* 春の柔らかく暖かい日の光に包まれ、だんだん意識が薄れてゆく。 「なぁボッスン」 「あー」 「お願いがあんねんけど……」 女装してくれ──なんて。 あぁ、とうとう俺の耳も末期か。 「はっはっは、スイッチ〜〜。オレ耳鼻科行った方がいいかな? 今すごい聞き間違いしたんだけど」 『聞き間違いではないと思うぞ』 小さな望みが消えた。 「せやから女装──」 「なんっでだよ!!」 力いっぱいテーブルを叩いたが、二人の反応は薄かった。 「何でウサミの男嫌いを直したるで作戦をする必要があんだよ! ウサミさんがここに来るのか!? ウサミさん生徒会なんだから相談事はそっちでやりゃあいいじゃねーか!」 「ツッコミくどっ! ……それにな、作戦とちゃうねん。これ見てくれボッスン」 彼女の両手には深い青色に輝くデジタルカメラがあった。 「おっ、新品か」 「せやねん」 先日買ったばかりのものらしい。 『それは先月発売されたばかりのDSC-TX30ではないか!』 スイッチの長い説明を簡略化すると、小型でタッチパネル式。 防水、十倍ズーム、更に動画も録れる──らしい。 「ほな、今から女装しろ」 「だから何でオレがやんなきゃいけねぇんだよ!!」 話が巡って戻ってきた。 「せやからこのカメラで何撮ろかなー思て。……ボッスンの女装しかないんよ」 「あるよ!! あるだろ他にも! ホウスケとか部室とかクラスの人とか……って何でおめーはいきなり女装撮ろうとしてんだよ!」 ヒメコから無理矢理カメラを奪い取ろうと試みる。 が、スイッチに横取りされてしまった。 「……ってお前入ってくんなよめんどくせぇ!」 『小型だが意外とボタンは押しやすそうだな』 「リトルボッスンは写真に残ってんやけどニセ女子は残ってへんから〜〜!」 「あーもー! 一人で二人も一気にツッコめねぇんだよ! 同時にボケるな!」 何故ヒメコはツッコミ担当で疲れないのか疑問だ。 「もういいよ……女装するからとりあえずおとなしくしてくれ」 「ホンマに? ほなボッスンこれ」 差し出された袋を無言で受け取った。 * それからヒメコに廊下に出てもらい、袋の中を漁る。 「……ってこれ」 『どうした、ボッスン』 「文化祭のコスプレじゃねーか!」 袋ごと地面に叩きつけようとしたが、後が怖いので堪えた。 『丹生さんがいないからな』 「主旨変わってんじゃねーか! 何で俺がメイドになんなきゃいけねーんだよ」 『元々クラスの出し物をメイドカフェにしようと言ったのはボッスンだぞ』 止めを刺され、渋々袖を通す。 肩や腰がやたらと窮屈だ。 「ヒメコー、着替えたからさっさと入ってさっさと撮ってさっさと出てってくれー」 がらりと勢い良くドアを開く。 その先に口元を緩ませながら立っていたヒメコは、制服姿ではなかった。 「何でヒメコがウェイターの服着てんだよ!!」 『面白そうだから俺が貸した』 「おめーか!」 今回は見るからに他人事の(というか面白がっている)スイッチに腹がたつ。 「スイッチが貸してくれてん」 「今聞いたよ!」 テーブルの上に置いてあるカメラヒメコに押しつけた。 「やっぱ似合うてるなぁ。アンタ目大きいし。……女装が趣味とちゃうん?」 「おめーが無理矢理着せたんだろ! 早く撮ってくれよ!」 「ほなメイクしてやろか?」 「話聞いてたか!?」 もういい着替える、と襟に手をかける。 「ちょお待て! すまんかったボッスン! 撮ったるからそこに立って」 やっとヒメコはカメラを構えたが、スイッチが横から奪い取る。 『せっかく二人ともコスプレしてるのだからツーショットにしてやろうではないか』 「何で上から目線なんだ」 「それ、自分がカメラ触りたいんとちゃう?」 一人だろうが二人だろうが関係ない。 とりあえずこの変な空気を早く元に戻したい。 『目線こっちー……はい、レンジで簡単とろけるスライスチ──ズ』 「長いわ!」 部室内に白光が走る。 カメラの画面を覗くと、少し無愛想な表情のボッスンと満面の笑みのヒメコの姿があった。 「またこの子はムスッとしてぇー」 「なぁ俺もう着替えていいか?」 『可愛い顔が台無しだ』 なんか聞き覚えのあるやり取りだな。 そう声に出すのは止めた。 上から順に釦をはずしてゆく。 「あぁ〜〜。アタシもっと撮りたかったんやけど……しゃあない。スイッチ、ニセ女子なるか?」 『そういえば今日小田倉くんと出掛ける約束があったような』 いそいそと帰り支度を始めている。 「おいずりーぞスイッチ! 俺だってやりたくないのに女装なんかさせられて……」 『アデュー』 「アデュー。……じゃねえよ! フランス人か!」 逃げたらゆるさねーからな、という台詞の途中で、彼は本当に部室を出ていった。 「まじかよ……」 呆然と立ち尽くす。 「さて、依頼も来ぇへんことやしアタシらも帰るか」 「オレ今日すごい依頼押しつけられたんですけど」 「それ家でまとめて洗うからはよ脱げ」 自分に都合の悪いことばっか無視しやがって。 そんなことを言ってみたらどうなるかは想像できるので、決して口にはできないが。 「ヒメコも早く行けよ」 はいはい、と背を向ける。 振り向いて見てみると、やはり少し大きいようで肩の部分が余っていた。 「何が楽しいんだか」 一人になった部室で呟いた。 シャッターチャンスは逃さない いつもの君が一番 女装したボッスンにノリノリでからむ男装ヒメコ…ということで。 そこに到達までがとてつもなく長くなりました。 会話が多いわツッコミはくどいわ、さらに終わり方も微妙な感じになってしまいました。 今まで一度もリクエスト通りに書けたことないな、私…。 こ、こんな文でよかったらお受け取りください…! 12.10.20 〇 |