淹れたばかりの紅茶が湯気を立てている。
 先ほど自販で買った牛乳を紅茶に加え、口に運んだ。
 ほんのりとした甘味が口いっぱいに広がる。
 ヒメコはふう、と溜め息をついた。
 穏やかと言うか、何と言うか……。
「暇やなぁ」
『毎度のことだ』
「ちょっ……お前らやめて! せめて平和だと言って!」
 ボッスンは半分泣きながらそう言った。
 意外とデリケートで傷つきやすい。
「だって暇やないか」
『暇でい暇でい』
「スイッチなんやその口調! 普通に暇って言えや!」
「だから暇暇って連呼すんなよ!」
 生徒生活支援部、通称スケット団は相談事やトラブル解決など、あらゆる形で生徒の学園生活をサポートする集団。
 逆に言えば生徒からの依頼が無い限り活動はできない。
 つまり、ボッスンの言い方は間違ってはいない。
『では、今日は依頼も無さそうだし、先に帰らせていただこうかな』
「ん、スイッチもう帰るのか」
『2人はナーバスの再放送をリアルタイムで観たいのだ』
 色々とツッコミ所があるが、確かに依頼は来なそうだ。
「せやな、またなースイッチ」
「また明日ー」
 そして、それから数分経った頃である。



「あの、その……」
 もじもじとしながら内気そうな彼が言った。
「……告白の手伝いをして欲しいんだ」
 ──依頼キタ!!
 ボッスンとヒメコは顔を見合わせた。
 しまった、スイッチを帰らせなければよかった、と後悔してももう遅い。
 しかも苦手な恋愛関連である。
「手伝い、って言われても……俺たちは何をしたら良いんだ?」
「うん。まずは方法を相談したいんだ」
 まずは、と言うことは他にもまだあるのだろうか。
「候補は挙がっとるんか?」
「一応……手紙か直接言おうかで悩んでるんだ」
 ベタやなぁ。
 ヒメコは内心そう呟いた。
 しかし、相手に気持ちを伝えるのにベタも何も無い。
 ここはやっぱり、
「直接言った方が良いんじゃねぇか?」
「はぁ!? 何言っとるんか! 手紙に決まっとるやろ!」
 ヒメコはテーブルを思いっきり叩いた。
「こーゆーのは直接言った方が伝わるんだよ!」
「手紙もらった方が後で読み返したりできるやないか!」
「じゃあ失敗した時どーすんだ! 相手だって困るだろ!?」
「あんた本当にデリカシー無いんか! 成功するに決まっとるやんか!!」
 ぎゃいぎゃいと言い合いが始まった。
 いつもならスイッチがフォローに回る場面だが、今はその彼がいない。
 五分ほどして喧嘩が収まり、結論は直接言うことになった。
「……で、他に決めたい事は?」
「場所、かな」
 依頼者の頬が赤い。
 きっと本当に好きなのだろう。
「場所かぁ……」
 校舎裏とか屋上とか?
 アカン、ベタな所しか思いつかん。
「裏庭とかは?」
「それや!」
 ボッスンのそれっぽい発言に同意する。
「なるほどなぁ。意外と詳しいな、アンタ」
「で、いつ告白するんだ?」
「実は5時半に下駄箱のところで待っててって言ってあるんだ」
 おぉ……。
 何や、内気そうに見えて意外とグイグイいっとるやないか。
「だから、誰か他の人が来たら教えてもらえるように見ててほしいんだ……」
「ああ、もちろんだ」
 時計を見ると、約束の15分ほど前だった。
 少し早い気もするが、3人は部室を後にした。



