17

冷えた木板へ三角に足を折り、両の指合わせて思考する。夕刻からのてんで纏まりのなかった思案が、手に負えないほど優しく甘い片割れの言葉によって、回顧し、煮詰まり、解を出す。

ぐしゃり、髪を掴む。半分以上白く染まりつつあるそれが、今更手放すことなど出来ない、片割れへの依存を表しているかのようだった。


───お父さんは気付いた筈だ。冷奈ちゃんの才能に。俺と冷奈ちゃんの"有用性"に。


夕刻、三人揃って敵を指差し、その敵を確認する為、父が冷奈の氷に触れた、あの時。

父は確かに───息を、呑んだ。

同じ炎系統の父なら、きっと気付くと踏んでいた。

冷奈の氷が特別なものだと。
もう並の炎じゃ溶かせない、強く冷たい氷になったのだと。

振り返る父が驚愕の視線を冷奈に遣り、次いで縋るような瞳で燈矢を見て……、そうして……、
漸く、また見てくれたことに燈矢が歓喜するより前に、父は顔を酷く歪めた。

まるで…………まるで、口惜しいと、言わんばかりに。

……意味が、分からなかった。感情を掻き消すように怒鳴り始めた父が、燈矢は理解できなかった。

気付いた筈なのに。冷奈が理想の半身足り得ることを。
冷奈の『個性』が、既に並の氷結を超えた、──炎に耐性を持った、氷だということを。


父より強い火力の『燈矢炎熱』、燃え盛る熱を打ち消せるほどに強力な『冷奈氷結』。


そんな二人が"共に"ヒーローになると言っているのに。

一人が二人に変わっただけで、父がこれこそを求めていることを、燈矢はよぅく知っている。

『半冷半燃』

この家で産まれる子供たちが本当に期待されていたのは、この『個性』だった。
しかし燈矢たち双子から始まって、夏雄に至る四人を産んでも、その『個性』は終ぞ産まれはしなかった。

そう上手く、行く話でもないのだろう。燈矢や冷奈のように、『個性』と体質が合致しない例だってある。都合の良すぎるその理想は、しかし一人の人間に二つの『個性』あれと、執着するからいけないのだ。

父の目の前には、燈矢と冷奈が居る。
『炎熱』と『氷結』。
『半冷』を冷奈が、『半燃』を燈矢が担えば、そうすれば。

父の理想は、完成する。


「(それをお父さんは、拒絶した……)」


否定した、拒絶した。その理由が未だ、燈矢には分からない。

強くなった『個性』は、各々の身体をベッドして手に入れた強さだ。
飲み薬も塗り薬も、所詮はただの補助に過ぎない。無いよりマシだが、完全に克服はできなかった。

そうまでして、燈矢も冷奈も努力した。
燈矢に火をつけたのは父で、そんな燈矢を見ていた冷奈も、要らぬ火をつけられた。

直接だろうが間接だろうが、燈矢たちの行動因果は全て父に集約する。

「(お父さんは何に……落胆した……?)」

敵を倒した。
実績を作った。
有用性を証明できた。

それら全てに気付き理解し……そうして父の顔は悔しげに歪み、落胆……誤魔化すよう、怒鳴り散らす…………、

「(分っかンねぇな……)」

はぁ、といくら考えても出ない答えに溜息を零す。


───まぁいい。もっと強くなりゃ良いだけだ。


自分も……冷奈も。今で物足りないのなら、もっと、強く、もっと…………、

「───っ、───!」
「──、───……、」

不意に聞こえてきた声にふと、視線を上げる。言い争うような話し声は、少し先の明かりが漏れ出た部屋からのものだった。
さっきまで、暗かった筈なのに。それほどまでに集中していたのかと、燈矢は一人息を吐いた。

「とうやくん」
「うおっ……!?」

今度は思ってもいない距離からの声に、燈矢はビクリと肩を揺らす。仰け反って声の在り処を見れば、同じように三角座りをしていた冷奈がきょとんと大きな瞳を瞬いた。コテンと小首を傾げ、小さな囁き。「どうしたの?」

「ど、どうって、いつの間に……」
「?ちょっとまえ」

ふふっ。
思わず動揺してしまった燈矢の姿を、美しい蝶がふわり舞うよう笑われるものだから。燈矢はなんだか気まずくなってふい、と冷奈から視線を逸らした。

「……帰ってきたンなら、声かけろよ」
「だって……しゅーちゅーしてたもん」

……確かに。冷奈は思いの外近くにちょこんと座っていたというのに、燈矢は全く気付かなかった。
鈍ったかな。少し、不安になる。
冷奈が離れようとした時は、寝ていようが何してようが、すぐに反応できるのに……。

「……あの人のこと?」
「……うん」

いつの間にか。片割れが呼ぶ父の名は、『おとうさん』から『あの人』や『えんでばー』に変わってしまった。
それがほんの少し、寂しいけれど。父にぽこぽこ怒りながら、冷奈が燈矢と父が元通りになれるよう一等頑張っているのを、燈矢が一番知っている。
何より、怒っているその理由は、父の燈矢への言動に由来した。燈矢を想って怒る冷奈の姿が一等堪らなく、愛おしい。「……ね、冷奈ちゃん、」今度は燈矢が囁いた。

「ちょっと寄り道して良い?」
「よりみち……?」
「うん。ほら、あの部屋……お父さんとお母さんが話してるんだ。……今日のことも、話してるかも、」

指差す先は、燈矢の気付かぬ間に光の点いていた、あの部屋だ。

ゆったり、冷奈が燈矢の指先と零れる光を見比べて。「……とうやくん」ほんの少し疑いを持った声が、小さな唇からこぼれ落ちる。

「といれは」
「……あー……」

そう言えば、そんな理由で起きてきたのだと。思い至って頭を掻き、「なんか……引っ込んだ」随分使い古した嘘で笑えば。「……もぉ」冷奈は可愛く頬に空気を詰め込んだ。

「わたしもう、夜でもひとりでといれ行けるんだからねっ」
「いや……さっきまで本当に行きたかったんだけど、なんか……」
「なんかじゃないのっ」

珍しくぽこぽこ怒られて、燈矢はしゅんと反省する姿を見せる。最近、なぜだかトイレに着いて行くのを、とても怒るようになったのだ。
一度理由を尋ねれば、顔を真っ赤にさせて「…………はずかしいの」と消え入るような声で言われてしまえば、なぜだか燈矢も、それ以上は強く言えなかった。

でも燈矢はひと時も冷奈と離れたくないから、多分また嘘を吐く。「ごめんって、」膨らむ頬にキスを送った。

「ほら、行こ……?」
「……うん」

ほんの少しご機嫌ナナメな冷奈の手を取り、立ち上がる。きゅっと指先を絡めれば、冷奈もそれに応えてくれる。
「静かにね……?」空いた片手で唇に指を立てれば、冷奈も「しーっ」と燈矢に倣ってクスクス笑った。



 ──聞けば気の毒、知らぬが仏。世間知らずの、高枕。






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