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どうして、こんなにうまくいかないの……?
どうして、こんなことになっているの……?

冷奈は最近常々、そんなことを考える。

折角学校に行けて、折角友達が出来て。
日に日に頭の雲も減っているのに、気分は日に日に下降の一途を辿っていた。

健康だと思っていた『ここ』の身体も実はポンコツだった、なんて。冷奈と燈矢がそのことに気付いてしまった日から、嫌な不協和音は加速した。

母のお腹に弟が居ると聞いてからは……最悪だ。

弟の誕生というのはとても……とても。素敵なことの筈なのに、冷奈は冬美のようには喜べなかった。

よく分からない嫌な痛みが、ジクリと心臓を突き刺して……そのまま全身の血が止まってしまいそうだった。
連動するよう片割れの様子がおかしくなる。この痛みの訳は、燈矢の口から語られた。
燈矢は冷奈より、聡かった。

自身の胸に顔を押し付け、酷く泣き縋る片割れを、冷奈は毎夜慰めた。
泣き濡れた声は教えてくれた。「俺たちは捨てられたんだ」と。「お父さんに捨てられたんだ」と。「俺たちは『失敗作』になったんだ」と。

冷奈は燈矢を慰めながらも、共鳴するよう、たくさんたくさん、涙を零した。


───どうして?おとうさん……どうして……?


冷奈は本当は……、橋渡しをしたかった。
父親と燈矢の仲を、以前のように元通りに戻したかった。
きっと、ただ……それだけ、だった。

父が燈矢を見てくれなくなって、燈矢は酷く消沈した。傷付き苦しむ燈矢の姿を、冷奈はずっと傍で見続けた。

考えた。自分に何が出来るかを。

考えて、考えて。途切れ途切れの縺れた思考で漸く、一緒にヒーローになって、燈矢のお手伝いをしようと、結論を出した。

身を燃やすことへの心配もあったけど。それは燈矢には要らないものと、冷奈はちゃんと知っている。

火傷をするなら冷やせば良い。冷奈にはそれが出来る『個性』がある。

足りないものを補えば、きっと父は燈矢をまた見てくれる。余計な自分が隣に居るけど、それでも燈矢を見てくれないままよりは、ずっと良い。そう、思って。

たとえ『個性』を使う度に非情な寒気に襲われても。内に酷い痛みを抱えても。その気持ちは今でもずっと変わらない。
燈矢はもっと、痛くて辛くて苦しくて悲しんでいる。そう思えば、冷奈のそれなんて、とてもとても、軽いもの。

……それなのに。燈矢がこんなにも頑張っているのに。父は次を作ったと言う。次を作って、その子をヒーローに育てると言う。

燈矢を捨てて、燈矢の代わりに、燈矢の気持ちを踏み躙って。

哀哭をぶつけ、寸分の隙間無く抱きしめて、毎日気絶するよう片割れは眠りについていた。
朝になると何事もなかったように「おはよう」と笑い、普段通りの日中を過ごす。そうして夜になれば暗い瞳にいっぱいの涙を溜め込んで、「れなちゃん、れなちゃん、」と冷奈のパジャマをぐっしょり濡らす。
また朝になって、繰り返し。

昼の燈矢と夜の燈矢。
夜の不安定な燈矢を知るだけに、冷奈には昼の"いつも通り"の燈矢こそが、歪に思えて仕方ない。

ガラガラと、冷奈の中で瓦解する。『お父さん』が、崩れていく。

考えて、考えて。こんなことになったのは、ぜんぶ『あの人』のせいだと。『あの人』が悪いんだと。

恨めしげに、単純に、短絡的に、そう思い。


──幸か、不幸か。
冷奈には『まえ』の記憶があった。

パパとママと、そうしてお兄ちゃん。

身体の弱かった冷奈には、このたった三人が世界の全てで、そうして三人とも冷奈に優しくあたたかかった。

当然に、『ここ』での冷奈の両親はパパとママとは違う。
だから呼び慣れたものではなく、冷奈は二人をお父さん、お母さんと呼んだ。

……自然。冷奈の中では、『パパ』と『お父さん』、『ママ』と『お母さん』は常に……比較される。

残酷な無意識だった。ただ親だって無意識に有意識に、子供を贔屓し比較する。
仕方のないことだった。

…………だから。

冷奈は、本当は早い段階で、『お父さん』には見切りをつけていた。もし『まえ』の記憶が冷奈に無かったら、今の片割れのように、きっと親の関心を得ようと地団駄を踏んだだろう。
だって、父親は『お父さん』しかいないから。

でも冷奈は違った。冷奈には『パパ』が居た。
たとえ思い出の中にしかいない存在でも、穢れることなく、パパは優しくそこに居た。

冷奈にとって父親という存在は、優しくあたたかく、兄含め子供を平等に愛する存在だった。それがパパだった。

『お父さん』は違った。『個性』が発現してから、燈矢が一番で、冷奈も冬美も二の次三の次。
なにか酷いことをされたとか、話しかけても無視をされたということは、決して無いけれど。それでも分かる明らかな区別。

『お父さん』は冷奈と燈矢を比較して、冷奈より燈矢の方を選んだ。


悲しいな。寂しいな。でもわたしはポンコツだから、仕方ないね。


そうして冷奈は『お父さん』と書かれたラベルに、うっすらとしたバツを付けた。

でもその時は、それ以上の大きなバッテンを付けることもなく、『お父さん』の瓶を自分の心の中に戻した。

冷奈の一等大切な燈矢は『お父さん』が大好きだ。
大切な人の大好きな人を、冷奈は嫌いになりたくなかった。

『お父さん』と燈矢がギクシャクし始めた時も、早く仲直りさせなきゃと、冷奈はポンコツなりに必死に頑張った。

『お父さん』と仲直りできたら、また燈矢のあのお日様のような柔らかい笑顔が戻ってくると。そう信じて。


それなのに燈矢は捨てられた。
冷奈の『とくべつ』な燈矢が、『お父さん』に捨てられた。


数年振りに、『お父さん』と書かれた瓶を手に取った。
うっすらとしたバツの下、『お父さん』と書かれているそのラベルに、冷奈は迷うことなく否定の二重線を色濃く引いた。

引いて、少し、悩んだ。


『お父さん』じゃないのなら、『アレ』は一体なんだろう?


悩んで、そうして。書き足した。
『エンデヴァー』。
家族以外みんなそう呼んでるから、もうこれでいいや、と。


冷奈は許せなかった。

あんなに訓練訓練と言って冷奈から燈矢を奪って、目をかけて、そうして一等期待したくせに、ちょっと理想と外れたら。アレは燈矢をあっさり見捨てて、次に行こうとしている。燈矢は見てって言ってるのに、アレは知らない振りばかり。
燈矢はそうして捨てられた。

ポンコツな自分なら、仕方なかった。パパがいるから、諦めがついた。
でもアレは、よりにもよって、冷奈の燈矢を、捨てた。燈矢の父親はアレしかいないというのに。
燈矢はアレが大好きだというのに……!


冷奈の『とくべつ』で『うんめい』で、最も大切な【轟燈矢】。


そんな燈矢に『失敗作』なんてレッテルを貼ったアレを、これ以上父と呼ぶことは出来なかった。

パパと同列の位置に置いておくことなんて、そんなこと、出来る訳がなかった。





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