※社会人設定
「今日も一日お疲れ様」
「うん、なまえもお疲れ様」
「ありがとう」
夕飯のあとコーヒーを飲みながら隣り合わせでソファに座る。
「とうとう明日だね」
「緊張するなぁ〜」
「孝支くんなら大丈夫だよ、本番に強いじゃない」
「ははっ、まぁね。大地と旭も友人代表のスピーチがやばいって。さっきメールきたよ」
「ふふっ。潔子さんも緊張するけど楽しみって言ってた」
高校から付き合って数年。同棲して2年。私達は明日、結婚する。2次会の後、一緒に区役所に行く予定だ。明日はここに帰ってくるけど、その時にはもう名前もみょうじから菅原に変わってるんだ…。
でも、なんだか…
「…実感湧かないなぁ」
「俺も。でも明日のスピーチ想像するだけで心臓吐きそう…」
「あはは、大袈裟!」
ここ最近、スピーチの原稿を何度も書き直していたもんね。何度も何度も練習して、私はその姿を見る度に泣きそうになってた事、孝支くんは知らないだろうなぁ。ほら、想像するだけで鼻がツーンとしてきた。
「まぁでも、明日なまえも手紙読むだろ?緊張しない?」
「緊張はするけど…それよりも泣いちゃいそうで心配」
「ははっ、俺も泣いちゃうかも。あ、でも一番泣くの旭かな」
「旭さんすぐ泣くもんね」
頭の中で、図体は大きいのにノミの心臓で、ひどく優しい先輩を思い浮かべる。その先輩の隣には、全く正反対の同級生や太陽みたいな後輩、仲間達がみんないて、笑って大騒ぎして。あの頃を思い出して自然と笑顔になった。
「なーに笑ってんの」
懐かしい記憶に想いを馳せていると、孝支くんが口を尖らせて顔を覗き込む。
「久しぶりにみんなに会えるの楽しみで、つい」
「結婚式の準備で全然会えなかったもんな」
「みんな変わってるかな」
「どうだろうな。あ、でも田中は髪の毛伸ばしてるらしいよ」
「あ、私もこの間日向から写メきたの!面白かったから見せようと思って忘れてた。えっとね…」
スマホを取り出し、保存しておいた画像を探す。ほら、これ!と笑いながら画面を見せると、一瞬目を見開いた後に声を出して笑った。
「似合わないな!」
「見慣れてないからかな、と思ったけど…やっぱり似合わないよね」
スマホの中にいる、変なポーズを取っている田中をもう一度よく見てみるけど、やっぱり似合ってない。その隣にいる西谷も、影山も、変わってないのに。そのまま大量に送られてきた写メを見るべく画面をタップする。眺めながらクスクスッと笑っていると、ヒョイっとスマホを取られ代わりに不機嫌そうな顔の孝支くんが視界いっぱいに広がった。
ちゅっと可愛らしいリップ音と共に離れた彼の顔は不機嫌なまま。
「…スマホ、見過ぎだべ。そろそろ俺の番〜」
ぐっ、と体重をかけられたと思ったら、そのままソファの上に押し倒される形になった。ちゅっ、ちゅと何度か啄むようなキスをして、至近距離から見つめられる。初めて会った時は、こんな関係になれると思ってなかったな。好きだと気付いてからも、付き合えるなんて思ってなかった。あの頃よりも大きくなったこの感情を、いくらぶつけてもなくならないから不思議。
「…孝支くん、好き」
「…俺も好き」
「私と出会ってくれてありがとう。とっても幸せ」
「それ俺の台詞。もっともっと幸せになろうな」
「うんっ」
おデコをこつんと合わせて微笑み合う。高校で孝支くんと出会えて、本当に良かった。今までの楽しかった事、悲しかった事、嬉しかった事、苦しかった事、そのほとんどに孝支くんがいる。これからも、一番近くで、いろんな感情を共有出来たらいいな。今度は私から頬や鼻、おでこにキスを落とす。くすぐったそうに笑う孝支くんの唇に長めにキスをした。ゆっくりと唇を離し孝支くんの瞳を見るとゆらゆらと揺れて熱を帯びている。
「……じゃあ、とりあえず…みょうじなまえ最後の日って事で…しますか、愛し合う者同士の、いろいろ」
「……孝支くん、そういうのいちいち言わなくていいよ…ムードって大事だと思うの」
「ははっ、ごめんごめん。ちょっと恥ずかしくてさ」
ここでする?…ベッドがいい。ん、りょーかい。
いつも優しくて柔らかい雰囲気の孝支くんだから、たまに男とか女とか忘れちゃうけど、こうやって軽々と私を抱き上げる時、ものすごくドキっとする。やっぱり男の人なんだなぁと思う。かっこいいな。
「…ふふ、幸せだぁ」
「俺も幸せ」
ねぇ、孝支くん、産まれてきてくれてありがとう。私を見つけてくれてありがとう。ずっと側に居てくれてありがとう。おじいちゃん、おばあちゃんになっても、私はきっと、ずっと大好きだから。孝支くんも、ずっとずっと好きでいてね。