02

寂しい。辛い。苦しい。悲しい。

それらの感情全て飲み込み。悟られぬよう気取られぬよう、燈矢はにっこり笑ってやれば、釣られて冷奈もふにゃりと笑った。

嗚呼良かった、気付かれなかった。
……よくも気付かなかったな、この阿呆。

相反する安堵と恨みをぐちゃぐちゃにして、今日も少年は言葉を飲む。
代わりにさして興味のない紙について口に出してやれば、花綻ぶような笑顔で妹の名を出すものだから最早、閉口。

いらぬ言葉を吐いてしまう前に、冷奈の傍に寝転がり、流しっぱなしのテレビへと視線を向けた。
そうして冷奈の意識が逸れたのを確認し、燈矢は気付かれぬよう息を吐く。

───また、隠された。

あまりの不快に顔を顰めた。


『週間ヒーローニュース!このコーナーでは今週1週間にヒーローによって解決されたニュースをご紹介します!』


時に。
一般的先入観として、双子というのはまるで必ずテレパシー能力のようなものが備わっていると思われがちである。

他所の双子の実態は知らないが、燈矢と冷奈に関して言えば、感情だったり言葉だったり。互いに口に出さずとも、大抵互いを理解し合えた。

何をしたいのか、どうしたいのか、喜怒哀楽に加え、大まかなその理由さえ。

頭の隅からじんわりと互いの想いが行き渡り。そこに言葉は必要なかった。

冷奈が自発的に『世界』と話さないよう、燈矢によって仕立てあげられたのも、偏にこの能力があったからだった。


───しかし《大抵》は所詮《大抵》なのだ。完璧とはほど遠く、言葉も無しに《完全に》互いを理解することなど、然しもの『うんめい』でも不可能であった。

たとえば具体的、詳細的な事柄に関しては直接伝えなければ分からない。その領域に至れるのは、それこそ何かの『個性』だけだろう。

加えてこの能力には一つ欠陥があった。それは隠そうと思えば隠せることにある。
気取られたくない負の感情などは、反対の感情を強く思えば相手に伝わることはない。これについては主に燈矢がよく利用する。

だから燈矢は悟られたくないことに関しては飲み込み隠すことを覚えたし、反対に冷奈は燈矢を騙すことは疎か、最早燈矢を疑う理由も余裕も無い故に、容易くさらっと騙される。冒頭のように。

しかし騙している方は騙しておきながら、冷奈がもっとしっかり燈矢のことを想い、考えているならば、少しくらいの違和感くらい覚えても良い筈だ、と少し、かなり。憤慨するのだから、知らない冷奈からすれば理不尽極まりない話だった。

尤も、この事柄は燈矢本人の胸の内に留まるものなので、それを指摘できる人間は当然居ないのだが……。

「とーやくん、おとうさん出てるよ。おかおもえてるねー」
「んぐふ」


閑話、休題。

目下、不意打ちの顔面火事現場発言に思わず噴き出した燈矢の最大の悩みは、冷奈の今更な鈍感さではなく、冷奈に、あの、冷奈に。『なにかしら』の隠し事をされていることにあった。
コトは幼い燈矢少年にとって酷く重大なことだった。

冷奈という少女は、他者が何と評そうとも。燈矢にとっては非常に分かりやすい片割れであった。

ふらりふらりと彷徨う冷奈の瞳をジッと見てやれば、自ずと正解が分かったし、別に冷奈の表情は能面という訳でもない。
眠たげではあるが、その顔はくるくると色を変え、燈矢にならば「あのね、あのね、」とよく話す。そう、仕込んでいる。

だからそもそも冷奈は隠し事をする方ではないし、したとしても燈矢はすぐそれに気付くのだ。

たとえば机に向かってご機嫌に笑うその姿を見れば「あぁ何か秘密ができたな」と特段考えずとも普通に気付ける。直感的にこの秘密はそれ程大したものでは無さそうで、なにより本人が楽しそうなので後回しにするが。

