12

その日、二つの事件が起きた。

一つは……語るのも気が滅入るほどのどうしようもない、文字通りの事件。

もう一つは、真実を知った、或いは───真実を手に入れてしまった、事件。

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「冷奈はどんな食べものが好き?」
「冷奈ちゃんは味が濃い食いもんが好きだよ。オトモダチの癖に、そんなことも知らないんだね」
「あたしは冷奈に聞いてるんだけど?貴方このやり取り二年生になってもまだ続ける気?」

は?
なにか?

麗らかな春。お揃いの大きな蒼と、吊り目がちの綺麗な金がバチンと冷奈の頭上で火花を散らす。

冷奈の両脇を固めるようにして行われる片割れと友達の喧嘩は、いつしか日常になってしまった。もう一年以上は経つというのに、冷奈は未だに対処に困っている。
一度、仲が悪いのは好意の裏返し、つまり二人は《つんでれ》というものではないか、と考えた。

『まえ』の世界で知ったそれを冷奈がふんわり二人に伝えれば、二人してスウッと表情を無くしてしまった。
二人とも炎の『個性』なのに、醸し出す空気だけで人を凍らせそうな虚無だった。

冷奈はそれからはもう、落ち着くまで二人の真ん中で縮こまるだけに留めている。


こうした学校からの帰り道、途中までの道が一緒と知ってからは、冷奈はせいかと帰り道を共にするようになっていた。

……ここで同じ家路をずっと手を繋いで歩いている筈の燈矢の名前を出さないのは、燈矢はあくまで「冷奈とだけ」一緒に帰っている認識だからだ。

せいかについては「なんか羽虫が着いてきてる」として飲み込んでいたので、一緒に下校している意識は当然ない。そしてせいかもまた然り。
燈矢とせいかの関係は、二年生に進級しても相変わらず……いや、明らかに悪化していた。


冷奈たちは二年生に進級した。

二年生こそは同じクラスになれますように、と冷奈がお星様にお祈りをしても、燈矢が匿名で理事長に投書をしても、やはり双子が同じクラスになることはなかったし、燈矢は進級早々担任に呼び出されていた。
内容が内容なだけに、匿名は意味を成していなかった。

更に悪いことに、クラス替えで冷奈はせいかと別々のクラスになり、代わりになんと燈矢とせいかが同じクラスになってしまった。
隣のクラスは僅か三日で、燈矢派閥の男子とせいか派閥の女子で見事に分断されたらしい。

派閥。平和な冷奈の新しいクラスではまず聞かない『派閥』という言葉に、冷奈は思わず苦笑した。

それでも今日も元気に口喧嘩をする燈矢の姿は、冷奈をとても安心させた。

少し前までの燈矢はとても、とても。無理をしていたから。


弟の夏雄が産まれ、『個性』が発現すると、エンデヴァーは、夏雄を理想の子供じゃないと判断した。
夏雄はエンデヴァーの炎因子を受け継いでいなかったから。

それを契機に、燈矢の調子は回復した。

完全に、とまでは行かないものの、毎夜冷奈に泣き付かなくなったし、日中に感じていた痛々しさも無くなった。
そうして燈矢はエンデヴァーにまた見て欲しいと、今日も必死に努力している。

また、冷奈も努力していた。
勿論『個性』についてもだし、日常生活も。

燈矢にこれ以上負担をかけないように、一人で着替えるようになったし、髪も自分で洗うようになった。

頭の雲が減ってくれたから、一人で出来ることが増えたのだ。

きっと燈矢も随分楽になったと冷奈は思っている。どうしてだか、寂しそうに見えるけど。

秘密の『個性』特訓も、順調だった。
病院から処方された薬を飲めば、感じる痛みや寒さも減り、冷奈は訓練を再開することができた。

最近は氷でハンマーを作ってみた。『へぇすごいなぁ。十字架?』燈矢の悪気ない感想からすると、どうやら冷奈の技術はまだまだらしい。

「んとね、濃いのすきなの。お肉とか!お菓子もすきかな」

冷奈は燈矢が先に答えてくれたものに、ほんの少し付け加える。そうすれば胡乱げだったせいかの瞳がパッと華やぎ「そう、そうなのね!」と嬉しそうにはにかんだ。

「じゃあね、じゃあ、今度ウチに遊びに来ない?お夕飯も一緒に食べましょう!冷奈のパパとママが良いのなら、そのままウチに泊まったらいいわ。お菓子もたくさん食べましょう!」
「おうち……!」

キラキラと全身を輝かせるせいかに、冷奈もまた大きな瞳をキラキラとさせた。

お友達のお家に遊びに行って、お泊まり。

それはとても、とても。素敵なことで、夢のようなことだった。『まえ』の冷奈が夢見て焦がれた幻想を、今、友達が笑顔で誘ってくれている。
冷奈はぽーっと、まるでお風呂で逆上せてしまったような気分で、ふわふわの思考のまま口を開き──、

