20
どうだって良かった。
ハナから氷なんて───俺にはどうだって良かったんだ。
それはお母さんの個性だ。無いならそれで良い。どうでもいい。
受け継いだ、選んでくれた、お父さんの個性さえ、この身にあれば。
甘く優しい片割れとの誓いも、氷については二の次だった。
たとえばもし、片割れの個性が炎と相性の悪い水だったとしても。片割れさえ先と同じ言葉を繰るようなら、走る警告を無視してでも、きっと俺は同じ様に片割れへと懇願した。
重要なのは、片割れ自身の想い。俺のことを一番に考えて。考えて考えて行動した、その想い。
他方体質耐性については……思うことは一切ないと言えば、嘘になる。
片割れの場合、俺がこの道に巻き込んだせいで、そのちぐはぐな体質が発覚した。
俺みたいに外から判別できるものじゃなくて、見えない内側からのダメージっていうのも厄介だった。
片割れは知らない間にボロボロになっていた。俺の、せいで。
───それでも、片割れはまだ離れなかった。
分かっているだろうに。個性を使えば使うほど、痛みが走ることくらいは、分かっていることだろうに。
片割れはまだ、俺を優先した。一緒にヒーローになる、なんて。小さな手に掴まれた。
俺はその手を……今更手放すことなんて、出来なかった。
…………せめて。逆転した耐性が、どちらか片方でも個性にあったものだったなら。
懸命に震えを抑えようとする片割れを抱き締めて、そう思ったことは一度や二度の話じゃない。
もし俺の個性と耐性が合致していたら。そもそもこんな話にはならなかった。
お父さんはまだ俺をヒーローにって稽古をつけてくれていただろうし、当然お母さんは俺の『次』なんて作らない。俺に巻き込まれずに済んだ白い片割れは、冬美ちゃんとのんびり折り紙でも折って、鍛錬の終わった俺が、そこに雪崩込んで……そんな、平和な、世界。
もし片割れだけでも、その体質が強過ぎる氷結に耐えうるものだったのなら。
肉体破損のリスクも無く、俺をうっとり冷やしてくれた。時々敵討伐の手伝いもお願いなんかしたりして、それでも隣でふんわり笑って、俺に守られながら共に、穢れのないヒーローに……なにを賭けることもなく。
どちらかさえ、ちぐはぐで無かったら。片割れは痛みも寒さも覚えることなく、平和を甘受し生きれた筈で……、
そういう意味では、酷い遺伝にしてくれたもんだと、もう戻ることのない純白から逃れるように、視界を真っ暗闇へ塗りつぶした。
───まさか、分裂しなければ、なんて。
───まさか、一人の人間として産まれていれば、なんて。
『いっそ……冷奈は───』
いっそ、いっそ……『いっそ』、なんだよ……ッ、
俺の、俺だけの大切な片割れに、あの時、何を言いかけた……?
『……ごめ、ごめなさっ、わ、わたし、わたしが、う、うまれた、からっ、……っと、やくんの、こせっ、も、た…耐性、も……っ』
『ほんっとは……わた、し……と、やくッの、なかで……っさ、さいぼうで…うまれ、るっはず…で……っ』
、馬鹿、言うなよ。
そんな風に言うならさ、俺だって、そうだろ……?おまえに必要だった氷の耐性をさ、俺だって、俺だって……、
おまえから、奪ったんだ。
でも、俺たちは補い合える。
熱いなら冷やす、寒いならあっためる。
それで二人でヒーローになって、お父さんに認めてもらって、そんな簡単な話で…………、そう、だろ?
細胞?一部?……意味分かんねーよッ!
そんなもんでもし俺が一人で産まれていたとしても、そこにおまえは、居ないんだよ?
隣に、冷奈ちゃんは、居ないんだ、
俺が氷を出せたとしても、冷奈ちゃんは俺に溶けて……消えちまってて……これは、そういう、馬鹿げた話で……、!
なんで……っなんで二人ともそんな簡単に、産まれたことを否定すンだよッ!?
なんで、お父さんはここまで俺たちを否定するんだ!?
なんでッ、なんで冷奈ちゃんが、自分が産まれたせいなんて、そんなッ、そんな悲しいこと、自分で言わなきゃいけないんだよッ!!?
───どいつもこいつも、イカレてやがった。
お父さんは自分の娘を『失敗作』どころか、産まれたことすらも否定した。
否定された冷奈ちゃんもその通りだと。ろくな抵抗一つしないで俺の腕の中で壊れていく。
世界の中心の二人の言葉は、俺には理解できなかった。
ショックを受けて、嫌悪を抱いて。ヒーローは、瓦解して……っ理解、なんて、したくもないッ!
『ごめん、ね、とうや…くん……』
───だけど、
『そんな顔、しないで?このくらい全然大丈夫だもん!だから……訓練続けよ?』
『ちが、ちがうの、あの、今日、すごくさむくて…、だから、だからお薬たくさん飲んだらさ、はやく治るかなって、思って、それで、』
十月十日と壊れゆく、片割れに。
安寧の夢の中に居る時ですら悲愴に許しを乞う、片割れに。
追い詰められて追い詰められて…………なにを考え始めてしまっているのか、そんなことまで手に取るように分かってしまう、片割れに。
───あの日から響く警報と醜い悪魔の囁きが、日を経つにつれ肥大した。
生まれてはいけない感情が、理性の無い獣に成り果てる。
蒼く悍ましい化け物がうっそり微笑み《ハヤクヤレ》と蹴りつける。
世界が揺れる。至ってしまう。腕の中の甘い香りが、より甘美な誘惑へ育ってしまう。
それでも、俺は否定した。
馬鹿馬鹿しく愚直に、言い聞かせるように、何度も何度も、「大丈夫だ」と。
根拠のないその言葉は、実際俺も冷奈ちゃんも大丈夫な訳がない。
だけど、『産まれなければ』俺たちの勝ちだった。
理想も、獣も。産まれさえ、しなければ…………っ。
産まれるな。
強く願った。
強く、強く。夏くんの時なんかより、ずっと、強く。
最悪に歪曲された現実を、冷奈ちゃんは間違いのままに飲み込み、『知って』しまった。
今ですらこの壊れていってる状況で、それをぜんぶ肯定するようなもんが産まれたら、俺は完全に捨てられて、冷奈ちゃんは本当におかしくなってしまって、そうして……それで…………俺、も…………っ、
───ぜんぶ、否定した。
せめてこの状況のままであってくれと、強く、強く。
そうすれば、俺の存在も冷奈ちゃんの生も、否定される謂れはない。
俺がこれ以上冷奈ちゃんを傷付けることも、ない。
俺は……否定して、いたんだ。
ぜんぶぜんぶ……飲み込んで、いたんだ。
自分が何をしてしまうかちゃんと……分かっていた、から……、
俺はもうこれ以上……冷奈ちゃんを苦しめたくなんて、なかったんだよ。
なのに…………ああ、やっぱり……ちくしょう…………、
……ね、冷奈ちゃん。
世界って、なんでこんなにも、残酷なんだろうね。
俺は今日、大好きなきみを───、