06

───轟燈矢について語ろう。

轟燈矢、齢は4つ。No.2ヒーローエンデヴァーの長男で、その髪色や瞳、個性は正に父の遺伝子を色濃く受け継いでいる少年。

性格は勝気で頑固、ほんの少しずる賢い。

コレと決めたことは頑として譲らないその性格もまた父親譲りのものであるが、その狡猾さは一体誰に似たのやら。
誰から学ぶわけでもなく、誰に悟られることもなく。その性格はひっそりこっそり育っている。


たとえば、自分から離れようとした頭の弱い片割れを嘘で罪悪という感情を煽り、エサをもってして丸め込める程度には。

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───本当にれなちゃんは、だめだなぁ……。

少年、燈矢は年齢にそぐわぬ温度の瞳を部屋の主に向け、やがて大きく息を吐いた。吐息は白く染め上がり、瞬きの間に消えていく。

今夜は寒いだろ。特に、れなちゃんには。

少年はそっと、目を細めた。



時は少し、遡る。

父から個室という名の片割れとの別離を唐突に与えられ、意味が分からず抵抗するも敗北した、その夜。

夜も更け、『決闘』時に少し擦りむいた傷を気にすることなく、燈矢は無理矢理与えられた個室で一人そのまま寝転がっていた。

個室、というのは異常に静かで、あまりの静寂にキン、という耳鳴りが始まった。布擦れも、片割れの寝息一つもしない、ただただ静寂な不協和音のみが鳴り響く部屋。

ため息を吐き、燈矢は暗い瞳で起き上がる。

随分、待った。
なのに、あの子は、来ない。

そういうことだった。


部屋を出て、そのままひとつ挟んだ隣の部屋に入り込む。両親に見つかると面倒だから、殊更静かに。
次いで部屋の主に視線を移し、

そうして冒頭に戻る。

燈矢の予想通り部屋の主である片割れは既に夢の中であった。

聞き慣れた小さな寝息が今は妙に苛立たしい。
今すぐにでも布団を剥ぎ取って片割れを冷たい庭に蹴飛ばしてやりたい気を必死に押し殺し、布団のそばへ座り込む。蹴飛ばすまでしたら本当に片割れが離れる大義名分を与えてしまうし、第一この柔い身体が怪我をしてしまう。
怪我をさせたいわけではないのだから。


燈矢の片割れはぼんやりとしている。名を轟冷奈と言い、その付き合いは母の胎からの付き合いだ。

双子仲は極めて良好。
個性訓練時以外の時間、燈矢は常に冷奈を傍に置いた。

一人で歩くのも億劫そうな冷奈の手を引き、外への関心を向ける冷奈をそっと背後から抱きすくめ、相手のどこかに触れ合わないと落ち着かないからと、互いの体温を分かち合い、そのまま二人夢の中。二人の世界の常識のひとつ。


───だというのに、これである。


燈矢は『決闘』以降特に冷奈に何を言うこともなく、敢えて部屋で待つだけに留めた。
燈矢が何も言わない場合、現状冷奈がどう動くのかを確認しなければならなかった。

結果、冷奈は少し父に咎められただけでそちらに従った、流された。
燈矢ではなく、冷奈は父を選んだということだ。

どうせ冷奈本人にはそこまでの深い意味は無かっただろうが、反論もせず、燈矢のようにこっそり片割れの部屋に忍び込むという小さな反抗すらしないというなら、燈矢にとっては自分より父を選んだということと同義だった。人の気も、知らないで。ギリ、と奥歯を噛み締めた。

常々、常々。
頭が弱いと思っていたのだ。
流されやすいと思っていたのだ。

いつもふらふら寝ぼけ目で考えなしに他人に着いて行くものだから、ちょっと目を離した隙に、知らない人間に「エンデヴァーが怪我をして」などとお決まり文句を並べ立てられたのを信じてぽやぽや着いて行きそうになり、慌てて燈矢が冷奈の手を引き誘拐を免れたことだってある。

