※未来設定


ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ、

自分で設定しているのにも関わらず、枕元でけたたましく鳴るスマホにうんざりしながらしつこく鳴り続けるアラームを手探りで止める。
自分の体温によってちょうど良い温度になっている布団の中は何とも居心地が良く、気を抜いてしまえばこのまま二度寝確定だ。
今日は仕事休みだし、ちょっとくらいならゆっくりするのもありかなあなんて思いながらモソモソと身じろぐ。

ピピピピッ、ピピピピッ、

そんな私の思考を邪魔するようにスヌーズ機能を作動し始めたスマホを手に取って、まぶしい画面をのぞき込む。

6月13日 7時12分

時間を確認してからそのままメッセージアプリを開いてみるも、昨日やり取りをしていた相手からの返信はない。
既読にもなっていないところをみて、寝坊でもしたのではないだろうかと心配になる。
彼は今日も仕事だと言っていたから、今頃バタバタと大慌てで支度をしているかもしれない。
朝食はちゃんと食べただろうか。
また栄養補給のゼリー飲料みたいなのだけで済ませてないといいんだけれど。
そこまで考えてから、目が覚めて思い浮かべるのは彼のことばかりだということになんだかおかしくなって一人でふふっと笑う。
さて、夜の予定に向けてそろそろ行動を開始しよう。
まずは布団から出て、家事をしなくては。

――――――――――

必要最低限の家の事だけ済ませて、昼前には家を出た。
近所のカフェに寄って軽食をとり、その足で通い慣れたスーパーへ。
買い物カゴを片腕にぶら下げて店内をぐるぐるとまわる。
豆腐は木綿、豚ひき肉と、ネギ、ニンニクとしょうが、豆板醤に…。
今の夕飯のメニューは、本日の主役の好物である激辛麻婆豆腐だ。
あらかじめ用意しておいた買い物メモを見ながら食材をカゴへといれていく。
後はお願いしていた例のものを…あ、いたいた。

「忠くん!バイト頑張ってるみたいだね!」
「あっ、なまえさん!いらっしゃいませ!」
「今日、嶋田さんはいる?」
「それが、今ちょっと席を外してるんです」
「そっか…残念!」
「嶋田さんも『今日はみょうじちゃんが来るから!』って楽しみにしてたんですけど…入れ違いになっちゃったみたいですね…あ!例のものならちゃんと言付かってますよ!」

ちょっとまっててくださいね!とバックヤードに下がっていった忠君はすぐに戻ってきた。
その手元には、毎年この日に嶋田さんに特別に仕入れをお願いしている香辛料。

「お待たせしました!今年も激辛の麻婆豆腐でお祝いですか?」
「正解!辛い物を摂り過ぎるとあまりよくないって聞くから、できればあまり食べてほしくはないんだけど…まあ、誕生日くらいは大目にみようかなって」
「なまえさんみたいな彼女がいる菅原さんは幸せですね!羨ましいです!」

その言葉になんだか急激に恥ずかしくなってしまう。

「じゃ、じゃあ忠くんの邪魔をしても悪いし、そろそろ行くね!嶋田さんによろしく伝えといてもらえる?」
「はい!菅原さんにもよろしくお伝えください!」

忠くんと別れてレジで精算を済ませてから店を出る。
そのまま学生の頃からよく通っていていた洋菓子屋さんで予約していたものを受け取りに行けば、そこのオーナー兼パティシエのおじさんに「今年も一緒にお祝いかい?」と聞かれ「はい!」と、最早毎年恒例となっているやり取りをしていると奥からおばさんも出てくる。
「久しぶりにまた二人揃って顔を見せにいらっしゃいね」と見送られ、今度の休みが重なったら彼を誘ってみようと心に決めてお店を後にした。

――――――――――

「…ん。」

肌寒さを感じて目が覚めた……視界はぼんやり暗い。
机の上に置いていたはずのスマホを手探りで見つけ出し、時間を確認すれば19時を過ぎたところだった。
部屋の電気はつけないまましばらくぼーっとしていると、カチャ、と玄関の鍵を開ける音が聞こえた。
続いてドアの開く音も。
慌てて少し乱れている髪を手櫛で直して、正座をする。
特別上手というわけではないけれど愛情はたっぷり込めた手料理と、ささやかな誕生日プレゼント。
彼を迎える準備は居眠りをしてしまう前にバッチリ済ませてある。

「ただいまあ」

パチッとスイッチが押された音が聞こえて、部屋に明かりが灯る。

「孝支、お帰りなさい」
「なまえ?来てたんだ」

いらっしゃい。そう言ってふわっと笑った彼につられて思わず顔がほころぶ。
一先ず着替えてくることをすすめて、その間に食事の準備をする。

「わあ、いい匂い…腹減ったなあ」
「仕事お疲れ様。さ、座って!ご飯にしよう」
「なまえの作った激辛麻婆豆腐だ…!やった!」
「今日は孝支と…それから私にとっても、特別で大切な日だから」
「なまえ…」

麻婆豆腐用に並べていたレンゲを片手に動きを止めてしまった孝支がなんだか可愛らしくて、くすくすと笑ってしまう。

「…何笑ってるの」
「んー?ふふ、何でもなーい!」

仕切り直すように小さく咳払いをして、背筋をピンと伸ばす。
私の孝支に対する想いがちゃんと余すことなく伝わるようにと願いを込めて。
一つひとつの言葉を大切に紡ぐ。

「孝支、誕生日おめでとう!生まれてきてくれて、ありがとう。」
「改めて言われるとなんか照れるな…でも、ありがとう。」

照れくさそうに笑うあなたをみてこんなに幸せな気持ちになれるなんて。

「あのね、最近孝支と一緒の時間を過ごしてるとよく思うの。私ね、きっと…」


きっと、
あなたに出会う為に
生まれてきたね


「…ちょ、そういうのほんとズルい…!」

彼女の言葉のせいで顔に熱が集まるのが自分でもよくわかる。

「…そういうの?」

そう言ってキョトンとした表情をするなまえを可愛いと思った。
たまらず、腰を上げて彼女の後ろに回りそっと腕をまわす。
突然のことに「ふぎゃ!」なんてヘンテコな声をあげる彼女に更に愛しさがこみ上げるんだ。

「あなたと出会う為に生まれてきた」か…。

そんなの、俺の台詞だ。

「?孝支…?」

出会ってくれてありがとう。
俺の想いに応えてくれてありがとう。
こうしてそばにいてくれてありがとう。

「ありがとう、なまえ。…大好きだよ」
「私も…孝支が大好き」

『きみに出会う為に生まれてきたんだ』って。

俺も、自信を持ってそう言えるよ。




×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -