※未来設定


「んで、その時スガさんがにって笑って“大丈夫!一本切ってくべー!!”って!」
「そうそう!俺たちも思わずスガにつられてにって笑っちゃったよな!」
「スガさんのあの言葉と笑顔で空気が変わったっつーか。さすがスガさん!」

菅原孝支という人間について、まるで自分のことのように私に自慢気に話すのは田中くんと澤村くんと西谷くんの3名。
ガチャガチャと食器がぶつかる音とザワザワと賑やかな声が響くのは彼らの母校の近所にある居酒屋の個室。
先ほどの3人に加えて、烏野高校男子バレー部の元選手・マネージャーだという皆さんが揃っている中、なぜ出身校も違えばバレーというものに関わったことがない私がこの場にいるのかというと、それは数時間前にさかのぼる。

今日は夜から彼氏と会う約束をしているし、出かけるまでに家のことを済ませておこう。
そう思い、一人暮らしをしているアパートのベランダに干していた洗濯物を取り込んでそれをたたもうと床に座ったところでスマホのランプがチカチカと点滅してメッセージを受信していることを知らせていた。

“ごめん、今何してる?”

送り主は彼氏である孝支だった。
確か、今日は午前中から母校の練習試合を観に行ってくると言っていたはず。

“洗濯物たたんでるところ。もう練習試合は終わったの?結果、どうだった?”

約束していた時間よりも早い連絡に、何かあったのだろうかと返事を返せば、すぐに既読がついて返信がきた。

“試合終わったよ。結果は相手校の勝ちだけど、いい勝負だった!”
“そっか!それで約束の時間までまだあるけど、どうかした?”

既読がついてからほんの数十秒の間があって。

“今、電話でれる?”

電話をかけるという一つのことにしても、私のことを気遣ってくれる彼の問いに“うん、大丈夫だよ”と返せば、画面に表示される≪着信:菅原孝支≫の文字。

「もしもし、孝支?」
「おう、急に電話してごめんな。あのさ、実は練習試合の観戦の後に皆でご飯に行こうって流れになってさ」
「そうなんだ!バレー部の人が揃って集まるなんて滅多にないんでしょう?私とはいつでも会えるんだから、今日は楽しんできたら?」
「なまえならそう言うと思ってた。ただ、それがさ―」

私との予定をいれていた孝支が食事の誘いへの返事を渋っていると彼の後輩たちが「約束って女の人ですか!?彼女!?」「スガさんの彼女…!見たい!」と騒ぎ出したらしい。元キャプテンが「無理なことを言うな!」とたしなめるも一向に聞く耳を持たない後輩に折れた孝支が私に連絡を寄越してきたのだという。

「だから、なまえさえよければ一緒に来ないか?」
「部外者の私が行ったらお邪魔になるんじゃないの?」
「そんなことないよ。そもそもあいつ等がなまえに会いたい!って言ってるわけだし。あんま気が進まないようなら断ってくれていいんだけど…」
「ふふっ、じゃあお言葉に甘えて参加させてもらおうかな」
「おう!サンキュー。皆には先に店に行ってもらっといて、俺はなまえを家まで迎えに行くから。支度しといて」
「ん。わかった。じゃあ後でね」

それから約1時間後。
孝支に連れられて入った店内では自己紹介もそこそこに、あっという間にその輪の中へ迎え入れられた。
顔見知りが孝支以外にいないということもあり緊張していたのだが彼の仲間は誰もが気さくで、そんな私の緊張や不安は杞憂に終わってしまった。
私が参加させてもらってから早1時間が経とうとするが、今もこうして私の元に代わる代わる人が寄ってきては高校時代の彼らのバレー話をしてくれるのだ。

「孝支、楽しそう」

話がひと段落したところで澤村くんたちがいる席を離れて、孝支の隣に腰掛ける。

「退屈してない?」
「ううん、全然。むしろ全く関係のない私なんかが誘ってもらえてこんなによくしてもらってること、すごく嬉しい。孝支の仲間は皆いい人だね」
「だべ?自慢のチームメイトだもん。」
「それに、今日ここに来られたおかげで、私が知らない高校時代の孝支のことたくさん聞けたし」
「うわっ、あいつら余計なことまでなまえに話してないだろうな…」
「さーて、それはどうでしょう」

孝支からしてみれば“余計なこと”かもしれない話の一つ一つは、私にとって昔の孝支を知ることができる“貴重な話”なのだ。
そしてその大きく記憶に残るものから些細な日常のシーンにいたるまでの貴重な話は彼の仲間の口から尽きることなく紡がれる。

「孝支は、みんなに愛されてるんだね」

なんだかそれがまるで自分のことであるかのように嬉しくて、幸せで。
菅原孝支という人間をどうしようもなく愛おしく感じる。
ああ、この人とこの先もずっと一緒にいたいなあ。
テーブルの下、誰にも見えないようにそっと伸ばした手が彼の手に優しく触れた。


そうやって絡めた薬指なしでは
僕はもう生きていけない気がするよ





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