だから今回だって父の言葉にあっさり流された。燈矢はあんなにも抵抗したのに、冷奈は何事も無かったかのように一人夢の中。

それじゃ、だめなのだ。
『うんめい』とまで言ったのは冷奈の方なのに、燈矢と冷奈ではお互いを想う気持ちが、あまりにもかけ離れている。

少なくとも燈矢が冷奈を想うのと同程度に、冷奈にも燈矢を想ってほしい。
ぽやぽやとした冷奈が父に反論するのは難しいにしても、せめて夜中に寂しいのだと燈矢に泣いて縋り付いてくる程度には。

───今の燈矢の、ように。

一人、ただ冷奈を待っていた時から、耐え切れず眠る片割れの傍に蹲る今に至るまで。ポロポロと、燈矢の両目からは大粒の涙が止まらなかった。

『うんめい』なのに。燈矢と冷奈の想いの熱量には、いつだって差がある。
それに気付いた時から一層、冷奈を『世界』から遠ざけた。

冷奈の行動を先回りし、冷奈が自分で話す前にその言葉を奪った。
燈矢が居ないと冷奈は何もできなくなるように。
周囲にも、冷奈自身にもそう思い込ませるように。

それが轟家の双子の実態だった。

しかしそうやって燈矢が必死に足掻いても、『世界』は異常を嗅ぎ取って、修正するよう動くらしい。
その上努力し、尽くしたところで、冷奈は未だ燈矢の熱量に達していない。悲しいな。虚しいな。ぽろりぽろり。

零れる涙をそのままに、燈矢はそっと冷奈の布団に潜り込む。なんとか落ち着かせたから、そのまま庭に蹴飛ばすような暴挙はしない。

共に少しの冷気も入り込んだからか「ん、」と極度の寒がりな冷奈が身動ぐ。

寒いよな。ごめんな。今あっためてやるから……。
起こさぬように温度の低い冷奈の身体を手繰り寄せ、

不意に、薄い蒼が細められ。対して唇は歪に吊り上がる。

「……へぇ、これがおれの代理品ってわけ?」

柔らかな肢体が胎児のように、大事に抱え込んでいる無機物を取り上げる。

冷奈が母に頼んだ、湯たんぽだった。

「全然だめじゃん。れなちゃんいつもより身体冷たいし」

こんなモンにおれの代わりなんて、出来るわけ、ないのにね。

そう呟き、燈矢は手に持ったそれを無造作に放り投げた。本当なら燃やしてやりたかったが、取り上げられた熱にますます縮こまった冷奈を温めなければいけなかった。
明日にでも燃やしてやる、と心に決め、冷えた片割れに自身の熱を分け与えてやる。

不意に現れた慣れ親しんだ熱だったからか、冷奈はほんの少し身動いで、やがて燈矢の胸元にぐりぐりと額を押し当てた。

二人で眠るその時の、冷奈の愛らしくかわいい癖。

「おやすみ、れなちゃん」

胸元の旋毛に口付けを落とし、燈矢はそっと瞳を閉じる。

燈矢の体温が冷奈に移り、冷奈の体温が燈矢に移る。

他は我慢できても、この快温の微睡みだけは手放せそうにない。
明日も明後日も……その先も。


───明日、一つ嘘を吐こう。

冷奈が燈矢を部屋に連れて来たのだと。

冷奈は頭が弱いから、覚えてなくても納得するだろう。
なんなら迷惑をかけた、と不必要な謝罪までするかもしれない。

次いで少し寂しそうに『代用品』について咎めて、抱きしめて、熱を与えて。そうして明日からも一緒に寝ようと、飴と共に告げてやれば。冷奈はコクン、と頷くのだ。


大好きだよ。おれからもう離れないでね。


いつの日か、冷奈が燈矢のことだけしか考えないように。
燈矢が居なければ何も出来ない子になりますように、と。
暗い瞳の少年はそう願い、眠りに落ちた。


涙はもう溢れることは無かった。

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