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昔からかくれんぼは苦手だった。


昔、眠気がまだマシな時は、広い家を舞台によく彼とかくれんぼをした。
『まえ』の身体じゃ絶対出来なかった遊びだからすごく楽しかったけど、でも彼に勝てたことは一度だって無い。

捜す側なら、隠れられるような場所をわたしなりに必死に捜すんだけど、でもいつも絶対見つけられない。
時には肩を落として降参した瞬間に後ろから抱き締められて、すごく驚いたことだってある。

隠れる側の時は、過去に彼が隠れていた場所を参考にして隠れてみて。それでも「れなちゃんみーっけ!」なんて、すぐにくすくす笑って見つかっちゃう。それがすごく不思議だった。

あんまりにもすぐに見つかってしまった時、思わず、どうしてこんなにも早く見つけられたのか聞いてみたことがある。

そうしたら彼は一瞬きょとんとして。そうして、「おいで」って手招きされるままに近寄れば、小さなひそひそ話が耳元をくすぐって───、


「わかるよ!だって、れなちゃんはおれの『とくべつ』で『うんめい』なんだからさっ」



───本当はそんな素敵な理由じゃなかった。



だってわたしと彼は、特別でも運命でも、なんでもなかったから。



天井を背景に肩で息をする男の子を見上げて、なんとなくそんな昔のことを思い出した。

これが走馬灯って奴なのかな、なんて。
『まえ』に死んじゃった時はそんなの見る暇もなかったな、なんて。

今絶対必要ないことに想いを馳せてしまって、それで。「やっぱりかくれんぼ、苦手だったな」って、ひとつ、ふたつ、まばたいた。
そうしてふらふら視線をズラせば、カランコロンと弾かれた氷柱が畳の上に転がってる。結構、遠い。取りに行きたいけど、両手が捕まって床にダンッてされてるから、このままじゃ動けない。

じゃあ、また造らなきゃだ。

大事な時すら上手くいかない自身の間抜けな愚図っぷりに、少しだけ、落ち込んだ。


どうしてまだ死んでないのかって話になると、結局わたしのせいって結論になる。

ぐずぐずして早く死ななかった。
それだけ。

あと二秒あったら、深く深く押し込めた筈なのに。
最初にもっとちゃんと深く刺していたら、今流れてる血も、もっともっと飛び散っていた筈なのに。

そうしてノロマがのろのろしている内に、誰かが部屋に入ってくる音が聞こえて、迷わず押し入れの戸を開かれた。

急に開けられた扉に「え、」って思う間も、氷柱を動かす間もなくて。
力一杯腕を引っ張られて、畳の上に転がされて、持ってた氷柱も転がって。追いかけようと手を伸ばしたところで、ダンッて両手も身体も畳の上に押し付けられたから、わたしは動けなくなってしまった。

ぜんぶぜんぶ、一瞬のこと。目をくるくる回している間に、ぜんぶ終わってしまったこと。

月光すら雲に隠れた闇の中じゃ、その人の姿形ははっきりしない。
だけどその人が誰かなんて、わたしが分からないわけがなかった。


「と、…や、くん…………?」


場違いな程優しくてあったかい手が、凍った頬を溶かしてくれる。
だけどもう、そんな手に擦り寄ることができるほど、わたしは図太い精神は持っていなかった。

冬の空気に充てられた身体が寒さとは別の震えを生み出して、思考はぐるぐるあちらこちら。


どうして、ここにいるんだろう。


兎に角、わたしの部屋に彼が居るのが、不思議で不思議で仕方なかった。それも、今。息を切らすほど急いでまで。

……勿論、愚図がもたもたしていたのが、一番悪い。
だけど、あんなめちゃくちゃな状況ですぐに誰かが、それも彼がここに来るなんて、そんなの想像もしてなかった。

、あのあと、どうなったんだろう。
わたしが壊すだけ壊して、わたしがめちゃくちゃにするだけめちゃくちゃにして、そうして卑怯にもいの一番に逃げ出した、あの世界は。

あそこにはふゆちゃんもなっちゃんもいた。それも、お母さんの傍に。

そんなことを今更思い出して、本当の本当に今更な心配が溢れてくる。

わたし、お姉ちゃんなのに。自分のことしか考えてなかった。ボロボロ剥がれて剥き出しになる自分の本性が、本当の本当に醜かった。

二人とも、大丈夫かな。
お父さん、守ってくれたかな。
お母さん、火傷してない、かな。
アレは、アレ、は……、


「…………冷奈」


アレは…………殺されちゃったの、かな…………。

頬を滑っていた手がいつの間にか首元まで降りてきて、ぴりぴりとした痛みを生む。
すり、と作ったばかりの傷口に熱い指先が触れる度、どうしてだかアレの姿が脳裏に焼き付いて離れなかった。

顔を見たのは数分にも満たない僅かな時間。生まれて、数日で死んじゃった、小さくてかわいそうな生命。
わたしが奪わなかった世界の【轟燈矢】という人間。


───ああ……そっか。


「……なあ、」


漸く真意に気付いた時、首にかかる力が強まった。

強くなって、強くなって、熱くなって、発火する。
赤くて、綺麗で、熱くて、灼けて…………、

舐めるように迸る炎が頭上の彼を照らしだす。
だけど、今彼がどんな顔をしてるのか、怖くなって、見たくなくて、

わたしはやっぱり目を閉じた。



「───ころしてやるよ」



ぽろり、最期に零れた涙が氷になって、水になって、炎に融けて、蒸発する。


───なにかが頬を伝ったような、そんな気がした。






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