……別に。こういった可愛らしい秘密なら、良いのだ。
燈矢だって冷奈を尊重して、一定期間の猶予は与えてやる。

ただ燈矢は冷奈のことなら何だって知っておきたかったので、こうして些細なことでも隠し事をされるのは少し、ほんの少し。不満であり、不快であり……寂しかった。

───ゆえに、冷奈の長年の『なにかしら』の隠し事については、燈矢を酷く苛立たせた。

言葉通り、もう年単位で隠され続け、探ろうにも翻され続けているその隠し事は。影も形も掴ませない、とても厄介なものだった。

さっきだって、そうだった。

部屋に戻ってみれば、茸でも生やしそうなほど落ち込み、机に項垂れる冷奈に声をかけた。燈矢からすれば、伝わる自責の感情に、机に散らばる惨状と、そうして今朝方聞こえた姉妹の会話を思い出せば、聞くまでもなく大体のことは察しがつく。

それでも、心配しているのだと言わんばかりに一等優しく、甘く、甘く。柔い手を両の手で握りこみ、言外に「吐け」と促した。
隠してることは全て言えと。

だって、そうだろう。どうせ妹とした約束を思い出せないとか、そういうどうでもいいことなのだ。よくあることで、日常茶飯事。
冷奈がちょっとしたこともすぐに忘れるのは今も昔も変わらないことで、

そうとも、冷奈は、ずっと、だめだめなのだ。

燈矢が一番知っている。

だけどそんな今更なことに、いつだって冷奈は少なからず傷ついている。不甲斐なさとか、そういうものだけでなく、ままならない小さな癇癪が一緒になって燈矢に伝わる。

伝わる、分かる。『うんめい』だから。

一度も出来たことなど無いくせに、
まるで「前は出来た」と言わんばかりに……。

───全部言ってほしかった。

燈矢の知らない冷奈のこと。
燈矢の知らない『前』のこと。
前、
まえ、
マエ、とは、

それは、一体、『いつ』の、ことを───……、

「できた!」

パチン。意識が浮上する。

冷奈の声に起き上がると、やり切ったと言わんばかりの冷奈と瞳が合った。
かわいいな。かわいいとも。一等かわいい、燈矢の片割れ。

「なに作ったの?」
「ばらっ」
「ばら……、」

予想外過ぎる作品名に思わず繰り返し、燈矢は冷奈の手元を覗き込む。

小さな両手にちょこん、と乗っている赤い物体は、なるほど確かに薔薇だった。
付け加えるならば、頭に『立体的な』が付く本格的な薔薇である。

「触っていい?」
「いーよ!あのね、ふゆちゃんね、ようちえんからかえってきたらあげるの。やくそく!」

知ってる、聞いてた。

胸の内で呟くに留め、精巧に作られた紙の薔薇を手に取り、ほう、と息を吐く。───ほら。また、だ。

どうやって折ったのか、大人でも難しそうなものを、冷奈は一人で完成させた。机の上には赤い折り紙が散乱するだけで、参考にした本のひとつもない。
加えて共に育った燈矢には、薔薇の折り方なんていう知識は全く無かった。

じゃあ、冷奈は。一体どこで、こんな技術を覚えたというのだ。

チラと片割れを見下ろしても、平和そうな顔がコテンと首を傾げるだけで。自然、唇が吊り上がる。

秘密ってこと?へぇ。そっか。
哀しいなァ。

「チューリップ」
「……?」
「チューリップじゃなかったっけ。朝、冬美ちゃんと話してたの聞いてたけど、冬美ちゃん、赤いチューリップの折り紙って言ってたよ」
「…………えっ」
「チューリップ」

にっこり飲み込み、頼れる片割れとして正しい情報に訂正してやる。ひとつふたつと瞬いた後、片割れは可哀想なくらいあわあわと慌てふためいた。

馬鹿だなぁ。かわいいなぁ。本当に……だめだなぁ。

急いで新しい紙を手繰り寄せる冷奈に、そのまま体重を乗せ寄りかかる。
きゃあ、とかわいい声と共に二人仲良く畳の上へと倒れ込み。起き上がろうとする片割れを、優しく優しく抱き止めた。

「れなちゃん、構って?」
「で、でも、ちゅーりっぷ、」
「あとででいいじゃん」

これでも待った方なのだ。そろそろ構ってくれたって良いだろう?

