10
───
──
─
そうして月日は少し流れ、男の子と女の子は『とくべつ』で『うんめい』になりました。
いつもぼんやりで、一度も笑ったことのなかった女の子が、初めて男の子に向けた、かわいい笑顔とすてきな言葉。
その時のことを思い出したら男の子は今でも、どきどき、と胸がわっと騒がしくなって、顔がカッと熱くなってしまいます。
女の子はまだ笑わない日も多いけれど。それでも、あの時のように。男の子とふわふわ笑ってお話しすることができる日が増えました。
男の子は女の子のことが大好きになりました。
「れなちゃん、あさだよ!」
そうして、そんな大好きな女の子を起こす時のその行為も、とある変化が生まれていました。
ついこの間まではちゅっ、と唇を塞ぎ、すぐに鼻を摘むだけの、ただ女の子を起こす為だけのもので……、
だけどその作業は、男の子にとって。とてもとてもとくべつなものに、生まれ変わっていたのでした。
気持ちよさそうに眠る女の子の両頬に、男の子はそっと両手を添えます。
男の子の柔らかな唇がゆっくり女の子に近付いて……滑らかなおでこにふに、と着地します。
おでこが終われば左右の閉ざされたまぶた、形の良い鼻、真っ白な頬。
男の子は女の子へ、たくさんたくさんキスをして。そうして漸く最後に、甘く柔らかな唇へと辿り着きます。
うっとりとろけた蒼い瞳が、桃色の花芯を絡め取り、触れる間際に瞳を閉じます。
全ての神経を、食み食まれる唇に集中すれば、より一層、女の子への想いが膨らんで───、
そうして両の唇を長く永く触れ合って。満足したら、鼻をキュッとひとつまみ。
そうすれば女の子はたちまち大きな瞳を開くので、男の子は咳き込む女の子から一度だけ離れて、またすぐにちゅっと口付けを交わします。
「っ、…ん……ふ…、」
「おはよーれなちゃん」
女の子の虚ろな瞳に少しだけ残念そうに、それでも男の子は何度も何度もその果実を啄みました。
男の子は知っているのです。
【むかし、あるところに】なんて出だしで始まるおとぎ話は、いつだって、王子様とお姫様がキスをして、【めでたしめでたし】で終わることを。
【いつまでも幸せに暮らしましたとさ】という一文と、共に。
男の子はすぐに、この王子様とお姫様が自分たちのことだと気付きました。
だって、王子様というのはお姫様を助ける存在。つまり、ヒーローのことです。
男の子は将来ヒーローになるのですから、王子様は男の子のことです。
そうして、こんなにもかわいい女の子がお姫様だというのなら、納得です。
女の子は、自分だけが起こせる、男の子だけの眠り姫だったのです。
『とくべつ』で『うんめい』な王子様と、お姫様。
たくさんたくさんキスをすれば、それだけ二人は幸せになります。
いつまでも、いつまでも。
「ふたりで、しあわせになろうね」
大好きな女の子といつまでも幸せになりたい男の子は、ぎゅっと女の子を抱きしめて、またたくさんたくさんキスを贈りました。
だけど施される口付けを淡々受け入れ続けた女の子はと言えば。その瞳に誰のことも映さずに、ゆうくりゆうくり、瞳を閉ざしていくのでした。
自分がなにをされているかなんて、女の子には、分からないのです。
─
──
───