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「だってね、だってっ、せーかちゃんきゃあって言っててねっ!と、とうやくんもっ、すっごくびっくりしててねっ!だからっ、だからっ、たいへんって思ってねっ、わたしも、なんとかしなきゃって……!なのにっなのにっ、あのっあの人っ!とうやくん、おこるからっ……!」
「うんうん、エンデ……パパに急に大声で怒られちゃって、びっくりしたんだねぇ」
「っパパじゃっ!!ないもんっ!!」

えーん、とぽろぽろ氷涙を流す冷奈の泣き声は、ファンファンと煩いサイレン音に掻き消される。父親全否定のその言葉に、しかし慰める女性警官にはちょっとした反抗期としか捉えられないし、全否定された父親はもう一人の自身の子どもの相手で忙しい。「だーかーらー!」すぐ近くで齧り付くように、燈矢が声を張った。

「どう考えても正当防衛だろッ!?それで俺たちそんな危ねぇ敵を捕まえることができたんだッ!なんで冷奈ちゃんが怒られないといけないんだよッ!?」
「過剰、正当防衛だ!いいか?もしこの場におまえやおまえの友達のように、氷を溶かせる『個性』持ちがいなかったら、あの露出狂は確実に死んでいた。コントロールもできない『個性』を使って、冷奈は人殺しになるところだったんだぞッ!?」
「アレは友達じゃねぇし、あんな変態死んだ方がマシだよ!!」
「っ、燈矢ッ!!!」

ままならない現状に燈矢はダンダンッ、と地団駄を踏む。

どうしてだ。父が血相変えて燈矢達の元に来たところまでは良かった。

なのに父は褒めるどころか「ここから避難するぞ」と訳の分からないことを言い出して。変態敵は燈矢と冷奈の手で捕まえたと言っても「そんな露出狂の話じゃない」とどうでも良さそうに切り捨てられ。

不満はあれど、一応父の話を聞けば、今この付近一帯で別のとても危険な敵が活動・逃亡をしていると聞くと、流石に目を丸くした。

幸い死者はまだ出ていないと言うが、自分たちがこんなどうしようもない変態と対峙しているすぐ近くで、No.2ヒーローが「とても危険」と言う程の敵が活動していたというのだ。驚くなという方が難しい。


───しかし。

聞けば聞くほど、その危険な敵の特徴(トレンチコート、帽子、マスクにサングラス、身体を抱きしめるように歩く不審な姿)が、どう考えてもあの変態と合致してしまい。

ぽやぽやの冷奈も、「まさか、あなたたちがエンデヴァーの……!?」と些か呆然としていたせいかも揃って、未だ首から下が氷像のままの男を指差せば。父が改めてその変態の姿を確認し、氷に触れ…………、

父は烈火のごとく、燈矢と冷奈を怒鳴り始めたのだ。父は気付いた筈なのに、それでも怒るだけに専念した。

燈矢はもう訳が分からない。

訳が分からない内に冷奈は「わたしが悪いのっとうやくん怒んないでっ」としくしく涙するし、せいかはせいかで未だ呆然としているし、遅れてやって来たパトカーに無理矢理乗せられそうになるしで、燈矢はそれらに必死に抵抗し、父に抗議するに至る。

冷奈も燈矢も何も悪くないのだから、父に怒られる謂れなど、無い。寧ろ父をして「とても危険」と言わしめた敵を冷奈と二人で退治したのだ。

どうして「よくやった」の一言もくれない?どうして燈矢を、燈矢たちを見てくれない──!?

「まぁまぁエンデヴァー。その辺で良いじゃないですか。お手柄と言やぁお手柄ですし。二人共良い『個性』じゃないですか」
「家のことだ、部外者は黙ってろ……ッ!」

父にギロリと睨まれた無精髭の男はヘラッと笑い肩を竦めた。
男はパトカーに乗ってきた刑事だった。よっこらしょ、と年寄り臭い言動で燈矢の目線に合うよう腰を下ろし、「燈矢くんも」と説教でもするかのようにやんわり口を開く。

「お父さんは君たちのことを心配して怒っているってことも、分かっておくれよ」
「……心配、」
「あの敵は空気中の酸素を操る『個性』でね。人間には酸素が必要だろ?その酸素を、人の周囲から消しちまえる、恐ろしい『個性』だ。君たちはそんな敵と接触し、攻撃もしてしまった。結果的にそれで敵は鎮圧されたけど、普通の親なら気が気じゃないさ」

現にその敵によって、この周囲一帯では何十人もの被害者が地に横たわり、未だ意識不明のままという。

あんなどうしようもない変態が、そんな人の生き死にを左右できる恐ろしい敵だったなんて未だに信じられないが、喋れるようになった変態本人にも「あ、それボクです。えへ、露出を邪魔されたくなくて、」と粘着質な声で証言されれば、今更少しの恐怖が燈矢の身体に走る。


……でも、


「でも……!」


それでも。

そんな危ない敵を、燈矢と冷奈は制圧できたのだ。


「敵、捕まえたんだッ……!お父さん、俺たちヒーローだよッ!お父さんには内緒だったけどさっ、冷奈ちゃんもずっと、ずっと……っ!俺とヒーローになるって、頑張ってくれてンだ!」


冷奈の『個性』は、せいかの火なんかでは全然溶けないくらい、冷たくなった!

燈矢の『個性』も、父が知っているものよりも、ずっとずぅっと強くなった!


「俺たち、超えられるよ!俺たち二人ならッ!!」


それは紛れもない燈矢たちの自信で、実績だッ───!


「お、まえ……!?冷奈まで巻き込んでまだ……ッ!」


───なのに。それなのに、どうして……、


「───おまえ達じゃ……無理だ。……分かるだろう。諦めなさい」


───どうして、お父さんは……ッ


「それが……おまえの為だ」


───どうしてこんな、こんなにも簡単に……ッ俺を、俺たちを"殺す"ンだッ!!?



……重く伸し掛るその言葉に、燈矢はぐっと押し黙り、火傷に塗れた両の拳を握り締める。


誰も何も言えなかった。そんな雰囲気ではなかった。


冷奈はぽろぽろと流す氷涙をそのままにヒュッと息を飲み。

せいかはヒーローのあんまりな言葉に、やり過ぎとは言え助けてくれた双子を庇わなければと、口を開けては閉ざしを繰り返し。

親子の異様なその空気に、しかし民事不介入の刑事や警察官は眉を顰め、口を閉ざす。


時が、止まったと言っても良い。鳴り響くサイレン音だけが耳を突き刺し離れない。

それでも、零れそうな涙をなんとか我慢し、ぐっと睨み上げた父へと、感情のまま口にしようとしたところで───、


「なんっっって言い草だエンデヴァーッ!!酷い!!!あまりにも酷過ぎるッ!!!」


───それより先に、未だ頭部の自由しかない氷漬けの変態が、口を開いてしまったのだった。





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