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男の子は、たくさん、たくさん、泣きました。

蒼く大きなその瞳が溶けてしまいそうなほど、たくさん、たくさん、涙を流しました。

大粒の雫が床を濡らし、天を突くほどのその大声に。
しかし目の前の男の人も、その隣にいる女の子も。ただただ、困ったなぁという顔をするだけで、男の子のことをちっともちっとも分かってくれません。

どうして二人とも、『ちゅうをしてはいけません』なんて、酷いことを言うのでしょう。

男の子はかなしくてかなしくて、また新しい涙がぽろぽろと零れてしまいました。


「、だから、だからね、れなはとーやくんのことね、きらいじゃないよ。だいすき!」

「うぇ…ふ…ぅ……ッ!」


うそだ! 男の子はそう思いました。

だって女の子はさっき、『おくちのちゅうはすきなひととじゃなきゃだめ』と、男の子を拒絶したのです。


すきなひととじゃだめなことを男の子にされそうになって、女の子はそれを『だめ』と拒絶したのです。


それはつまり……女の子は、男の子のことを…………、!


「えっとね、ちゅうもね、すきだよっ。とーやくんとするの、れな、すきだよっ。えっと、ほっぺとかね、おでことかね…、」

「………、…いや待て冷奈、それもあまり良くないと思うが」

「……?きょーだいはおくちいがい、せーふなんだよ……?」

「そん、そんなもの……なの……か……?」


大柄な男の人は、きょとんとする女の子に、首をゆっくり傾げました。

男の人は男の子と女の子のお父さんです。
しかし普段は男の子を一等可愛がってくれるお父さんも、今は女の子の味方です。

最初の方は泣きじゃくる男の子の話を聞いてくれていましたが、話が徐々に進み、女の子のたどたどしい言葉も聞いてしまえば。お父さんは顔を引き攣らせて「燈矢、それはダメだ」と男の子の両肩に手を置き窘め始めたのです。

なにもダメなことなんてないのに。男の子はぐずぐず鼻を鳴らしました。


「…でもね、でも、おくちのちゅうだけはね、すきなひととじゃなきゃ、…えっと……、あ……!け、けっこんっ!あのね、とーやくん、けっこんしたいなっていうね、すきなひとどうしならねっ、おくちのちゅうしても、いいんだよ……!」

「ぐずっ……けっこん…………?」


女の子の聞き慣れない言葉に、男の子はぐしゃぐしゃの顔を上げます。

けっこん。けっこん。潤む世界にキラキラと輝く、かわいい女の子が映りました。
女の子は常になく、必死に男の子へなにかを伝えようとしていて。


もしかしたら。きらいになったわけじゃないのかも……、


男の子は期待を込めて、こくんと頷く女の子の言葉を待ち望みました。


「うんっ。えっとね、おとーさんとおかーさんはけっこんしてるからね、おくちのちゅうしてもいいんだよっ!……ね、おとーさん!」

「う゛っ……」


お父さんはなぜだか不自然に呻きましたが、女の子の言葉を否定しないということは、そういうことです。

女の子の柔らかい言葉と、それを肯定するお父さん。

そんな大好きな二人の顔をきょろきょろ交互に見渡して。すぐさま、男の子の涙はぴたりと引っ込んでしまいました。


なぁんだ!そんなのでいいンなら、かんたんだ!


男の子は一転、パアッと弾けるように笑いました。

そうして、女の子の小さな手を両手で掬って、胸の前で留めます。

きょとんとする女の子にゆっくり近付き、お揃いの瞳を絡め合わせ。


男の子はふんわりはにかんで、白の想いを告げました。


「じゃあれなちゃんっ、おれとその、けっこん?しよっ!」


これでまたおくちのちゅうもできるね!、と。


純真無垢に。そう、笑って。



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