老若男女、問わず誰でも彼でもに優しいとこ。スガくんの数ある長所のひとつだ。わたしにはとても真似できないし素敵なことだと思う。でも、それって彼女の立場からしてみたらどうだろうか。

お昼休みにスガくんとふたりで購買に向かっていたら私達の少し前をおぼつかない足取りで歩いている女子生徒がいた。よく見るとその女子生徒は山のように積み上げられた大量のノートを腕に抱えている。大変そうだな、って。確かに思った。わたしがそう思った時には「なまえは先に行ってて」だなんて言ってその女子生徒の隣に駆け寄ったスガくん。絶対こうなるって思ったけど期待を裏切ることなく紳士的にノートを半分(どころか三分の二ぐらい)持ってあげて職員室に歩いていくスガくんとその女子生徒。そうやって自分の彼氏が見ず知らずの女子生徒に笑顔と優しさを振り撒いて、更にはツーショットで消えていく後ろ姿をわたしが一体どんな気持ちで見つめていたか。

一気に食欲の失せたわたしは購買には行かずに自販機でジュースだけ買って教室に戻った。スガくんと違って進学クラスではないわたしは3年3組の住人である。東峰くんが「あれ?今日はスガと食べないの?」聞いてくるのを、食べない!と若干の怒り口調で返事をしてしまいワイルドな見た目のわりにはガラスのハートを持ち合わせている彼を少し怯えさせてしまったようだ。ごめんね東峰くん。八つ当たりなんかしちゃってごめんね。
心の中で謝っていたらポケットの中でケータイが震えた。今どこにいる?というスガくんからのメールだった。スガくんなんか嫌い。浮気してやる。勢いのままそんな返信をした。ちょっとスッキリした。

スガくんの優しいとこはすき。だけど他の女の子にも笑顔で優しくしてるのを見るのは辛い。あんなかっこいい人に優しくされたらみんな好きになっちゃうと思うの。そんなのだめだと思うの。こんなことワガママだって分かってるけど、わたしにだけ優しくあってほしい。それかもうわたしにも優しくしなくていいから他の人にも優しくしないでほしい。ほんとにワガママ。

「みょうじーおまえ数学の課題やった?」

机に俯せになって思いっきり考え事に耽っていたら隣の席の男子にそう声をかけられた。数学の宿題かあ。…そんなのあったっけ?
ちょっと待ってね、と机の中から数学のワークを取り出してページを開いてみる。見事なまでにまっさらだった。

「うん。やってなかった」
「だろー?おまえ今日当たるから俺のうつさせてやるよ」
「えっ、いいの?」
「おう。お礼は放課後ガリガリ君な」

ニカッと笑う隣の男子にわたしも笑顔で答えようとした。おごらせていただきます!と。けれどもそれが声にならなかったのは「なまえ、」いるはずのない彼の声がすぐ真後ろから聞こえてきたからだ。
幻聴かな、と思いながらも振り向いたらそこには珍しく眉間にシワを寄せたスガくんがいた。さっきのメールのことを怒っているのだとすぐに気付いたけどここでわたしが謝るのはなんだか癪である。なに、と少し素っ気なく返事をしたらスガくんの片方の眉がぴくりと動いた。そして無言でわたしの腕を掴み、教室の外に歩いていく。

「ちょっとスガくん…どこに行くの?」
「ゆっくり話せるとこ」
「でもわたし数学の課題やらなきゃなんだけど」
「諦めな。もともとやってないのが悪い」

ごもっともだ。
だけどこんな冷たい言い方をされるとは思わなかった。いつもより低い声。スガくんじゃないみたいでちょっと怖い。

「…なんで、スガくんが怒るの。そういうの逆ギレっていうんだよ」

すると、ぴたりと彼の足が止まる。

「あんなメールがきたら誰だって怒るだろ」
「嫌いって言ったこと?浮気するって言ったこと?」
「両方。あと早速浮気しようとしたこと」
「ええっ、してないじゃん」
「放課後ガリガリ君」

きっぱり言い放たれて「え、」となる。あれで浮気だというなら私は今まで何回しただろうか。なにゆえ帰宅部なもので放課後にクラスの友達(男女問わず)と坂ノ下で寄り道して帰るのはもはや定番の事柄だった。

「でも、スガくんは私を捨てて他の子を選んだ」
「…捨てて、って。なんでそういう言い方するかなあ。ノート運ぶの手伝っただけじゃん」
「そんなの、わかってるよ。でも嫌だったんだもん」

他の女の子に優しくしないでよ。
ふたを開けたみたいにぽんぽんと勝手に出てきた言葉。その全部がただの嫉妬でただのワガママだ。言ってすぐに後悔した。こんなんじゃ呆れられちゃう。スガくんはかっこよくて優しい人。わたしだってそんな彼を好きになったくせに今更なにを言ってるんだろう。
ごめんなさい、小さく呟いて下を向いた。人通りの少ない廊下の隅っこ。あまりの静けさにここが学校だということを一瞬忘れかけていた。

「ただの人助けのつもりだったんだけど、お前に嫌な思いをさせてたなら意味ないね」

だなんて。あまりに情けない声音だったものだからわたしは慌てて顔を上げた。スガくんが困ったような顔をしている。この顔は何も珍しいものではない。普段からワガママ炸裂なわたしだからしょっちゅう彼を困らせてしまう。この前スガくんが家に遊びに来てくれた時も、帰っちゃやだって言ったらこんな顔で宥められた。

「…ごめんねスガくん。嫌いにならないで」
「なるわけないじゃん。俺もごめんな。もう人助けなんかしない」
「むりだね。スガくんの優しさは習性だから。人間そう簡単には変われない」
「じゃあなまえの無茶ぶりワガママも習性だべ。すぐ怒るのも」
「…スガ君にだけだもん」
「じゃないとやだよ。俺だっていろいろ思うとこはあるんだからね」

なにが、とは敢えて聞かないでおいた。きっとこれからもお互いにいろんな思いをするんだと思う。でも何があってもスガくんを嫌いになることはない。あのメールは嘘だ。浮気なんかできるわけがない。

「スガくん。ぎゅうってしたい」
「…ここ学校ですよなまえさん」
「わたしがワガママなの知ってるでしょ」
「あーもう、ほんとおまえ、」

ずるいよなあ。
ぎゅうっと抱き締めてもらってわたしはもう大満足である。彼の優しい香りに包まれながら温かい体温を感じながら今わたし世界でいちばん幸せ者だな、なんて思ったりした。そんなことをこそこそと思ってるのが照れ臭くてスガくんの柔らかいほっぺたにキスをする。ないしょだよ、こんなにも大好きなこと。恥ずかしい本音なんて唇に隠してしまえ。優しい彼の隣で明日も明後日もわたしはワガママを紡ぐのだ。


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