6月13日の朝。

いつものように幼馴染の家のインターホンを鳴らせば、家の中から「孝支くんが迎えに来てくれたんじゃないのー?」「はーい!今行くー!」と賑やかな声がきこえた。

「じゃあ行ってきまー…って!忘れ物!」

ドア越しに聞こえる足音がバタバタと騒がしく遠ざかっていくのに思わず苦笑い。
その後すぐに開けられたドアからひょっこりと顔を出したのは彼女の母親だった。

「おはよう、孝支くん」
「おはようございます、おばさん」
「あの子…朝から落ち着きなくてホントーに困ったものねぇ。いつもごめんなさいね。」
「あはは!もう慣れました!幼稚園に通ってた頃からからずっと変わらないですよね!」
「孝支くんは昔からしっかりしてたけど、高校生になってからお兄さん感がグッと増したわね。」
「本当ですか?そう言ってもらえると嬉しいです。」
「あの子も孝支くんを見倣って、もう少ししっかりしてほしいものだけど…。昨日もね、「明日は大事な日だから!」ってカレンダーをチラチラみながらずーっとソワソワしてて。夜も眠たそうにウトウトしてるし、明日も朝練あるんだから早く寝なさいって言ってるのに夜更かしして、日付が代わってからもしばらくスマホを操作して誰かにメッセージを送ってたみたいなの。それで、いつもより少しだけ起きるのが遅れてね?」

なるほど。
それで0時ちょうどに送られてきたメッセージは所々誤字脱字があったのか…。
そうして考え込んでいれば、くすくすと楽しそうの声が聞こえてきた。
おそらく「大事な日」の意味も、「メッセージを送った」相手も、いたずらっ子のように笑った幼馴染の母親は既に検討がついているのだろう。
そんな話をしていると、少し前に遠ざかっていった足音が今度は次第に近づいてくる。

「こーちゃん!おはよう!」
「おー!なまえ、おはよー。」
「母さん、こーちゃんに余計なこと言ってないでしょうね!」
「なーんにもー?ただの世間話をしてただけよ。ね、孝支くん?」

そう言って俺にしか見えないようにもう一度向けられたいたずらな笑顔はなまえの笑顔とよく似ていた。

「そうだよ、それよりもそろそろ行かないと遅刻だべ!お前、大地を怒らせたいの?」
「げっ…やば。早く行こ!」

行ってきますと2人声を揃えれば、おばさんは手を振って見送ってくれた。
しばらく2人で小走りをして、少ししてからなまえが「もうだめ…!」と早々に弱音をこぼす。

「お前、本当に体力ないよなー」
「私はこーちゃんみたいに選手じゃなくて、マネだからいいの!」
「なぜそこで威張る」

呆れたようにつぶやいた俺を見て、何が楽しいのかクスクスと笑っていたなまえが突然あ!っと声を上げた。

「そんなことより!こーちゃん!誕生日おめでとう!」
「おー!さんきゅー!」
「プレゼント、何にしようか悩んだんだけど決められなくてさー」
「毎年言ってるけど、別にプレゼントなんてなくても気持ちだけで十分だってば」
「それじゃあ私の気が済まないの!だから、今度のお休みの日に一緒に買い物行こうよ!」
「ハイハイ、りょーかい」

俺の返事に満足したなまえは「ここからだったらもう走らなくても間に合うね、こーちゃん!」と言いながらゆっくり歩きだした。

「なあ、なまえー」
「んー?なにー?」
「そろそろその呼び方やめない?」
「なんで!」
「何で、って…俺たちもう高校生だしさ、ちょっと恥ずかしいかなって思うんだけど」
「かわいいじゃん!こーちゃん!」
「かわいいって…」

果たして、高校生にもなってかわいいと言われて喜ぶ男がこの世に何人いるんだろうか。

「それに…私だけが呼んでる、昔からの特別な呼び名だもん」
「!」
「こ、こーちゃん…?おーい」
「あーーー!もう!!(あんまりかわいいこと言うなよ…!)」
「えっ、こーちゃん?」
「なまえはさあ!ほんと!そういうところだぞ!」
「え?まって、そういうところってどういうところ!?何の話!?ていうか、こーちゃん何か怒ってる!?」
「怒ってない!」
「うっそだー!」
「もー…。怒ってないよ、本当に。」

そう言って笑ってみせれば、なまえはホッと胸を撫で下ろした。

「ほら!こーちゃん!はやく学校行こう!」
「だな、大地からの誕生日プレゼントがあの黒い微笑みなんて絶対に嫌だしな!」

グイグイと腕を引っ張って俺の1歩先を進んでいた彼女の足がすぐにピタリと止まる。

「なまえ?」

何事かと思い名前を呼べば、ゆっくりと振り向いた彼女はえらく気合の入った声で叫んだのだった。

「孝支!お誕生日おめでとう!だいすき!」

バッと効果音が付きそうなほど勢いよく進行方向に向けられてしまった顔はよく見えなかったけど、髪の間から覗く彼女の耳は真っ赤である。
そしておそらく、彼女に背を向けられている俺の顔も彼女の耳と同様に真っ赤だ。
走るのが苦手なくせに、制服のスカートを翻しながら俺の前を駆けていくなまえの後ろ姿を見ながら手の甲で口元を抑える。

「言い逃げかよ…ずるい」

なまえが忘れ物だなんだと言ってなかなか家から出てこなかったから朝練に遅刻しそうになっていたのに、その事態を招いた本人は自分の言いたいことだけ言い捨てて走って先に行ってしまった…。
この分だと大地に怒られるの俺だけじゃね?なんて一瞬考えたけど、とてもじゃないがこの顔に集まった熱がおさまるまではこの場所から動けそうにもないなぁ。



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