14

「───え、……?」


熱くて、暑くて、あつくて、アツクテ───、


ぎゅっと目を閉じて、我慢して。ただその時をずっと待っていた。

これは正当な制裁で。
生に対する罰なんて、もう……死んで償うしか、なかったから。

そうして数秒数分、或いは、数時間。
ジリジリとした灼かれる感覚に身体の神経が麻痺した頃、目蓋の裏で輝く炎は突如として終息した。


───わたしの生命を、置いて行って。


「…………止まったね」


呟かれた言葉の意味が分からなかった。

信じられない思いで恐る恐る目を見開いたところで、視界に映るのはわたしに馬乗りになったままのその人がただただ俯く姿だけ。手首の拘束は解かれて、唯一喉元に残っている熱い掌へとどくりどくり、鼓動が伝わる。

まるでそう固定されたように、その人から目を逸らせなかった。


「……な……んで…………」


鼓動も、枯れた声も。
二つともまだ、わたしが生きているという証拠。

けど、そんなのおかしい。

ついさっきのこと。空耳なんかじゃ絶対ない。
確かに彼は、言ったんだ。


殺してやるよ、って。


「……『なんで』、か…………」


どうして。
どういうこと。
なんで。


引き攣る皮膚を指が滑って。じわじわ戻ってくる感覚は、あった筈の水気もぬめりけも伝えてこなかった。
どくどく、と早まる鼓動が耳の後ろで喚き散らし、取り戻した呼気は酷く酷く、荒くなる。


止まった。
なにが。
血が。
だれの。
わたしの。

だれによって。


「冷奈も俺のこと……見捨てるんだね」
「、っ、!?」


もう分からなかった。馬鹿なわたしには分からなかった。

死のうとした。死のうとしたんだ。盗んだ『個性』でもう死のうって。ずっとずっと死ねって言われてた。手首より首の頸動脈の方が死にやすいって『まえ』の知識で知っていた。誰が見ても自殺だって分かるような死に方はもしかしたら彼に迷惑をかけるかもしれないって思っていたけど、でももう『個性』の使い過ぎとか薬の大量摂取の事故とか、そんな悠長なこと言っていられなくて、証明されてしまって、息をしているだけで罪を犯し続けるこの身体はもう一秒だって使っちゃいけなくて、早く今すぐ死にたくてだから、だけど、急に彼が来て、ああわたし間に合わなかったんだって、自分で死ぬだけじゃ許されないんだって、そう分かって。彼だってさっきわたしに、殺してやるって言って。だから、だから死ぬんだって、わたし彼に殺されて死ぬんだって思ってそう思って、火、火だって熱かった、お父さんの火で燃えて、焦げて、溶けて、死ぬ筈で、なの、なのにわたし死んでなくって、止まったねって、なんで、血、たくさん、出さなきゃいけないのに、三分の一って言ってた、それくらい出さなきゃで、でも、血、止まって、て、それで、見捨て、る……?

わたし、が…………!?


「そん、な…なんで、み、見捨てる、なんて、そんなことっ、」
「じゃあなんで死のうとしてンだよっ!?」
「、ひっ……!」


必死に否定しようとした言葉は渇いた空気に溶け消えて、抑え切れない怒気が寒々しい温度を打ち震わせる。輪郭を持ち始めた影の中から覗く業火の蒼が窒息するほど恐ろしかった。

怒鳴られた。怒鳴られた。
怒ってる。怒ってる。
そんなこと、初めてで。


「───ああ───ごめん、───ごめんね。大声上げて───恐かったよね? でも冷奈が、冷奈が悪いンだよ? 冷奈がさ、俺のこと捨てて───死のうとなんて、するから───ッ」


ざらりとした火傷と火傷の皮膚同士が何度も擦れる音がした。
何度も、何度も。
煮えたぎる怒気は収まったかのように見えて、だけどそれは心苦しそうな声の端々に散らばっただけだった。

でも、でも見捨てる、なんて……、"わたしが"見捨てるなんて。そんなの酷い誤解だ。
それだけは、絶対に、解消しなきゃいけないことだった。

どちらからともなく響く吸気の応酬が焦る思考を威圧する。早く言わなきゃ。早く言わなきゃ。カラカラに渇いた喉の奥底に無理矢理唾を押し込んだ。


「わ、たし、わたし、」
「……うん」
「…ほん、とに……わざと、じゃ…なくて……っ」
「……」
「こん、こんなことに、なる、っなんて……ほんとに、思って……なくて……!」
「……」
「で、も……ア、アレ、アレ産まれてっ、現実、でっ…!わた、し、ほんとに…っと、やくんか、ら、たくさん、たくさんっ、うばって、て……!」
「……」
「も、もうっ、生きてるいみ、もっ、なくって…!こ、これいじょ、生きててもっ、と…っくんの、邪魔にしかっならなく…って…!」
「…………」
「だか、らっ…っひ……、ん……ごめっな、さっ……ぅ、…っひ、ぅ…っ……せめ、せめて……こおりっで、し、死ななきゃ、いけな、く、て…っ!……っふ、…ぅ……わ、わたし、つぐなわ、なきゃで……!だから…う、ぁ…っ、わたしっ!みすてっ…なん、てっ!」
「………………」


涙が邪魔だった。出るなといくら願っても、零れる氷も、ビクつく気道も、思考と言葉の邪魔をして、きっと支離滅裂で分かりにくい。
しゃくりを上げる度にかけられた手の熱感をまざまざと知覚して。いっそこのまま何も言わずに全霊を以て折ってほしいと、音にしないでそう伝えた。

特別な能力でも、運命の双子だからできる訳でもなんでもなかった。───ただ一つの細胞が、身体主人へと状態を伝えるためだけだった、その機能で。


「───、」


ため息と、すすり泣き。
被害者と、加害者。
主人と、細胞。

轟燈矢と、轟冷奈。

沈黙が永かった。
きっと色んなことを考えていたんだと思う。
でももうわたしにはその考えも、想いも。何一つ伝わってこなかった。


もう───分かりたく、なかった。





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