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そうして月日は少し流れ、男の子と女の子は『とくべつ』で『うんめい』になりました。

いつもぼんやりで、一度も笑ったことのなかった女の子が、初めて男の子に向けた、かわいい笑顔とすてきな言葉。

その時のことを思い出したら男の子は今でも、どきどき、と胸がわっと騒がしくなって、顔がカッと熱くなってしまいます。

女の子はまだ笑わない日も多いけれど。それでも、あの時のように。男の子とふわふわ笑ってお話しすることができる日が増えました。

男の子は女の子のことが大好きになりました。


「れなちゃん、あさだよ!」


そうして、そんな大好きな女の子を起こす時のその行為も、とある変化が生まれていました。

ついこの間まではちゅっ、と唇を塞ぎ、すぐに鼻を摘むだけの、ただ女の子を起こす為だけのもので……、

だけどその作業は、男の子にとって。とてもとてもとくべつなものに、生まれ変わっていたのでした。


気持ちよさそうに眠る女の子の両頬に、男の子はそっと両手を添えます。

男の子の柔らかな唇がゆっくり女の子に近付いて……滑らかなおでこにふに、と着地します。

おでこが終われば左右の閉ざされたまぶた、形の良い鼻、真っ白な頬。

男の子は女の子へ、たくさんたくさんキスをして。そうして漸く最後に、甘く柔らかな唇へと辿り着きます。

うっとりとろけた蒼い瞳が、桃色の花芯を絡め取り、触れる間際に瞳を閉じます。

全ての神経を、食み食まれる唇に集中すれば、より一層、女の子への想いが膨らんで───、

そうして両の唇を長く永く触れ合って。満足したら、鼻をキュッとひとつまみ。

そうすれば女の子はたちまち大きな瞳を開くので、男の子は咳き込む女の子から一度だけ離れて、またすぐにちゅっと口付けを交わします。


「っ、…ん……ふ…、」
「おはよーれなちゃん」


女の子の虚ろな瞳に少しだけ残念そうに、それでも男の子は何度も何度もその果実を啄みました。

男の子は知っているのです。

【むかし、あるところに】なんて出だしで始まるおとぎ話は、いつだって、王子様とお姫様がキスをして、【めでたしめでたし】で終わることを。


【いつまでも幸せに暮らしましたとさ】という一文と、共に。


男の子はすぐに、この王子様とお姫様が自分たちのことだと気付きました。

だって、王子様というのはお姫様を助ける存在。つまり、ヒーローのことです。

男の子は将来ヒーローになるのですから、王子様は男の子のことです。

そうして、こんなにもかわいい女の子がお姫様だというのなら、納得です。

女の子は、自分だけが起こせる、男の子だけの眠り姫だったのです。


『とくべつ』で『うんめい』な王子様と、お姫様。


たくさんたくさんキスをすれば、それだけ二人は幸せになります。

いつまでも、いつまでも。


「ふたりで、しあわせになろうね」


大好きな女の子といつまでも幸せになりたい男の子は、ぎゅっと女の子を抱きしめて、またたくさんたくさんキスを贈りました。

だけど施される口付けを淡々受け入れ続けた女の子はと言えば。その瞳に誰のことも映さずに、ゆうくりゆうくり、瞳を閉ざしていくのでした。


自分がなにをされているかなんて、女の子には、分からないのです。



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