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頬に張り付く紅糸を耳に掛けてやり、大人しく瞳を閉じた冷奈を抱きしめる。
少し、虐め過ぎた。伝わる小さな震えには流石に俺だって思うことはある。
それでも漸く取り戻した道しるべに胸のすく思いだった。
冷奈が人生でたった一つだけ俺に示したその禁忌。それを抵抗少なく取り払うことができたんだから、この昂りは筆舌に尽くしがたい。
これで冷奈のことは随分楽になる。唯一楯突いたことすら貫けないなら、碌な抵抗なんてしない。
もう学校なんて行かなくていいよ。
オトモダチとも縁を切ろうね。
俺が居ない時は外に出たら駄目。
外に出る時は下を向いて、声も漏らさず、俺にぴったりくっついて。
おまえの瞳も、おまえの声も、おまえの笑顔も。きっと人をおかしくさせる。
そうだよ。おまえのせいで俺もイカレちまったンだ。
おまえのことがかわいくてかわいくて仕方ない筈なのに、気付けば猛毒を垂らして、気付けば燃やして、気付けば酷く酷くこわがらせちまった。
愛してる筈なのに、傷付ける。愛反するこの言動ぜんぶがぜんぶ、おまえのせいだ。
「イイ子だね。冷奈ちゃん」
青ざめた唇を引き結び、ただ俺に与えられる好きを待つ片割れ。従順に媚びるその人形を、イイ子イイ子と撫で続ける。
言うことを聞いたら飴をやる。これは躾だ。躾は最初が肝心なんだ。
「好きだよ冷奈ちゃん。だいすき。……愛してる」
愛を告げ、すきを落とし、ご褒美で脳を染めていき。強ばる身体を何度も唇で溶かし続け、
そうして死体に火を放つ。
境界を超えたところでピタリと止んだその声は、漸く死んだことだろう。
火で葬ることを火葬と言う。
だからあの死にかけの金魚だったものには火葬が一番良いと、そう思った。
「ねえ、冷奈ちゃん」
警告も。否定も。最初から意味なんてなかったのに。
ご丁寧に俺が捨てられる原因は目の前のコイツだと、世界も本人も認めてやがった。わざわざ否定する必要が、どこにあった?
たとえそれが間違っていると分かっていたとしても。どうして、俺が。これ以上否定してやらなきゃならなかったンだよ。
「知ってた?」
俺は知らなかった。絶望を湛え、許しを乞い、俺だけを見ることになるこの人形を。
だから偽善めいた言葉を吐き、だから必死に否定した。『可哀想』、なんて。本当はこれっぽっちも思ってなかった癖に。取り繕った『可愛そう』は偽善に満ち溢れるものだった。
「日付け。もうとっくに超えてた」
でももう死んだ。仮面はもう、死んだんだ。
死んで、そうして、生まれ変わる。
「おめでとう」
するりと零れた祝福の言葉が、ただそれだけが、答えだった。揺れる瞳の奥深くで、蝋燭代わりの火葬の火種が轟々と炎に燃え育つ。
紅い炎で。
赫い炎で。
……あの血に染まった髪と、同色で。
《───まえ、なんか》
過ぎ去った幻聴には見向きもせずに、怯える唇を重ね合わせる。
死にたがりへの贈り物には、目醒めの口付けが一番だ。
勿論互いに瞳は閉ざして。
だってキスって、そういうもんだろ?
───散らばる真紅の罪から、逃げるよう。
「誕生日、おめでとう」
《おまえなんか、早く殺せばよかった》
Happy Re; Birthday.
俺とおまえの、再誕を。