染まった髪と、同色で。


《───まえ、なんか》


過ぎ去った幻聴には見向きもせずに、怯える唇を重ね合わせる。
死にたがりへの贈り物には、目醒めの口付けが一番だ。
勿論互いに瞳は閉ざして。
だってキスって、そういうもんだろ?

───散らばる真紅の罪から、逃げるよう。


「誕生日、おめでとう」


《おまえなんか、早く殺せばよかった》


Happy Re; Birthday.

俺とおまえの、再誕を。





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