04

 冷奈ちゃんは今こう思ってるよ。
 冷奈ちゃんは俺じゃないとイヤだってさ。
 そんなの冷奈ちゃんだけじゃできないよ。


 冷奈ちゃんは、冷奈ちゃんは、冷奈ちゃんは───……。


轟冷奈、という人間は。燈矢が居ないと、他者と満足に会話すらままならない人間だった。

燈矢が、そうした。

物心着く頃より、放っておいたら懇々と眠り続けるだけの生き物を、幼い燈矢が目を覚まさせることによって、冷奈はなんとか人間として息をすることができた。

燈矢がいないと、冷奈は息もできなかった。
燈矢がいたから、冷奈は今生きている。


れなちゃんはホントにだめだなぁ、なんて。
なにも知らなかった時はそんな片割れに少し呆れもしたが、それでも同じ日に産まれた子供の世話を"適当に"やいた。

そうすれば両親は……父親は。燈矢を褒めてくれた。


燈矢がしっかりしてくれていて助かる、と。


大きく温かな手が燈矢の頭を撫でてくれるものだから、冷奈の世話は別に苦でもなんでもなかった。
すぐ下に妹が産まれ、必然親はそちらにばかりかかりきりになる。
そんな中での父親からの賞賛は、燈矢の幼い承認欲求を満たした。

嬉しかった。
誇らしかった。
もっと褒められたかった。
もっと、自分を見てほしかった。

燈矢が父親に褒められている裏で、冷奈も燈矢に頼りきりじゃ駄目よ、と。うつらうつらする冷奈に、母親がそう告げていて。


べつに、ダメな子のままで、いい。むしろ、そっちの方が、……。


燈矢が上で、冷奈が下。
燈矢が良い子で、冷奈がダメな子。
ダメな片割れのお世話をする、自分。

冷奈はダメな子のままの方が、都合が良かった。
そうしたら、お父さんはまた、自分を褒めてくれるから。

親への拙い独占欲。

抵抗することなく身を委ね、燈矢は少しずつ、冷奈でも『できる』筈のことを、先回りして『できない』ことへと増やしていった。
そうして意図して創られた冷奈の『できない』ことを、燈矢は仕方なさそうな顔で、見せつけるよう冷奈に代わって『してあげた』。

父親はいつも片割れを助ける燈矢を「ヒーローとして大切な心構えだ」と褒め、いつも片割れに助けられる側の冷奈に、ほんの少しの落胆を滲ませる。「おまえはヒーロー向きではないな」、と。
何を言われているのかすら分かっていないような片割れに、燈矢はこっそり優越感を得ていた。

燈矢がまだなにも知らなかった、時分のこと。


意識が変わったのは、冷奈が自分の『とくべつ』で『うんめい』だと、知ってから。

それまで夢の国の住人のようだった片割れが、あの時初めて燈矢をしっかり『見た』のだ。

いつも隣にいる男の子から、『とくべつ』で『うんめい』な片割れへ。
初めて見る冷奈の笑顔は、ふんわり、あまく、ほころんで。

甘く舌足らずなその毒は、未だ燈矢を魅了して浄化しない。
『とくべつ』、『うんめい』。
燈矢たち以外、この世に一つと存在しない。唯一無二の双生児。

……気付いた時には、もう遅く。
轟冷奈という存在は、燈矢の『引き立て役』から、『とくべつ』で『うんめい』な存在へと塗り替えられた。

上だの下だの。
良い子だのダメな子だの。
褒められたいだの、優越感だの。

そんな醜く矮小なものが、燈矢の中から霞のように消え去った。
燈矢は冷奈に夢中になった。

燈矢は一番になりたくなった。
一番は好きだ。父親が常に燈矢に言う言葉だから。
燈矢はヒーローの一番になる。

そうして、冷奈の一番にも、なりたくなった。

出来ないことを知らず増やされ、困ったようにもじもじ燈矢の袖をちょん、と引っ張る。そんな冷奈がかわいかった。
仕方なさそうな仮面を叩き割り、緩む口角をそのままに、必要以上に冷奈にべったりくっ付き、構い倒した。自分以外の誰かに頼るのが、我慢できなかった。

父親はヒーロー活動、母親は妹の世話で忙しく、その妹はまだ幼い。小さな箱庭で、ずっと隣にいた燈矢が冷奈の一番になれたのは、すぐのこと。燈矢は確かに満足していた。


───重さが、違うことに気付いたのは。冷奈が母親にたどたどしくお願いしているのを、聞いた時。

幼稚園に行きたい、と。おともだちが欲しいのだ、と。

きゅっと母親の指を握って懸命にそう伝える冷奈に、燈矢は言葉を失った。
訓練中に父親に放り投げられ怪我をした時よりも、酷い激痛に襲われた。
ゾワゾワと、身体の芯が凍えたように戦慄いた。



