戦い 男は誓っていた。 すべてを失い、初めて自分の愚かさに気が付いたからだ。 厄介な話である。 自分一人で立ち直ったとばかり思っていたのに、グラつく世界。 螺旋階段を降りて行く靴音が、虚しく闇へと消え去り、男はがっくりと膝を落とす。 すべて終わりだ。 そして男はある思いに達する。 誰も見ていない。 隠し通せるのでは、と。 何が男をそうさせたのか、さかのぼること2時間前。 男は意気揚々と自分の成果に浸っていた。 これまでの努力が報われる、ついにその日を迎えたのだ。 これさえあれば、世界を我が物に。 快楽が押し寄せていた。 溢れてくるアイディア。 人々が肩を叩きあい、男の成功を祝う。 そんな光景が目に映っていた。 つい鼻歌が出る。 明かりを煌々と点けたくなった。 思えば、暗くじめじめした場所で這いつくばるような日々だったが、今こうして日の目を見ることが出来る。 薄らと陽が、男を照らし出したのだ。 だが、男はその時何も分かっていなかった。 暗がりにひっそり潜むものの怖さを。 軽やかな足取りで電気をつけた男は、初めて部屋の状態を知った。 散乱した資料。 身に覚えのない品々が、足場を埋め尽くしていた。 「やっとお目覚めですか?」 ギクリと男は振り返る。 いつからそこへいたのか、男は目を瞠った。 椅子に足を組んだ男がニヤリとする。 「あなたが言われている成果とは、このことですか?」 さっきまで偉大に思われたそのデーターが、とてつもなく小さなものに思えた。 愕然とする男の前で、その男は口へ放り込み意図も容易く腹に収めてみせる。 何て事を。 怒りが全身を覆う。 しかし、男は身動き一つできずにいた。 「所詮、あんたが言っている成功なんてもんはこの程度。精々頑張るんだな」 するっと横をすり抜け、男が部屋を後にする。 何度も繰り返される絶望。 たった一度の失敗が、男の人生を狂わせてしまっていた。 言い訳が付かない。すべての責任は自分にある。言わずとして知りえた事。 支え合うものさえいれば……。 誰かが囁く。 所詮戯言に過ぎない。 再び訪れた闇の中で、男は目を泳がす。 それでもあきらめるわけにはいかないのだ。 たった一つの失敗で、多くのものが傷つき多くのものを失った。 虚勢を張るのは今なのだ。 男はゆっくり立ち上がり、足元に散らかったものを一つ、また一つと拾い上げて行く。 戦いは一人でするもの。 しかし男は知っていた。 一人で戦っていても、必ず傍で見守ってくれている愛を。 力なく拾い続ける男の丸められた背中を、そっと包み込む温もり。 男は肩にあてられた手を軽く叩き返す。 そして男は思う。 この戦いは一生続くのであろうと。 2018/05/07 (08:02) [back] ×
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