オレは二度と恋はしない。



「笛吹先輩。あの…これ、チョコレートです」
 振り向くと、黒髪でショートヘアの女の子が丁寧にラッピングされたチョコレートを両手で持って立っていた。
 閉じていたパソコンを起動させる。
『ありがとう』
 そう音声ソフトに入力し、チョコを受け取った。
「なんであんなヤツがモテるんだ!?」
 その光景を見ていたボッスンはそう叫んでいた。
 自意識過剰と思われるかもしれないが、俺はモテる。
『まぁ俺は元々顔のパーツが良いからな』
「うわっ! イヤミか」
 ボッスンは大袈裟に身体を引いた。
『ボッスンの顔もそこまで言うほど悪い訳でも無い気もしないでもない』
「ほとんど悪いじゃねーか!」
 別にいいもん、気にしてないもんとへそを曲げている。
 しかし、実際は彼の顔は整っている方だと思う。
 あくまで素の顔の話だが。
『でも昨日、バレンタインのチョコもらったんだろう?』
 一昨日の夜、ヒメコからメールが来たのを思い出した。
「あ──…。ルミと母ちゃんとヒメコにもらったよ」
『そうか』
 やっぱりヒメコは昨日ボッスンにチョコを渡したのか。
 様子から本命ではなく義理だということが何となくわかる。
「スイッチは?」
『今年はさっきので三個目だ』
 あとの二つはモモカとヒメコのだ。
「じゃあ一緒だな」
 ちょうどその時五分前のチャイムが鳴った。



 かつては引きこもりだった自分も、今では学校での日々が楽しくて仕方がない。
 全て『彼』のおかげだ。
 灰色だった毎日を、彼は色鮮やかにしてくれた。
 しかし、時々怖くなる。
 こんなに幸せで良いのか、と──

 スイッチは、好きな人は居ないのかい?
 ──いない。
 彼女とか、欲しいと思わないのかい?
 ──そんなもの、

『オレは二度と恋はしない』
 悲しそうな表情をするモモカ。
 自己満足だということはわかっている。
 それでも、これが俺なりの、俺にしかできない唯一の償いなのだ。
「あ…でも」
『チョコレートありがとう。ライブ楽しみにしてる』
 耐えきれなかった。
 モモカの気持ちを聞いて、少し、ほんの少し、嬉しかった。
 しかし、そんな自分に腹が立つ。
 忘れてはならない過去の罪。
 ──沙羽。
 正文。
 ずっと続くと思っていた幸せは、俺の一言で崩れ去った。
 だから、俺は声を捨てた。



「兄ちゃん! 私メリーゴーランドがいい!」
「それさっき乗っただろ……」
 絶叫系が苦手な沙羽がいるのであまり乗り物を選べない。
「だってジェットコースター苦手なんだもん」
「沙羽が遊園地誘ったのに?」
「だって懸賞で当たったんだもん。チケット、二枚」
 久しぶりに遊園地に遊びに来た。
 チケットを一枚買い足して三人で行こうと思っていたが、スイッチは友達と用事があるらしく断った。
 つまり、沙羽と二人っきりな訳で。
 周りから見ればデートという訳である。
「……そうだ、アレ乗ろうよ!」
 そう言って沙羽が指したのは観覧車だった。
「まだ三時だぞ」
「いいじゃん! 私あれ乗りたい!」
 こういうことで俺は沙羽に勝ったことはない。
 結局観覧車に乗ることにした。

「わあっ! すごいすごい!」
 子供のように無邪気にはしゃぐ沙羽の姿に笑みが溢れた。
 でも、本当は最後に乗りたかった。
「兄ちゃんすごいね! 高いよ!」
「そうか」
「私たちの家見えるかなぁ?」
「ちょっと遠いかな」
 夜景を少し。
 地上で瞬く星に照らされた沙羽を見ながら。
「……あ」
 あわよくば、「好き」と言えてしまえたら──
「兄ちゃん」
「どうした?」
 突然、沙羽は俺の髪に手をのばした。
「え」
「……ゴミ、ついてた」
 小さな声でそう呟くと、沙羽はまた外に目をやった。
「ありがと」
「どういたしまして」
 頬を少し紅く染めた沙羽の横顔が忘れられない。
 ──今思えば、あの時ゴミなんてついてなかった。



 今、二人は密室で何をしているのだろうか。
 つい最近だが確信した。
 ヒメコは無意識にボッスンを意識している。
 でも、ヒメコがボッスンの頭に手をのばすなんてことは想像がつかない。
 多分普段通り話したりしているのだろう。
 しばらくすると二人が戻ってきた。
『いやーお疲れ様。どうだった?』
「長かった」
「疲れたわ」
 二人の表情は観覧車に乗る前と変わらない。
『そうか』
 そう言ってあらかじめ買っておいたペットボトルを二つ差し出す。
『奢りだ。好きな方飲んでくれ』
「おっ気が利くな」
「あんがとな」
 ヒメコは迷わず紅茶を選んでいた。



「兄ちゃんって炭酸苦手だったよね?」
「ああ」
「よかった」
 そう言って沙羽はペットボトルを二本差し出した。
「どっちがいい?」
 紅茶とウーロン茶。
「じゃあ」
 俺はウーロン茶を取った。
「いくらした?」
「いいよ。奢り」
「サンキュ」
 喉が渇いてた訳ではないが、せっかくなので三分の一くらいのところまで飲んだ。
「私紅茶好き」
「やっぱりな」
「え?」
 沙羽は紅茶が好きだった。



 今、どこにいるのか。
 何をしているのか。
 俺は今でも時々、スイッチがひょっこり家に帰って来るんじゃないかと思う。
 そしたらまたいつものように三人で俺の部屋に集まって。
 紅茶でも淹れて一息ついたら。
 ──さぁ、何を話そうか。

それは幻をみた
どんなに望んでも、それはもう手に入らない





元々バレンタインの話を書いてのですが(何故だ)、詰まってしまって。
息抜きに遊園地の話を書いてたら「お、これ使えるんでない?」と。
おかげで時系列飛びまくりです。
タイトルも対っぽく。
一番長くて最も意味不明な文章になってしまいました。
なんだか悲しい話ばかりなので、甘いの書いてみたいなぁ……。

12.8.30






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