「ウチ門限あるし外泊も無理だから。残念だったね?」
「あたし轟君とは話してないし、誘ってもないから。死んでもウチの敷居を跨がないで」

開く前に第2ラウンドが始まってしまった。

二人とも冷奈には優しくて温かいのに、どうしてこうもお互いが相手になると言葉という言葉で殴り合いを始めるのか。
ギャアギャアと両サイドで始まった応酬に縮こまる冷奈には、やはりよく分からなかった。

そんないつも通りの日常。


「ね、ねぇ君たち……ちょっと、イイかな……?…………あァ、可愛いねェ……」


違ったのは……帰宅途中に知らない人間に話しかけられたこと。

冷奈がその存在に思わず立ち止まると、それまでゴジラとガメラの大決戦が如く口喧嘩をしていた両サイドが、ピタリと口を閉ざした。

次いで燈矢がそっと冷奈の前に一歩出る。そうすると、冷奈の視界は燈矢の背中と紅白のグラデーションで一杯になってしまったので、冷奈はぴょこんと燈矢の背後から顔を覗かせた。

話しかけてきた人間はどうやら男のようだ。

ベージュ色のトレンチコートに、揃いの色の中折帽子。
春という季節柄、ここまでは特におかしくないのだが、男は帽子を目深に被った上にマスクとサングラスを着用している。

どこか身体が痛いのか、羽織っているコートごとその身を両手で抱きしめて、フーッフーッと呼気荒くするものだから、その度にサングラスが白く曇っては戻って、また曇る。

鈍感な冷奈でも分かるほどにその男は、中々どうして怪しい風貌だった。

そんな如何にも怪しい男が、三人の目の前を立ち塞がっている。不幸なことに、その場所は寂れて久しい公園が傍にあるだけで、人通りが限りなく少ない。生ぬるい風が、冷奈の真横を吹き抜けた。

「……すみません。あたし達、急いでいるので、」

すぐ脇を通るにも憚られるほど異様な風体に、せいかがそう切り出した。

先程燈矢に発していた声とは比較にならないほど小さな声だったが、その手には牽制するよう、既に防犯ブザーが握られている。
冷奈もせいかに倣って、赤いランドセルにぶら下がった防犯ブザーを左手で握った。右手はぎゅうっと燈矢の手に掴まって不自由なのだ。

そんな「怪しんでますよ」と言わんばかりの態度を見せても、男は「えへ、えへ、」と媚びるような声を出すだけだった。マスクとサングラスで分からないが、きっと笑っているのだろう。

なにがおかしいんだろう?冷奈はコテンと小首を傾げた。

「ご、ごめんねェ急にはな、話しかけちゃって……でも、ボクちょっと、困っていてねェ、、君たちにお手伝いして、ほしいんだァ……」
「……えっ。こまってるの?」
「バッカ、見るな!話すな!」

怒った燈矢にまた背で隠されたけれど、あの人がもし本当に困っているなら大変だ、と冷奈は思った。

もじもじくねくねしている身体のどこかが、本当に痛いのかもしれない。鼻息が荒いのも、そのせいかも。

そう思うと、冷奈は男が段々可哀想になってきた。
冷奈も痛いことが嫌いだから、男が痛くて苦しんでいるなら、なんとかしてあげたい。自分になにができるかは、分からないけど。

それでも、助けを求める声には応えないとだ。

だって燈矢や冷奈が将来絶対になるヒーローというものは、『まえ』の世界では、そういう人間だったから。


「や、優しンだねェ……!可愛くて優しくてッ!純粋だなァッ!」


…………まァ。
そんな冷奈の小さな親切心は、温かな春に誘われ湧いた不審者本人によって、無碍にされるのだけれども。

「っ、冷奈ちゃ、」
「ボクの全部……見ておくれッ!!」


───そこから先のことは、冷奈はあまりよく分かっていない。

男がコートの前身頃に手を掛けたところまでは見えていたが、間一髪の所で燈矢が冷奈の後頭部に手を回し、冷奈の顔はグンッと燈矢の胸板に押し付けられた。

急な衝撃に「わぷっ」と冷奈が小さく声を上げるも、「キャアアアアッ!!」と絹をさくような甲高い悲鳴に掻き消える。次いでけたたましく鳴り響くブザー音に、冷奈は目を白黒させた。

そうして悲鳴がせいかのものだったと理解するより前に、今度は冷奈の頭にドッととんでもない量の感情が流れ込んでくる。勿論片割れ、燈矢のもの。
その度し難い感情の波に、冷奈があわあわ処理しようと手を付けようとしたところで、密着している燈矢の身体は『個性』を使っている時のようにカッと熱くなり───、

「っ!!」
「う、ぉッ!……んんッ、す、ばらしいッ!素晴らしい炎だッ!だけどボクの『個性』とはあいしょ」

本当に、片割れが『個性』を出してしまったので、

冷奈の頭は最早一連のぐるぐるとした流れに追い付くことができず。


《バキンッ》


よく分からない認識のまま、連動するよう。

燈矢の炎を頼りに、冷奈も『個性』を発動させてしまったのだった。





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