※きっと未来設定



目が覚めたら真っ白だった。
どうしてだっけ、起きたばかりでうまく働かない頭で考える。ああ、そうか。少し息を吸い込めば朝のにおいがして、少し目線をずらせば愛しい人の顔が見えた。くしゃり、音を立てるようなやわらかいシーツは、昨日洗ったばかりのとっておきだ。

「こうしくん」

小さな声で、名前を呼んで。名前だけなのにどうしてこんなに愛しいんだろう。すうすうとわたしの目の前で寝息を立てている孝支くんの綺麗なほっぺたにそっと指先を伸ばしてみる。ふわふわの髪の毛。可愛らしい顔立ちに少しだけ反して凛々しい眉毛。閉じられているブラウンの瞳。すっと通った鼻筋。なるほど、これが世にいうイケメンってやつなんだろうなと、そんなことを思う。こうしくん。こーしくん。美人は寝顔すら整っている。寝起き、悪いけど。パジャマのセンスも、あんまりいいとはいえないんだけど。そんなことすら全部が全部、長所に見えてしまうものだから、これは本当に、惚れた弱みというやつだ。

「孝支くん、」

起きてほしい。起きないで欲しい。孝支くんの声が聴きたい気もするし、このままずっとこうして孝支くんの寝顔を見ていたい気もする。こんなことで悩めるっていうことを、人は幸せと呼んだり、贅沢と呼んだりするのだろう。こうしてみると、孝支くんは寝相もあんまりよくない。腕があさっての方向にいってしまっている。それでも顔だけはわたしの方を向いていて、なんだかそれがすごくうれしいな、と思った。布団が少しめくれてしまっていたのでかけ直してから自分もその中にゆっくりともぐりこむ。

「……ん、」

孝支くんがもぞもぞと動き出したので、ひょっとしたらわたしが動いた拍子に腕か何かが孝支くんに当たってしまったのかもしれない。起きてほしいと思った気持ちもあったけど、こんな風に孝支くんの安眠を妨げたかった訳じゃない。ごめんね、と思いながら孝支くんの顔を見ていたら、重たそうな瞼を持ち上げた瞬間の孝支くんと目が合った。やっぱり起こしてしまったんだ、と落ち込む間もなく、孝支くんは。

「…なまえだ」

それだけ寝起きの声で呟いて、ふにゃり、笑ってみせるものだから。

いくら何でも反則だ、と思う。自分が今どれだけ破壊力のある顔をしてるかなんてちっともわかっていないんだろう。わたしは微笑まれただけで真っ赤になってしまった顔を隠すようにお布団の中に深く潜り込んだ。だって、だって、あんな表情。あんな、気の緩んだ、気を許した、無防備でふにゃふにゃの幸せそうな笑顔なんて。

すっぽりとお布団をかぶって一人耐えていたら、ごそごそと動く音がしてから、頭の上の方に光の気配を感じた。たぶん、孝支くんが布団の中を覗き込もうとしている。抵抗するほどの気力も起きない。されるがままに、だけど顔だけは見られないように俯く。孝支くんが布団をはがしていくから、せっかく隠れていたわたしの頭のとこまで、綺麗に光が降り注いていた。

「…なまえ」
「………おはよう」
「おはよ」
「お布団ください」
「やだよ」

やだよって。寝起きの少しかすれていつもよりも甘ったるく響く声が直接耳の奥に飛び込んでくる。わたしは今俯いているから孝支くんのことが見えないけど、今、どんな表情してるんだろう。
あ、なんか、声聴いてるだけでも、だめかも。すごい、わたし、孝支くんのこと、好きすぎるかも。

抱えきれない幸福感を一人で噛み締めていたら、急にむりやり孝支くんにぐって頭掴まれて上を向かせられた。あっやばい。だって今、わたし自分でもわかるぐらいばかみたいな顔してるのに。だけど視界にとらえた孝支くんはなぜだか少し拗ねたみたいな表情なのだ。

「…なんでかくすの」

孝支くんはやっぱり寝起きで、不機嫌そうな顔に不機嫌そうな声なのにそれが二人きりのベッドの上では甘く響いてしまう。唇をとがらせる孝支くんがあんまりにも可愛くて、思わず顔がにやけてしまって。ああ、すきだなぁ。こんなにも。すきだなぁ。

「孝支くん」
「なに」
「お誕生日、おめでとう」

布団の中で抱き付きながら言ってみる。こんなのじゃ全然、足りていないけど。それでも。ねぇ、孝支くん、わたしはこんなに、君のことが大好きなんですよ。

「…きのうきいた」

珍しくぶっきらぼうな返しは、孝支くんなりの照れ隠しなんだってことぐらいはもう解っている。それなりに長いこと、一緒にいるのだ。ふい、と目をそらされてもその頬が少し赤いこと、知っているから。

「昨日じゃないよ、今日だよ」
「どっちでもいいでしょ」
「何回言ったって足りないんだよ」

孝支くんが生まれてきてくれたってことが、こんなにも幸せで、こんなにも嬉しいから。おめでとうって、だって、ほんとに思うから。こうして生まれてきてくれて、こうして出会ってくれて、そのぜんぶにありがとうって思うから。

「孝支くん、なに食べたい?」
「…なんでもいーよ」
「今日は何でも作ったげるよ」

なんでもしてあげたいと思う。わたしにできることなら、何でも。それが孝支くんの力になってくれるのなら、こんなにうれしいことはない。

「…じゃあいらない」

そんな風に思っているのに、返ってきたのはそんな返事だったからびっくりした。思わず孝支くんの目を見つめてしまう。ぴたりと合った目線を静かにそらされる。あ、この仕草を、知っている。これは。孝支くんが照れているときの。

「……なんにもいらないから、もうちょっとだけ、ここいて」

絡ませるように繋がれたてのひらが熱い。少しだけ伏せられた睫毛が揺れて、わたしの方をちらりと見やる。真っ白なお布団。真っ白なシーツ。癖のついた髪の毛が愛しい。どうしよう。困る。好きすぎて、困る。もうちょっとなんて言わなくていいよ。いつまでだって一緒にいるから。孝支くんが嫌だって言っても、もう一瞬だって離れたくない。つないだこの手をずっとこうして繋いでいたい。

「孝支くん孝支くん」
「なに」
「呼んだだけ」
「…そーですか」
「あとね」
「はい」
「すき」
「………しってる」

あ、また。目をそらされて、今度はもっとそっぽを向かれて、孝支くんは顔を隠してしまった。どんな表情してるんだろう。あれ、何かさっきまでと、反対だ。覗き込んでみたら孝支くんは顔をうっすら赤くしていた。見ないでよ、と言うけどさっき自分は見たくせに。しつこくしつこく孝支くんを見つめていたらちょっと待ってと繋いでない方の手で目元を覆われた。それからこほんと、咳払いをひとつ。

「あのね」

朝からあんまりかわいいことはしないよーに。ぼそぼそとそんなことを言われて、恥ずかしくなるのはこっちの方だって知っているんだろうか。あー、もう、やっぱ、好き。ほんと好き。どうしようもないぐらい、好き。

「お誕生日おめでとう」
「……三回目だし」
「何回言っても足りないんだってば」
「じゃあずっと言ってれば」

やっと目元を覆っていた手が離れた。少しの間暗闇になれていたわたしの目には朝の光は眩しくて、ちかちかする。ちかちかする中で孝支くんの顔が見えた。久しぶりに真正面から見た孝支くんの顔は、眉を下げて、ほんとうに優しく微笑みながらわたしを見ているものだから。眩しいのは孝支くんなのかもしれない、と思って目を細める。孝支くんが愛おしそうにわたしを見つめているから、わたしも何だか泣きそうになる。ほんとにずっと言っていたいな、おめでとうもありがとうもすきだよも、何度言っても足りないな。ありがとうね、とぽつんと呟かれた。堪えきれなくなって零れた、そんな風な言い方だった。ありがとうはこっちなのに。お誕生日ありがとう。すきだよ。今年もよろしくね。

「そーいえば、さっきの話だけど」
「?」
「おれも」
「何が、」

聞き返したらもー少し寝かせて、と孝支くんは目を閉じてしまった。繋いだ手は、離さないまま。これは少しうれしいぞ、と思いながら孝支くんの寝顔を見てしばらくした後で、あっ「おれも」はさっきわたしが好きって言ったことに対してなのかもしれない、と気付いて、たまらなくなったからそのままぎゅうぎゅうと抱きしめてやった。孝支くんはいたい、と言った。狸寝入りめ。ほんとうに照れ隠しがじょうずじゃない人だ。そんなところも愛しいけど。好きだけど。生まれてきてくれてありがとう。四回目の「お誕生日おめでとう」を言ったら、孝支くんは何にも言わずに少し笑った。ねぇ、いっしょに幸せになろうね。


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