06

こちり、こちり。針が鳴く。
針の音しか聞こえない。

つい、ほんの、ついさっきまでは。大事件でも起きたかのように、家中騒然としていたというのに。灯も点けないでいたこの部屋だけが、外から切り離されたようだった。

歪で静かな異空間。見放された残骸の。だから誰も気付かない。
だから誰にも気付かれない。

固い藺草に倒されて、カタカタ震える小さな片割れ。細い両の手首を片手で纏めあげ、逃げないように組み敷いた。夜目に慣れた己の視界が薄ぼんやりとその唇の動く様を捉えていたが、なかなかどうして聞き取りにくい。

そっと柔い頬へ手を添えて。
遍く涙を零したそこは、哀しいほどに凍っていた。


もうすぐだな。
ふんわりと、ぼんやりと、場違いに、そう想う。

もうすぐだった。
あの針の刻みの煩わしいこと、待ち遠しいこと。矛盾を示すこの感情は、もう自分ではどうすることもできないもの。抵抗しようとして、しようとして。結局呑まれ屠られ塗り替えられてしまったもの。


───おまえはどうだと、聞きたかった。


するり、籠る熱を擦り寄せて、滴の跡は溶けていく。泣けば泣くほど身体を冷やしてしまうその身体。自身と真逆のその身体。

どこで間違えてしまったんだろう。するりするり、熱は下へ下へと滑り続ける。産まれる前、なんて。誰かが言っていたような気がする。誰だっけな。するりするり。

頬を超え、頤を超え。辿り着いたその急所にピタリゆっくり手を止める。とくりとくり。僅かぬるつく指先が、確かに早鐘の音を捉えた。
とくりとくり。細い首筋に力を込めて、びくり真下で震える身体。

……ああ、そうだった。

ゆうくりと、瞬き一つ。


───お父さんとおまえが言ったんだ。


「…………冷奈」


早く殺せば良かった。

そうしたらきっと、こんなことにはならなかった。


そんな今更な後悔に身を焦がそうとも、現実は何一つ変わらない。震える声が哭き止んで、冷える身体は震えを増す。ただ、それだけ。
深く、深く、息を吐く。


どこで間違えたか、なんて。分かる筈がないし、知りたくもない。


ただ、今、この瞬間。酷い岐路に立っていることだけは、理解しなければならなかった。


「と……、や、くん…………、」


針の音。針の音。
息を吸う音、吐き出す音。

そうして、儚い……きみの声。


「……なあ、」


ぬるり濡れる指先に、ぐつり一つ火力を上昇。
焦らずに、焦らずに。じっくりと、じっくりと。

上げて、上げて、紅い炎。肉の焦げる音、その匂い。

ぱたり。零れて落ちたものは、汗だったのかなんだったのか。
じりじり揺らめく紅い炎がぱたりぱたりと飲み込んで、片割れの姿を照らしだす。

紅く染まった半身が揃いの色の瞳を閉じて。ぽろり、涙を押し出した。



「───ころしてやるよ」



なんだか覚悟を決めたその顔に、ほんの少しだけ、笑った。






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