※未来設定


お誕生日のお祝いだから。
それを理由にして、孝支くんと二人でいつもとは違うすこし高いごはんを食べにいった。夜景の見えるおしゃれなレストランで、横文字が並ぶおしゃれなコース料理を食べて、あまり食べたことのないおしゃれな食材を食べて、「おしゃれな味がするね」と二人で笑った。一つ年を取った孝支くんは、時々フォークを口元に運ぶ手を休めてはわたしの方をじっと見ていた。どうしたの?って聞いたら、幸せだなと思ってた、って答えた孝支くんの目が、あんまりにも優しかったから、なんだかとっても照れてしまった。そのとき食べていたなんとかのポワレは今まで食べたどんな食べ物よりも、美味しいなと思った。

二人でいつもより少し値段の高いワインを飲んで、二人とも少しほろ酔い気分で、二人でたくさん笑って、わたしたちはお店を出た。

「なまえ、ごちそうさま」
「いえいえ、お誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「家帰ったら、ケーキもあるよ」
「えっ、さっきもデザート食べたのに?」
「お誕生日といったらホールケーキも欠かせないでしょ」
「えっ、しかもホールケーキなの?」

けっこうおなかいっぱいなんだけど。食べれるかなぁ、とおなかをさする孝支くんがなんだかとっても可愛く見えてしまうのは、惚れた弱みかな。そうだろうな。

そっと彼の左手に手を伸ばしたら、するっと当たり前のように手をつながれた。柔らかく絡んだ手が、すこし熱い。お酒を飲んだからだ。孝支くんの親指が、わたしの甲をゆるゆるとなでる。心地いいなぁ、と思う。何も言わなくても手を繋げるのも。わたしの手と、孝支くんの手が、触れ合うことにもう何の違和感もないことも。

「あ、見て、孝支くん」
「なに?」
「月、きれい」

すこし欠けた黄色いお月さまが、夜空にぽっかりと浮かんでいた。優しく、鈍く光っている姿が、とっても綺麗だと思った。綺麗なものを見たときに、隣にいるのが孝支くんでうれしい、と思ったし、もしかしたら孝支くんが隣にいるからこんなに月が綺麗に見えるのかもしれない、と思った。孝支くんにもこの月が綺麗に見えているのかどうか聞いてみたいな、と思っていたら、お酒のせいで頬がほんのり赤い孝支くんは、わたしの指差した方向を見て、それからわたしの顔を見て、柔らかく笑った。

「…ふふ」
「なに笑ってるの?」
「いや、知ってて言ってんのかなぁと思って」
「? なんの話?」
「知らなかったかー」
「え? だからなんの話?」
「知らないで言ってるなら、それはそれで」

夏目漱石もさすがだなぁ、と孝支くんは一人で嬉しそうに笑っている。夏目漱石? 何の話なのかまだわからないわたしは、置いてきぼりだ。孝支くんがわたしの手を握ったまま、体をわたしにすり寄せてきた。普段はこんなこと外でしないのに。なんだか孝支くんは上機嫌だ。なんの話なの、ってしつこく聞いたら孝支くんはどこか楽しそうに笑った。

「夏目漱石はね」
「うん」
「I love youを“月が綺麗ですね”って訳したらしいよ」
「……そうなの?」
「噂だけどね」
「…じゃあわたし、夏目漱石と気が合うかも」

だってさっきのわたし、確かに孝支くんが好きだって、思ってた。孝支くんがすきだなぁ、って思って、月が綺麗だったから、孝支くんもそう思っていたらいいなぁって。
なるほど確かに、同じものを見て綺麗だと思うことは、愛の言葉にすこし似ている。ような気もする。

「孝支くん、大変」
「どした?」
「わたし、なんか今、すっごく胸がきゅーってなった」
「なまえ、大変だ」
「何かあった?」
「俺も、今、胸がきゅーってなってる」

真面目な顔で言ったら孝支くんも真面目な顔でそう返してきて、顔を見合わせておんなじだね、って二人で笑い合った。おなじときに、おなじものを見て、おなじ気持ちになったんだって思ったら、また胸がきゅって鳴った。
コツンと孝支くんの肩に頭を載せたら、少しだけお酒の匂いと孝支くんの匂いがして、やっぱり、すきだなぁ、と思った。夜の住宅街にはわたしたちの他に人影がなくて、なんだかわたしたちたけの秘密みたいで、まだしばらくこうしてふたりで歩いていたいなぁと思う。だけど孝支くんとふたりの家に帰るのを楽しみに思っている自分もいて、どちらにしても幸せな自分がちょっとおかしくて、ふふっと笑いが溢れた。そうか、わたし、しあわせなんだ。この人が隣にいたら、わたし、何でもしあわせなんだなぁ。そう思ったら何だか胸がいっぱいで、ちょっと苦しいくらいだった。

「孝支くん」
「ん?」
「わたし、孝支くんがいてくれてよかった」
「…どしたの、急に」
「お誕生日おめでとう、孝支くん」

そう言って孝支くんの顔を見たら、孝支くんの目がすこしうるうるしていたから、ちょっとびっくりする。

「えっ、泣いてるの?」
「だってなまえが泣かせるようなこと言うから。やめてよ、年取ったから涙腺緩くなってんだってば」

そう言って繋いでない方の手で目を覆いながらわたしから顔を背ける孝支くんがかわいくて、愛しくて、やっぱり幸せで、わたしは繋いだ手に力を込める。
わたしは孝支くんが隣にいたら、いつだって幸せで溢れそうなくらいなんだけど、孝支くんはどうかなぁ。孝支くんも、おんなじだったらいいなぁ。そう思ったところで、孝支くんがぽつりと「あー、幸せ」って呟いたから、わたしは思わず笑ってしまった。わたしたち、なんだかとっても気が合うみたいだね。

「なに笑ってんの?」って聞いてくる孝支くんの顔もなぜか少し笑っていて、わたしはまたおかしくなって笑った。幸せだと笑っちゃうんだってわたしは孝支くんといて初めて気付いたよ。わたしは孝支くんが隣にいたら何だって幸せだし、孝支くんが幸せならもっともっと幸せになるんだよ。

「家についたらコーヒー淹れて、ホールケーキ食べようね」
「あー、そうだった」

食べきれるかな、と孝支くんがまた不安そうに顔をしかめたから、わたしはまた笑う。風が吹いて、夜の街は少し冷たかったけど、孝支くんとつないだ手はいつまでもぽかぽかとあったかかった。楽しいね、嬉しいね、ずっと一緒にいたいね。ねぇねぇ月が綺麗ですね、って言ったら、孝支くんがそうですねって優しい顔で笑った。それがやっぱり幸せで、わたしもやっぱり笑ってしまうのだ。お誕生日おめでとう孝支くん、いつだっていつまでだって幸せでいてね。




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