雨の音雨の記憶
風の音が聞こえる。そして、風雨に煽られて木々の葉が擦れる音、窓に雨粒が叩き付けられる音、雨が屋根から流れ落ちてぱしゃぱしゃと水溜まりを作っていく音。
「…………。」
自然の作り出す音を聞きながら、俺はぼんやりしていた。
雨の日は、何だか静かな気持ちになる。自分をゆっくり見つめ直すように、水鏡を覗き込むような気分になる。
今窓辺でぼんやりしている自分は、ただ何も考えていないのか、もしくは地球の壮大さを身体全体で感じようとしているのか、そんな両極端な考えが浮かんだ。
しかし客観的に見たら後者のわけはないだろうし、逆に笑えるだけかもしれない。
その時、こんこん、と部屋の扉がノックされた。
「はぁい。」
誰だろう、と思いながらドアを開けると、椿が立っていた。椿はおどおどした様子で、
「あ、あの、世良さん、今大丈夫ですか?」
「うん、暇してたとこ。入れよ、散らかってるけど。」
にっ、と笑って、俺は椿を部屋に招き入れた。椿は散らかっている俺の部屋に入ると、床に落ちている雑誌やペットボトルなんかの隙間に座った。
「今まで、何してたんですか?」
「んー、特に何も。」
ベッドに腰掛け、俺は言った。
「はぁ………。」
椿が困ったように首を傾げる。まだこいつは、今部屋に来ても良かったのだろうかと悩んでいるに違いない。
「暇だったから、来てくれて良かったよ。」
「ほ、本当ですか。」
付け加えた俺の言葉に、椿はぱあっと笑顔になる。俺は、花が咲いたような椿のこの笑顔が、好きだ。
「うん。」
俺もつられるように微笑む。
「折角のオフなのに雨だから、出るにも出れないしさ。」
「結構風も強いですしね。」
「そうそう。………だからさ、ずっと外見てたんだ、俺。」
「外、ですか。」
「うん。正確に言えば、雨。」
俺は窓の外を見やり、立ち上がってベランダの方へゆっくり近付いた。
「雨………。」
呟きながら、椿も俺の傍に来た。
窓際に並んで立った俺たちは、しばらく無言で雨を眺めた。
窓ガラスにそっと手を当てると、ひんやり冷たい。でもすぐに体温に馴染んで同じ温度になってしまった。
「俺、雨好きなんだよね。」
「そうなんです、か?」
椿の不思議そうな返答に、何だか誤解を受けた印象を持ち、俺は慌てて言い直す。
「や、眺めるのがって意味だぜ。雨降るとサッカー出来ないし、髪もぐちゃぐちゃになるし、その辺は嫌いなんだけど、」
「はい。」
「………音とか。雨の音で、何だか気持ちが静かになるような感じがして、その辺が好きなんだ。」
「雨って何もかも流してくれる感じがしますしね。」
「そう。」
椿の言葉に、俺は頷く。ほわりと心が温まる感じがした。
きっと、他の人だったら、何言ってんだとか言って、笑って流されてしまうだろう。でも、椿は俺の言葉を一つずつ全部汲んでくれる。
「ずっとさ、こうやって眺めてると、俺って凄い小さい存在なんだなって実感するんだ。」
「地球規模で?」
椿があまりに真面目な顔で聞き返すから、俺はふっと笑ってしまう。
「ん、そうかも。」
「確かに、そうですよね。俺も、小さいや。」
「だろ?だから、色々悩んだりしてても、何とかなるかって、ちょっとすっきりするんだ。」
「…………。」
「な、何だよ。いきなり黙って。」
窓の外を見つめたまま黙る椿の腕を、俺は握った。椿ははっとしたように俺を見て、
「あ、すみません。世良さんのそういうとこ、いいなぁって思って。」
にこっと笑顔を浮かべて言う椿に、俺は顔が赤くなる。
「ちょ、何言ってんだよ。」
「俺、世良さんの前向きなとこ好きなんです。」
「………っ」
俺は耳まで熱くなる。
「お前なあ、よく惜し気もなくそんな、」
「だって俺、世良さんのこと、凄く尊敬してるんですよ。メンタルの強さとか、分けてもらいたいくらい。」
笑顔のまま言い切る椿に、俺は脱力する。
何なんだよ、この天然タラシ。
何か仕返ししてやらなくちゃ、そう思って、俺はにやりと笑う。
「………じゃあ、分けてやろうか。」
「え」
椿が驚いて目を見開いた瞬間に、俺はぐいっと椿の腕を引き、キスをした。
ちゅ、と小さな音がして、唇が離れる。
「わ、わ、わ………」
椿の顔が真っ赤になり、硬直する。
「ど?」
「世良さぁん………っ」
満足気に笑う俺。椿は、へなへなとその場に座り込んだ。
「何だよぅ椿、メンタル足りないんじゃない?」
しゃがんで目線を合わせ、俺が言ってやると、椿はしどろもどろで視線を泳がせた。
「や、これは世良さんがいきなり、」
「突然のことにも対応出来ないとダメだろ?」
さっきまでは逆の立場だったけど、と俺は思いながらも、椿に顔を近づける。
椿はますます顔を赤らめたが、そうなんですと小さい声で呟いた。
「じゃあ、もう一回分けてやるよ。」
俺が言うと、椿は頷いた。
椿の首に腕をまわすと、椿は俺の腰の辺りに腕を伸ばし、俺を抱き締めた。そして俺たちはもう一度、唇を寄せる。
今度は二人の唇がゆっくり重なり、その柔らかさを確かめ合うように唇を甘噛みし合った。
しばらくして唇を離したが、お互いの顔が数センチのところにある距離のまま、見つめ合う。
椿の瞳は少しだけ潤んでいた。多分俺も、同じような表情になっていると思う。
「………足りた?」
聞いてみると、椿は苦笑した。
「いえ。………あの、多分、これが足りるとか、ないと思います。」
「ははっ、そうだよな。」
俺たちは笑いあって、もう一度キスをした。
「そういえば、さ。」
「はい?」
「椿も、こういう、雨の音聞いたりとか、ある?」
何となく聞いてみると、椿は曖昧に笑った。
「俺は、世良さんみたいに感受性豊かじゃないんで、特にないんですけど。」
「けど?」
「雨の日は、絶対このこと思い出しますよ。世良さんと、こうやって二人でいたこと。」
椿の優しい視線に、俺は微笑んで頷いた。
「………うん。」
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バキセラ企画「TWENTY FOR SEVEN」様へ捧げます。
バキセラは二人ともお花ちゃんです。可愛いを目指してみましたが……いかがでしょうか。
主催のたかさき様、参加させていただきありがとうございました!