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『あのね、とーやくん、』

鮮明に。覚えている記憶がある。

覚えている中でもかなり古い記憶で、しかしその時の色、匂い、表情、言葉。何一つ欠けることなく今尚脳内で正確に蘇るほどに鮮明な、かつて。

消毒液が染み付いた部屋の待ち時間。
来る日も来る日も検査検査で、個性訓練の時間が刻々と減ってしまうことに辟易としていた、その日。

バタバタと忙しなく走り回る白衣達を余所に、内緒話をするように幼い片割れがそっと自身の片耳に唇を寄せた。
かかる吐息が少し擽ったくて、『なぁに』とその秘密に近付いてやった。

珍しいことに、片割れの大きな瞳はいつもの眠気はなりを潜め、澄んだ湖のようにキラキラと静かに輝いていた。『とーやくん、』かわいらしい小さな声が喜色を孕み自身を呼ぶ。『あのね、』甘美な毒が脳髄を犯す、その瞬間。


『ひとつのたまごからね、おとこのことおんなのこが生まれるの、うんめいなんだって』


───その時。目の前の少女以外の存在が、全て無くなった。


音も、匂いも。
慌ただしい大人達も。
共に傍で待っていた母も。


この時ばかりは意識の中のNo.1も、父ですら。


世界には、自分と彼女だけが、存在した。


『うんめい……?』


うんめい。うんめい。

たった4つの言葉を呆然と繰り返せば片割れは、


『うんめい』、は。


コクン、と頷き。低温の頬をほんのり紅潮させるまでに興奮し、両の手を胸の前で握った。


『とくべつってこと!』


初めてはにかむ『うんめい』に、ドクリと心臓が大きく動き、

そうして『世界』も動きだした。


それが…………はじまり。

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