番外その2:引越し

「っはー!引越し完了ですねっ、トキヤさん!」

最後の荷物を蹴り入れ…押入れにぶち込んで、私は伸びをした。学園を、めでたくトップで卒業した私と、トキヤは、新しい寮に移り住んで心機一転!お仕事頑張りましょー、ということになったのだ。

私とトキヤの部屋は、早乙女…いや、社長に無理言って無茶してゴリ押しして、

「んもー、仕方ないですネー。最初で最後のわがままとして受け取ってあげまショウッ!」

と、オッケーしてもらった。なんだかんだ言って、早乙女……社長も私の帰還を喜んでくれているのだ。AクラSクラのみんなとも部屋が近くて、相変わらずうるさくなりそうだなぁ。とトキヤと笑ったのは記憶に新しい。

そして、引越し作業はお互い助け合ってやろうねー、ということで作業をしていたのだ。トキヤの部屋を最初にかたづけてしまって、日付をまたぎ、私の部屋。そしてそれも今この瞬間、終了したのです!

「はぁー……長かった」

「真白の荷物はそれほど無かったから楽だったでしょう」

「それを言ったら、トキヤさんもっすよ。引くくらいの新聞切り抜きとか雑誌切り抜きはあったけど、そんくらいでしょう。あとは私物」

「あれは音也がっ…!…まぁ、いいです」

それなりにフカフカのソファーに並んで座る。机の上に乗ってる、烏龍茶と緑茶のペットボトルをそれぞれ手に取るとキャップを開けた。ここでティーセットとか出せれば少しは女子力もあるのだろうけど…そんな時間なかったのです。

ゲーム中の七海はすごかったよ…。献身的だよ…。あんな嫁さん欲しい。

「真白は、」

緑茶のキャップをしめたトキヤは、こちらに視線を投げた。なぜか背筋がシャンとなるような真剣な目だったので、ぎこちなく烏龍茶を机に置く。

「は、はい」

「……その…。ああいや、なんでもないです。このあとはどうしますか?」

あからさまに話を変えたのがわかったけれど、私は気づかないふりして、そうだねぇ。と悩んだ。

「…部屋でのんびり、したいなぁー。もちろん、トキヤさんとね」

「おや、嬉しいことを言ってくれますね。ではのんびりしますか」

ソファーの背もたれに背中を預けると、天井を見た。ゲームのスチルでしか見たことのない部屋に、私がいる。これは不思議で不思議でしょうがなかった。

きっかけは、本当に驚くようなことだったなぁ。夢遊病かと本気で焦って、トリップだと知って慌てて、その頃はトキヤが嫌いだったからパートナーになったときいて嫌がって…。でも段々こいつが全てに真剣になりだして。お互いに変わって、分かりあって。

「今は、恋人同士だもんなぁ〜」

「あの時の関係からは想像もつきませんね」

「!?」

なぜ考えてることが…!という視線を送ると、トキヤが優しく笑って私の頭に手を置いた。

「なんとなくわかりましたから。すごく面白い百面相でしたよ」

「…………今、とてつもなく恥ずかしいです」

自分の顔を覆った。そんなに百面相してたか私は……。いたたまれなくなっていたところで、不意に玄関のチャイムがなった。私は慌てて立ち上がると、玄関に走る。

「はーい!真白ですよー…おおっ、みんなぁ」

「やっほー、遊びに来ちゃった」

「わぁーい、昨日ぶりですねぇ〜」

「すまないな…俺は、その……止めたのだが」

「さっきそこで皆さんと会って…あっ、ケーキ買ってきたんですけど、どうですか?」

そこにはAクラスの面々が立っていた。画面内に四人も居ると狭い、っていうのがわかる気がした。ドアの枠に入りきってない…。私は追い返すこともできず(絶対しないけど!)四人を中にいれた。

「トキヤさーん、Aクラの皆さん遊びに来ましたよー」

「やっほトキヤ!」

「音也貴方という人は…本当に空気を読みませんね」

「まぁねー。邪魔しに来たんだもん」

可愛らしく言うと、トキヤの隣に座った。ねえねえ!と早速絡んでいる。嫌そうな顔をしながらも、追い払わないトキヤを見てるとニヤニヤしてしまいます。立ってる三人に、向かいのソファーをすすめると、私は移動式の椅子を引っ張ってきた。

七海からケーキを受け取ると、箱を見て、おっ、と声を漏らした。

「これって、最近オープンした」

「そうなんですっ。えへへ、気になってたんですよね」

「私も!栗モンブラン…ある?」

「四ノ宮さんすごいですっ!真白ちゃんはそれでしたね」

七海が言うところによると、彼女が私にはイチゴショートを買おうとしたらしいが、那月が寸前で止めて、真白ちゃんはこっちがきっと好きですよぉ〜、と栗モンブランを頼んだらしいのだ。