「せやから心配する必要なんて無かったやろ?」
「いや、まさか成功するとは思わなくて」 
 西に傾いた太陽が2つの長い影を作っている。
 夕日を背に2人は今日の依頼について話していた。
 正直なところスケット団への告白絡みの依頼は成功率が低いが、本日はめでたくカップルが成立した。
 ちなみに成功率を下げている要因は主にダンテである。
 ここ最近成功したのはチュウさんとレミお姉さん。
 エニーとクエッチョンはナゾである。
「……ちょっと思ったんやけど」
 沈黙を破りヒメコはボッスンに話し掛けた。
「今日のあのアドバイス」
「ん?」
 言葉が喉に詰まる。
「あの、その……」
「だから何だよ」
 ボッスンの顔の半分が夕日に照らされている。
「……今日のアドバイス、サーヤの告白のときのとちゃう?」
「……」
 今度はボッスンが黙る番だった。
 それはつまり、間接的に肯定しているということだ。
「なんで」
「だって、お前みたいな僧が恋愛のアドバイスなんかできる訳ないやん」
 それに、──思い出したのだ。
 毎日のように部室に通っていたサーヤ。
 しかし、一時期ぱたりとその足が途絶えた。
 理由は知っている。
 中身はヒメコだったが、修学旅行中サーヤはボッスンに告白をして、一方的に気まずくなっていたのだ。
 ある日をきっかけにまた部室に遊びに来るようになったが、後にその日に何があったのかを知ることになった。
 ──その日、サーヤはボッスンに告白をしたのだ。
 裏庭で。
 面と向かって。
 気になる、ではなく、好き、と。
「……ヒメコには関係ねぇだろ」
 ようやくボッスンが口を開いた。
 関係ない、という言葉に心が重くなる。
「関係なくても気になるやんか。アンタみたいな僧があんな可愛い子に告られて、しかもキープしとるんやで?」
 せめてもと精一杯笑顔を作る。
「別にキープなんかしてねぇよ」
「だってフってないんやろ?」
「でもキープなんかしてねぇ。よくわかんないって言ったんだ」
 それは世間的にキープになると思うのは気のせいだろうか。
「わかんないわかんないて、ボッスンは子供やな。幼稚園生か。好きな子いじめたことないやろ?」
 これは本音だ。
 コイツは初恋もしたことないだろうと思っていた。
「いじめたことはないけど……いたよ」
「え?」
「好きな子」
 先ほどの『関係ない』という言葉よりずっと重かった。
「……へぇ。意外やな」
 動揺を隠すのに精一杯だった。
 堤防下に流れる川を見つめる。
 川の水が夕日を反射しオレンジ色にきらきらと光っていた。
「お前は?」
「は?」
 何のことを言っているのかわからない。
「だから……いたのかよ」
 好きなヤツとか、と低い声で言う。
 そりゃあ昔は、
「……いた」
「ふーん」
 アタシは僧のアンタとはちゃうねんぞ。
 と言い返したかったがその力も無い。
 いつ、どんな人を、好きになったのだろうか。
 そう思うとズキズキと胸が痛む。
「──ヒメコ」
 突然名前を呼ばれ、ボッスンの方に振り向いた瞬間腕を引っ張られた。
 身体がボッスンに引き寄せられる。
 あまりにも突然のことで顔に熱が集まる。
「大丈夫か?」
「……え?」
「自転車」
 後ろを見ると自転車が通っていた。
 先ほどすれ違ったのだろう。
 ボッスンはヒメコにぶつかりそうになった自転車を避けようとして腕を引っ張ったのだ。
 なんだ、と一気に力がぬける。
「大丈夫や。ありがとな」
「おう」
 そして、ボッスンは掴んでいたヒメコの腕を離した。
 ちょうど分かれ道だった。
「じゃ、また明日な」
「またな」
 短くそう言ってボッスンと別れた。
 しばらくしてから後ろを振り返る。
「ボッスン」
 名前を呼んだ彼の姿はもう見えない。
 そっと掴まれた所を逆の手で撫でる。
 そこはまだ熱いままだった。


キミの好きな人を知ろうとするのは罪ですか





初SKET&ボスヒメ小説です。
本命は最後の場面で、でもあまりにも短かったのでそこに到るまでの場面を書いたらとんでもなく長くなりました。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!

12.7.7






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