06

 ───さいきん、頭痛がいたくない。

 轟冷奈はふとそう思う。


この「頭痛が痛い」という時点で彼女のオツムのレベルは知れたところなのだが、それでも実際のところ、物心着く前からの付き合いである冷奈の頭痛は、最近なりを潜めている。


そもこの頭痛というのは、何の因果か『前世の記憶』という通常ある筈のない記憶が、冷奈の幼い脳味噌に詰め込まれたことから端を発している。

大人になる前に死んだとは言え、それでも少なくはないその記憶。
加えて、今世の記憶も記録していかなければならない小さく未熟な脳味噌は、ハッキリ言って常にパンク状態であった。

頭痛はそのSOSであるし、通常生活すら犯す尋常でない眠気も機械で言うところの強制終了を促す、所謂防衛本能であった。


しかし、裏を返せばこの問題、彼女の脳の容量そのものが増えれば多少は改善するものでもあった。

脳の容量は当然に成長するごとに増える。
成長ホルモンという、毎日散々泣かされ片割れに慰められながら接種していたその成果が、思わぬところで冷奈を助けてくれているということに、残念ながら冷奈本人は気付いていない。

加えて脳というのは、刺激を与えられれば与えられる分だけ鍛えられることになる。
鍛えられた脳は以前よりもより効率良くエネルギーを消費するようになるので、パンク状態に陥ることが少なくなるのだ。


───さて、この刺激。

轟家長女として産まれ落ちてから早数年、轟冷奈にはこの刺激というものが足りなかった。


母の胎からの付き合いの同じ肉体年齢の(精神年齢で言えばなんと歳下である筈の)片割れに、何くれとなく世話を焼かれて生きてきた。

片割れの方には仄暗い下心あれど、そんなことに気付く余裕もなく、それはもうドロドロに甘やかされて生きてきた。

遂には、自分で言葉を発するよりも燈矢に言ってもらう方が早い、と惰性を覚え、心配した両親に病院に連れて行かれる程に燈矢に依存しきって生きてきた。


日々、

寝るか、
燈矢の傍に居るか、
燈矢とお話するか、
燈矢と遊ぶか、
ごくたまに両親や妹と短い会話をするか、
病院に行くか。

この繰り返しであった。


当然こんな『大体のことは燈矢がしてくれる・やってくれる・守ってくれる』という甘々に甘やかされた世界の刺激などたかが知れているもので。

冷奈は燈矢の思惑通り、一人ではぐずぐずで何も出来ないダメ人間に成長しつつあった。

これは成長ホルモンの接種で解決する問題ではない。
『自立』という一般常識の問題であった。


───しかし。そんな閉ざされた冷奈の世界も、この度終焉を迎えることとなった。


ずっとそばに居た片割れと離れ離れになり、

憧れの外の世界に触れ、

一人でしなければならないことをしていかなくてはならない生活へと変貌し。


より良い刺激は冷奈の脳を活発に活性化させ、ポンコツ人間脱却の一因となる。


轟冷奈、轟燈矢。
いつも二人仲良くべったり過ごしていたその生活に、ひとつの転機が訪れた。


初等義務教育機関への強制入学。

所謂───小学校、入学だ。





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