でも、と愚図る片割れの額に己のそれをコツン、と押し当てて「ちょっと早いけど、お昼寝しようよ」と悪魔の囁き。
入り込む温かな片割れの体温に、冷奈如きが耐えられる訳もなく。とろり、とろり、睡魔の音。

「ちゅーりっぷ……」
「起きたらね」

燈矢の体温は他人より高く、冷奈のそれは他人より低い。

触れ合い抱き締め、互いの体温が混ざり合うこの瞬間……、
それが何物にも代え難くて。

あやす様、自身が手ずから整えたその純白を、優しく優しく梳いてやり───、

不意にぴたりと、その手を止めた。

「……、」

不意に止まった温かな手と、吐息と見紛う小さな声に、片割れが重い瞼を微かに持ち上げるのが分かった。

他方蒼い瞳は暫し大きく見開かれ。やがてうっとり熱を孕んで、弧を描く。

そうして撫でる手を再開させ、「なんでもないよ」とゆるりと告げてやれば、そのどこかご機嫌な様子に少しの疑問を抱けど、やはり温かな手に抗える訳もなく。一足先に夢の中。


……対して、燈矢の方はと言えば。
とてもこのまま眠れるような状況ではなかった。
小さな心臓は早鐘を打ち、頬はうっとりと、その手に持った紙細工の薔薇と同色に染まる。

健やかな寝息を立てる片割れを起こさぬように、燈矢はそっと純白をかき分けた。毎朝燈矢が櫛を通してやる、母から色濃く受け継いだ、長く癖のない純白の髪。


───そこに異物な『紅』があった。

穢れを知らない純白に、その『紅』は酷く目立ち。しかしこうしてかき分けなければ気付かれない位置に、一筋の『紅』はひっそりこっそり息をしていた。

その、様は。

美しい純白に、まるで自身の『紅』が持ち主にすら知られずにポタリ、と垂らされたような様は。

つい先程までの鬱屈とした燈矢の負の感情を、たちまち快の感情へと酷く高揚させた。

例えるならば、人知れず綺麗に降り積もっていた新雪を、誰に邪魔されることもなく。自分だけがぐちゃぐちゃに踏み荒らしていく快感。

それに酷く、似ていた。


ゆるり。途切れぬように、一筋の『紅』に自身の指を絡める。


……この『紅』は一体どうなるのだろう。

一つ下の妹と同じように散りばめられるのだろうか。

それとも……この一筋だけが突然変異で、プツリと切られれば、それでおしまいの、遺伝子なのだろうか。


───こんな様を魅せられて、以降は何事も無かったかのように澄ました純白に戻るのだけは、いただけなかった。


ただ一筋。されど、一筋。

一瞬にして燈矢をここまで魅了したのだから、責任取って残りの白も喰いつくせば良いのに。

全部『紅』に染まれば良いんだ。

冷奈はぼんやりだから、半分ほど染まってから漸く「とーやくん、かみ赤くなったの、とーやくんとおそろいだよ」とふんわりはにかみ気付くだろう。

それはとても。……そう、とても素敵な、未来だ。

だから燈矢は特に何を言うでもなく、「なんでもないよ」と知らない振りして秘密にした。

折角冷奈自身気付いていないのだから、わざわざ教えてやることもない。

冷奈も知らない冷奈のこと。別に些細でかわいいことだろう?

そっちが隠していることなんかより、よっぽど。


「そうだよね、れなちゃん?」


───轟燈矢は知っている。

片割れが父と母と、そうして燈矢を通して、遠くの何かを捜している。

懐かしそうに、寂しそうに、……恋しそうに。


それがどれだけ燈矢を酷く、非道く、ひどく───……。



グシャリ。

模造の赤薔薇が、歪に潰れた。





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