冷奈は外に関心を向け始めていた。燈矢以外を、『見ようと』していた。


酷い、裏切りのように思えた。

漸く燈矢を認識しはじめたというくらいなのに、冷奈は燈矢を放って、もう次を求めている。
燈矢はこんなにも冷奈の虜になっているのに、冷奈は特段そうでもないのだ。


───オトモダチが、ほしいって?おれだけじゃ、だめなの?


『とくべつ』で『うんめい』という言葉の、なんと軽く、重みのなかったことか。
あの一等甘美なかつての言葉は、冷奈にとっては、その程度のものだったのだ。

それが、酷く、かなしい。


───一番じゃ、だめだ。


燈矢は思った。ただの一番じゃ、だめなのだ。一番になったところで、二番、三番が冷奈の中で出来上がる。もし一番の燈矢が居なくなっても、その二番が繰り上がるだけ。
替えのきく存在なんて、冗談じゃない。

燈矢は冷奈の『一番』ではなく、冷奈の『唯一』にならなければいけなかった。二人きりの世界での、唯一に。


その為には、やっぱり冷奈はだめな子の方が、都合が良い。


外界へと目を向ける片割れを、そっと背後から抱きすくめた。
───「お外はあぶないから、おうちでおれと遊ぼうね」

私立の幼稚園の選別を始めた両親に忠告した。
───「そんなん行ってたら、訓練時間なくなっちゃうよ!もっともっっと訓練して、はやくNo.1を超えたいんだ!」
───「このまえ病院でれなちゃん、知らないひとに着れていかれそうになったんだ。おれがいたから良かったけど、外行ったら、れなちゃん誰にでも着いていきそうで、こわいよね」

その唇から他人と話す言葉を奪った。
───「れなちゃんが喋るより、おれが話した方が早いしその人にも伝わりやすいよ」「もしおれが言ったこととれなちゃんが想ってンのが違ったらさ、そのときは自分で言うくらいが、いいんじゃないかな」

自信を、奪った。
───「れなちゃんはぼんやりさんだから、おれがいないと、だめだね!」


燈矢はたくさん努力した。

冷奈のできない事を増やしてあげることを再開し、かつての時分よりも最大限に冷奈を甘やかした。冷奈は燈矢がいないとダメな子だと、本人さえもそう思い込むよう刷り込んだ。

環境を整えた。燈矢の言葉に両親は苦い顔で納得し、冷奈の小さなお願いはあっという間に立ち消えた。しょんぼり落ち込む冷奈を抱き締め、「おれがいるよ」と囁いた。


やがて冷奈は、燈矢以外の家族相手にも、自分の意思を伝えることを放棄し始めた。


だって、燈矢が代わりに冷奈の気持ちを余すことなく伝えるから。
燈矢の言う通り、その方が早く深く相手に伝わりやすい。

冷奈がそうぼんやり理解すれば、冷奈の声はほぼ燈矢だけのものとなった。「れなちゃんの声、聞きたいなぁ」燈矢が冷奈に甘えれば、燈矢だけにはふわふわの言葉をかわいい音にして伝えてくれるようになった。

燈矢の言う通り。


そうして冷奈は燈矢の願い通り、燈矢にたっぷり依存するようになった。燈矢はもう一人でなんだって出来るのに、冷奈は歯を磨くことすら、燈矢の指をきゅっと握って、甘えるように小さな口を開けるのだ。

想いの方は、だめな冷奈はまだまだ燈矢のそれには追いつけていなかったが、それでも時間の問題だった。

本当はヒーローなんて興味無いのに。寧ろ、痛くて怖いことが大嫌いだから、絶対ヒーローなんてなりたくなかった、筈なのに。


それでも、燈矢と一緒にヒーローになりたい、なんて。


自分の気持ちより、冷奈は燈矢を優先してくれた。
望まない軋轢が生まれた燈矢と父親の関係を、なんとかして取り持とうとしてくれた。
燈矢が大好きだから、大嫌いなことも大丈夫だよ、と。冷奈はそう言ってくれた。そう、想ってくれた。

このまま順調に行けば、冷奈は燈矢『だけ』を見てくれる筈だった。小さな二人だけの世界で、幸せになれた筈だった。


───小学校なんていうコミュニティが追加されるまでは。





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