16
「………………そうだね」
───ぜんぶおまえのせいだった。
永い永い沈黙が途切れた時、吐息のように小さな肯定は諦念の色に富んでいた。
瞳を瞑り、熱が離れ、ダラリと項垂れるその人の唇の象る言葉を耳目で認識してしまい。体中の血管が凍るような心地に、頬がぞっと粟立つのを感じた。
「ずっと、ずっと……違うって思ってた、信じて、!…たん、だ。冷奈が産まれたせい、なんて。……そんなこと……ある筈ないって……、」
「っ…ごめ、な、さ……、」
だけど、零れる言葉は真実だった。
彼はただ事実を口にしているだけで、
わたしは……間に合わなかった、わたしはもう、それを受け止めるしか、できなくて……っ、
「でも……そうだね。産まれちまったんだよ。アレがお父さんの理想で、最高傑作で……っ!、俺、は、失敗作、で………ッ」
「ふ、っ、ぅ…ぅ…ッ!」
「───俺がッ!失敗作になったのはッ!!おまえがッ!!産まれる時俺から色んなもん奪ったせいでッ!!!」
「っ、!、ぁ……っ、ひっ…、…!」
喉元から離れた熱い塊が今度は髪を鷲掴む。震える空気の振動と何をされるか分からない恐怖に、馬鹿になった心臓が破裂しそうで仕方ない。
おまえのせい。おまえのせい。
鳴り止まない呪詛の声が脳を侵して冒して満ち溢れて。そのまま溺れてしまいそうで、息が詰まって窒息する。
ぜんぶ真実で、分かっていたことで、何度も何度も自分で責め立てていたことで。それでも直に突き立てられてできた刃の傷は、何もかもを凌駕するものだった。
「それでッ───それ、で? ……死ぬの、おまえ」
「っい゛、ッ、!?」
ぶちぶちと、嫌な音がした。
それが酷い力で持ち上げられた頭皮からの悲鳴だったと気付いたのは、すぐ近くの蒼に串刺しにされた後のこと。薪をくべられた蒼い怒りの塊に、全身の骨が溶かされてしまう恐怖を覚えたとき。
なんの覚悟もなく狭まってしまった彼と憤怒の距離に悲鳴を上げる余裕もなく、はっ、はっ、と息を零す。言わなければ。「ごめッ、っぐ、…ごめんなッさ、いッ、ごめ…なさッ!!」償わなければ。「すぐ、っすぐ、しぬッしぬからぁっ!」大きな罪を、
「…………なんの役に立つンだよ」
「ッひ…っあ、…、?」
や……く…………?
震える囁きは遅れてわたしに到達した。焼く。灼く。薬。役。だめ。おねがい。やめて。酸素の足りない愚図な脳がその言葉の意味をなんとか理解しないよう拒絶する。拒絶する。拒絶する。「、ぁ」水が、落ちる。
「なあ冷奈。冷奈が死んでもさ、個性も、体質も、今更俺に返ってくるわけないって、それくらいは冷奈にでも、分かるよね?」
「……っ、ぇ……ぁ、ち、が……」
「冷奈が死んで、俺になんの利益があるの?」
「わ、たし、つぐなわ、なきゃ、で……え……りえ、き……?」
「冷奈教えて。冷奈が死んだところでさ、なにか一つでも、事態は良くなってくれる?それはどんなこと?一つでいい。一つで、いいンだ。俺に、教えてよ」
水がほたりほたり落ちてくる。「ぁ…………、…………っ……」濡れた声は酷く穏やかで、頭の中は真っ白だった。答えなきゃ。答えなきゃいけないのに。「冷奈」ごめんなさい。「……冷奈」ごめん、なさ
「ぜんぶ冷奈のせい」
「っ、ひ、」
「冷奈が奪ったせい」
「あ、あっ……!」
「でもさ、冷奈。俺、冷奈に一言でも邪魔とか死んでとか、そんなこと、言ったっけ?そんなこと、一度でも冷奈の心に、伝わった?」
髪を掴む片手が離れ、代わりに今度はそっと包み込むように火照る両手が頬を覆う。「……思い出して、冷奈」じくじく痛む傷口に、優しい毒が浸潤する。「いっ……、な……っえ、ぅ゛っ」「聞こえない」竦みそうになる恐怖を抑えて、手のひらをぎゅっと握り締めた。
「いっ、いっで、ないで、…ずっ、!」
言ってなかった。一言として、彼は口にも想いにも伝えてこなかった。それがなにを意味するのか……わかってる。
ほんとはわたし……わかってるんだ、
「……うん。言ってない。そんなの、想ってもないよ、俺」
わたしはただ、ただ…………っ、
「冷奈に死んでほしいなんて、思ったことない。死んだところで、なァんにも役に立たない。困ったな。これじゃ『償い』には、ならないね」
「それはただの自己満足って言うんだよ」薄い吐息と共に告げられた言葉に、身体は正直に跳ね上がった。
そんなわたしの反応すら「知っていた」とばかりに笑う顔が近付いて……コツンと、額が合わさって、
「……死ぬことが俺を見捨てるなんて、思い付きもしなかったんだね」
「!、う、んっ、!」
「それだけ辛かったんだよね」
「、…んっ、」
「早く死にたかった」
「っ……」
「……こわかったんだ?」
「、っ、」
「───聞かせて。冷奈が一番こわいこと。冷奈が一番、死にたい理由」
わたし、は、
「……おまえの口から聞きたいンだ」
ほん、と、は───ッ、