ちょうど昨日は暇だった。
 ただ、それだけ。
「えっへっへ〜〜。アタシ今日クッキー焼いてきたで」
 クッキーを詰めたタッパーを二人に見せる。
 今日のは紅茶の茶葉を入れて薫りを良くしてみた自信作だ。
「お。気が利くな」
『だいぶ量があるぞ』
「焼きすぎてもうたんよ。まぁ余ったら余ったで部活終わってからキャプテンに渡せば……あ、お茶淹れよか?」
 そう言って席を立った時だった。
 勢い良く部室の扉が開かれる。
「みんな! 遊びに来てあげたわよ!」
 そこには自慢のツインテールを揺らしたサーヤが立っていた。
「お! サーヤ、久しぶりだな」
 さっきよりボッスンの声のトーンが高くなったのに気づいてしまったのが嫌だった。
「ほな、アタシお茶淹れるわ」
「ヒメコちゃんありがとう!」
 先にクッキーをテーブルに置き、ポッドの電源を点ける。
 サーヤがボッスンの隣に座ったのを確認すると、再び背を向けた。
 ──別に、サーヤが嫌いな訳ではない。
 ただ、サーヤの気持ちに気づいてないボッスンを見てイライラするだけ。
 そう。
 それだけだ。
「紅茶淹れたで」
「わ〜〜っ、ありがとう!」
「……ヒメコ、」
「ほな」
 最後にスイッチにカップを渡す。
「──それでね、……が……」
「へぇ。……がねぇ」
 いつもアタシの話は聞かないくせに。
 楽しそうな二人を見て視界がぼやける。
 クッキーを口に運んだが、味なんてしなかった。
 ──アカン。もう嫌や。見とうない。
 そう思った瞬間、肩を叩かれた。
『──ヒメコ。一緒に帰らないか』
 スイッチが横に立っていた。



 西に傾いた太陽が、黒く長い影を二つ作る。
「……スイッチ」
 部室を出てから初めて口を開いた。
「ありがとうな」
『何が』
「連れ出してくれて」
 ボッスンとサーヤを気遣った、というよりは、ヒメコをその場から逃がしてくれたようだった。
『カップ』
「え」
『カップがいつもと違った』
 どういう意味だろう。
『いつもボッスンが使ってるカップがサーヤで、オレとヒメコのも逆になってた』
「ウソ」
 全く気付かなかった。
『気付いてなかっただろう』
「今知った」
 何となく三人の使うカップは決まっている。
 否、何となくヒメコが勝手に分けている。
 それにコイツは気付いていたのかと思うと嬉しかった。
『それほど動揺してたんだろう?』
 何に、と訊かなくてもわかる。
「アイツが鈍すぎんねん」
 サーヤが可哀想で見てられん、と言うと、スイッチはしばらく黙っていた。
『──俺のコイバナ聞いてみるか?』
「お、おもろそうやな。ほな聞かせてもらおか」
 河原の斜面に並んで腰を下ろす。
『俺の初めて好きになったヒトは、近くに住んでた幼なじみだった』
「少女漫画みたいやな」
 いつもの癖でツッコんでしまった。
『まぁそうだな』
 向こう岸を眺めている。
『レミお姉さんみたいに言い間違いがひどくて。でも可愛くて。誰からも好かれてた』
 川が太陽の光を反射していて、橙色にきらきらと輝いていた。
『それが俺の自慢でもあり、──不愉快でもあった』
 遠くで電車の走る音が聞こえる。
『とうとう弟にまで嫉妬したんだ』
 ──弟。
 何か言おうとして止めた。
 それはあまりにも重かった。
『沙羽は俺なんかより出来の良い俺の弟が好きだと思った』
 沙羽、とは幼なじみのことだろう。
『嫉妬して、沙羽の友達に二人が付き合ってるって言ったんだ。否、友達なんかじゃなかった』
 突風が吹き、髪が乱れた。
『そいつは沙羽を恨んでて、正文を殺した。人を傷つけるには、その人の大事な人を奪うのが一番だと思ったそうだ』
 乱れた髪を直す。
『俺のつまらない嫉妬が、弟を奪ったんだ。結果、沙羽も遠くに越して行った』
 目を瞑った。
『沙羽が引っ越す日、好きだった、と言った。返ってきた言葉は私も、だった。……両想いだったんだ』
 瞼を開くと、大粒の涙が溢れた。
『これで俺の最初で最後の恋の話は終わりだ』
 声が出せなかった。
 嗚咽と涙が止まらない。
『ヒメコ』
 そっと肩に手をのばす。
『気付いてないのなら、俺は何も言わない。──でも、』
 気付いているのなら、自分に嘘はつくな。
『でないと後悔することになる』
 気付いてる?
 気付いてない?
 何のことを言ってるのかわからない。
『後悔は、全て終わってしまっているから後悔なんだ。何も返ってはこない。──だから』
 肩を軽く叩くと後ろを指した。
 その方向に振り向くと、
「──ヒメコ、スイッチ!」
『動ける内に動いてみたらどうだ?』
 ボッスンが走ってこちらに向かって来ていた。
「ぼ、っすん……」
 ヒメコの横に立ち、タッパーを差し出す。
「ほら、クッキー。やっぱ量多くて食べきれなかった」
 がらっ、と中でクッキーが雪崩れる音がした。
「……別に明日でもよかったのに」
 目が潤んでるのを見られたくなくてそっぽを向いたまま言った。
 だって、と続けて、
「まだ美味いって言ってなかったから」
 タッパーを左手で受け取る。
「どうした? ヒメコ」
 今度はヒメコの正面にしゃがみこんだ。
「……あかん」
 それじゃあ見えてまうやろ。
「スイッチ」
『半分はボッスンが泣かせた』
「えぇっ、マジか」
 拭っても拭っても溢れて止まらない。
 ヒメコの目尻をボッスンは指でなぞった。
「なんかよくわかんねぇけど」
 指を一粒の涙が伝う。
「泣くなよ」
 頭に掌をのせられる。
 顔に熱が集まってくるのが自分でもわかった。
「……止まった」
「ウソだ」
「止まったもんは止まった!」
 差し出してくれた手を思わず振り払ってしまい、胸が痛んだ。
「……すまん」
「何で謝るんだよ」
 じゃあ、何でアンタはそんなに優しいの。
「……」
 振り払ってしまったにも関わらず、再び掌をのせてきた。
「止まった」
 ヒメコの顔を確認すると少し口角を上げた。
「よかった」
 小さい頃ルミが泣くとよくやってたんだ。
 そう呟いていたが、そんなことよりもその軟らかい笑顔がなんだか反則だと思った。
「クッキーだいぶ余っとるな」
 蓋を開けるとまだ半分ほど残っている。
『実はまだ食べてないのだが』
「ほな、よく噛んで食べ」
 タッパーごとスイッチに差し出す。
『いただきます』
「じゃあオレも」
「あ、ずるい! アタシも」
 クッキーを頬張るとほろりと崩れ、紅茶の薫りと甘味が口いっぱいに広がった。


嘘なんてない





ぐだぐだグダグタgdgd…長い!
もう自分にツッコみます長いわ!!
しかもサーヤ放置しちゃったよごめんよなんだかもう…。
お互いの過去ってどれくらい知ってるんでしょうか。
ヒメコとスイッチの会話が書きたかったんですが…あれ?
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

12.9.23






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