* ちょうど昨日は暇だった。 ただ、それだけ。 「えっへっへ〜〜。アタシ今日クッキー焼いてきたで」 クッキーを詰めたタッパーを二人に見せる。 今日のは紅茶の茶葉を入れて薫りを良くしてみた自信作だ。 「お。気が利くな」 『だいぶ量があるぞ』 「焼きすぎてもうたんよ。まぁ余ったら余ったで部活終わってからキャプテンに渡せば……あ、お茶淹れよか?」 そう言って席を立った時だった。 勢い良く部室の扉が開かれる。 「みんな! 遊びに来てあげたわよ!」 そこには自慢のツインテールを揺らしたサーヤが立っていた。 「お! サーヤ、久しぶりだな」 さっきよりボッスンの声のトーンが高くなったのに気づいてしまったのが嫌だった。 「ほな、アタシお茶淹れるわ」 「ヒメコちゃんありがとう!」 先にクッキーをテーブルに置き、ポッドの電源を点ける。 サーヤがボッスンの隣に座ったのを確認すると、再び背を向けた。 ──別に、サーヤが嫌いな訳ではない。 ただ、サーヤの気持ちに気づいてないボッスンを見てイライラするだけ。 そう。 それだけだ。 「紅茶淹れたで」 「わ〜〜っ、ありがとう!」 「……ヒメコ、」 「ほな」 最後にスイッチにカップを渡す。 「──それでね、……が……」 「へぇ。……がねぇ」 いつもアタシの話は聞かないくせに。 楽しそうな二人を見て視界がぼやける。 クッキーを口に運んだが、味なんてしなかった。 ──アカン。もう嫌や。見とうない。 そう思った瞬間、肩を叩かれた。 『──ヒメコ。一緒に帰らないか』 スイッチが横に立っていた。 * 西に傾いた太陽が、黒く長い影を二つ作る。 「……スイッチ」 部室を出てから初めて口を開いた。 「ありがとうな」 『何が』 「連れ出してくれて」 ボッスンとサーヤを気遣った、というよりは、ヒメコをその場から逃がしてくれたようだった。 『カップ』 「え」 『カップがいつもと違った』 どういう意味だろう。 『いつもボッスンが使ってるカップがサーヤで、オレとヒメコのも逆になってた』 「ウソ」 全く気付かなかった。 『気付いてなかっただろう』 「今知った」 何となく三人の使うカップは決まっている。 否、何となくヒメコが勝手に分けている。 それにコイツは気付いていたのかと思うと嬉しかった。 『それほど動揺してたんだろう?』 何に、と訊かなくてもわかる。 「アイツが鈍すぎんねん」 サーヤが可哀想で見てられん、と言うと、スイッチはしばらく黙っていた。 『──俺のコイバナ聞いてみるか?』 「お、おもろそうやな。ほな聞かせてもらおか」 河原の斜面に並んで腰を下ろす。 『俺の初めて好きになったヒトは、近くに住んでた幼なじみだった』 「少女漫画みたいやな」 いつもの癖でツッコんでしまった。 『まぁそうだな』 向こう岸を眺めている。 『レミお姉さんみたいに言い間違いがひどくて。でも可愛くて。誰からも好かれてた』 川が太陽の光を反射していて、橙色にきらきらと輝いていた。 『それが俺の自慢でもあり、──不愉快でもあった』 遠くで電車の走る音が聞こえる。 『とうとう弟にまで嫉妬したんだ』 ──弟。 何か言おうとして止めた。 それはあまりにも重かった。 『沙羽は俺なんかより出来の良い俺の弟が好きだと思った』 沙羽、とは幼なじみのことだろう。 『嫉妬して、沙羽の友達に二人が付き合ってるって言ったんだ。否、友達なんかじゃなかった』 突風が吹き、髪が乱れた。 『そいつは沙羽を恨んでて、正文を殺した。人を傷つけるには、その人の大事な人を奪うのが一番だと思ったそうだ』 乱れた髪を直す。 『俺のつまらない嫉妬が、弟を奪ったんだ。結果、沙羽も遠くに越して行った』 目を瞑った。 『沙羽が引っ越す日、好きだった、と言った。返ってきた言葉は私も、だった。……両想いだったんだ』 瞼を開くと、大粒の涙が溢れた。 『これで俺の最初で最後の恋の話は終わりだ』 声が出せなかった。 嗚咽と涙が止まらない。 『ヒメコ』 そっと肩に手をのばす。 『気付いてないのなら、俺は何も言わない。──でも、』 気付いているのなら、自分に嘘はつくな。 『でないと後悔することになる』 気付いてる? 気付いてない? 何のことを言ってるのかわからない。 『後悔は、全て終わってしまっているから後悔なんだ。何も返ってはこない。──だから』 肩を軽く叩くと後ろを指した。 その方向に振り向くと、 「──ヒメコ、スイッチ!」 『動ける内に動いてみたらどうだ?』 ボッスンが走ってこちらに向かって来ていた。 「ぼ、っすん……」 ヒメコの横に立ち、タッパーを差し出す。 「ほら、クッキー。やっぱ量多くて食べきれなかった」 がらっ、と中でクッキーが雪崩れる音がした。 「……別に明日でもよかったのに」 目が潤んでるのを見られたくなくてそっぽを向いたまま言った。 だって、と続けて、 「まだ美味いって言ってなかったから」 タッパーを左手で受け取る。 「どうした? ヒメコ」 今度はヒメコの正面にしゃがみこんだ。 「……あかん」 それじゃあ見えてまうやろ。 「スイッチ」 『半分はボッスンが泣かせた』 「えぇっ、マジか」 拭っても拭っても溢れて止まらない。 ヒメコの目尻をボッスンは指でなぞった。 「なんかよくわかんねぇけど」 指を一粒の涙が伝う。 「泣くなよ」 頭に掌をのせられる。 顔に熱が集まってくるのが自分でもわかった。 「……止まった」 「ウソだ」 「止まったもんは止まった!」 差し出してくれた手を思わず振り払ってしまい、胸が痛んだ。 「……すまん」 「何で謝るんだよ」 じゃあ、何でアンタはそんなに優しいの。 「……」 振り払ってしまったにも関わらず、再び掌をのせてきた。 「止まった」 ヒメコの顔を確認すると少し口角を上げた。 「よかった」 小さい頃ルミが泣くとよくやってたんだ。 そう呟いていたが、そんなことよりもその軟らかい笑顔がなんだか反則だと思った。 「クッキーだいぶ余っとるな」 蓋を開けるとまだ半分ほど残っている。 『実はまだ食べてないのだが』 「ほな、よく噛んで食べ」 タッパーごとスイッチに差し出す。 『いただきます』 「じゃあオレも」 「あ、ずるい! アタシも」 クッキーを頬張るとほろりと崩れ、紅茶の薫りと甘味が口いっぱいに広がった。 自分の気持ちに 嘘なんてない ぐだぐだグダグタgdgd…長い! もう自分にツッコみます長いわ!! しかもサーヤ放置しちゃったよごめんよなんだかもう…。 お互いの過去ってどれくらい知ってるんでしょうか。 ヒメコとスイッチの会話が書きたかったんですが…あれ? 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。 12.9.23 〇 |