「那月…恐ろしい子」

「真白ちゃんの好みなら、大体当てられますよぉ〜」

「怖いっての!…ん、じゃあお茶注いでくる。紅茶か緑茶かコーヒーか。音也はブラックコーヒーでおっけーね」

「ひっどい!俺、飲めないってば!」

「あっ、私手伝いますっ」

それぞれに注文を聞いて、七海と台所に向かう。私は飲み物、七海はケーキを皿に移す作業をしながら、変わんないねぇー、としみじみ呟く。

「そうですねぇ。皆さん、仲良しです」

「春歌は、結局…誰とも組まずに終わったね」

「はい…。ですが、これからのお仕事は基本一人なので、その練習だったと思えば」

「強いー。私は…まぁ、仕事しつつ、いつかトキヤさんの専属作曲家になれたらいいなぁ…っていう野望が」

「野望って」

くすり、と七海が笑う。用意が終わったのでお盆に乗せてリビングに持っていった。

……なんだか、地獄絵図だった。


「ったく。音也、君は少し自重しないと…トキヤさんが切れるじゃないか。ただでさえ切れたら面倒なのに。栗モンブランー!」

椅子ごとクルクル回りながら、栗モンブランにフォークを入れる。口に運ぶと、舌触りのいいクリームがふんわりと香った。とても甘くて、でも下品な甘さじゃなく繊細な味で…いいとこみっけた。と一人ガッツポーズ。七海と目で、今度友千香誘って行くが。と会話した。

トキヤは、カロリーが…とか言っていたが口ん中に無理やり押し込めると、軽く目を見開いたあと、無言で食べだした。あ、ツボったな。


「っはー、ご馳走様!ありがとうね春歌。今度なんか奢らせてよ」

「い、いえいえ!手土産みたいなものなので…」

「いーや、奢る。どう、空いた日に女子会ランチでも」

「じ、じゃあお願いしちゃおうかなー……。ああっ、もうこんな時間ですか!?」

時計を見た七海は、カバンを持って立ち上がった。なんでも、林檎センセから招集かかってるらしくて。

「では俺たちもそろそろ…」

真斗が立ち上がり、音也と那月を引っ張って玄関に向かった。私も、トキヤと一緒にみんなを見送る。また会おうねー、と手を振って別れた。玄関の扉を閉めると、どっと思い出したように疲れがこみ上げてくる。

「うう…引越しの疲れが今…ぐっ」

「ここで倒れないでくださいね。ほら、ソファーにどうぞ」

「かたじけない」

ソファーでゆったりとしていると、だんだん眠くなってきた。うつらうつらと船を漕いでいると、トキヤが自然に私の肩を抱いて自分の肩に頭を引き寄せる。

「……え?」

「こ、恋人同士ですし。こういう触れ合いも悪くはないでしょう」

「…あ、ありがと、う……ございます」

最初は体を固くしていたが、ぽんぽんとトキヤが肩をたたきはじめたあたりから、リラックスしてきた。自然と合う呼吸ににやけていると、トキヤが息を漏らした。

「真白は……その、」

「……うん」

「…。後悔なんて、していませんか?」

「なんでー」

さっき、言いかけたのはこのことだろうか。私は軽く返した。しかしトキヤのトーンはさらに重たくなっていく。

「君とこうしていると、いつも思うんです。本当に君は楽しいだろうか。後悔、していないだろうか。と…」

私は無言で体をはなした。少し、トキヤがピクリと指を動かす。その手をつかむと、おもむろに力を込めた。

「いっー!」

「なーにしけたこと言ってんすか!楽しいに決まってますよ。私は、楽しくないのに笑うとか、そんな大人みたいな表情筋持ってません!単純なんでね。後悔してもいない。それに、あそこで君を突き放していたらきっと私はそれに後悔していた。ほら、言うじゃないですか。やらずに後悔するより、やって後悔したほうが何倍もマシだって。あ、後悔してるわけじゃないよ?今回は成功例だから」

だから。とトキヤの目を見た。頑張って笑ってみる。こんなふうに意識して笑うのは意外と難しかった。

「んなことで悩まないでください。そりゃあ、向こうに未練がないかって言われたら、ないわけないだろ!ですけど……今は、君と生きることを決めましたから」

「……。君は強いですね」

「そうかな。ただ、開き直ってるだけだよ。と、トキヤさんが私のことを愛してくれたら多分、辛くないし苦しくないと思う」

言ったあとで顔があつくなってきた。何私、キャラにあわないことを言ってるんだろう。カーっと血が上ってきた顔を仰いでいると、トキヤに抱きしめられた。ぎゅっと、何かに縋る様な抱きつき方だった。

「と、トキヤ…さん?」

「沢山真白のことを愛しましょう。愛で窒息死してしまうほど、私に埋もれればいい」

「…あはっ、死にたくないので、ほどほどにね。……でも、そこまで愛してくれるなら本望かなぁ〜」

トキヤの背中をぽんぽんと撫でると、少しトキヤが距離をとった。そっと前髪を払いのけて、額に口付ける。

「……えええええっ!?」

「ふふ、本当はここに、口づけたいのですが…。貴方にはまだ早いみたいなので」

ここ、というところで唇に人差し指を当てる。

「ななな、そそそ、そんな、ことな…」

「ないのですか?」

「……あるかも、です」

「そうですよね。心臓がとてもドキドキいっていますよ」

さっきとはうってかわって、妖艶な笑みを浮かべるトキヤに私は翻弄される。

「お、お手柔らかに」

「出来るだけ頑張りますよ」

すっと手を取って指先に口付ける彼を見てると、本当に「お手柔らか」にしてくれるのか…わかんなくなってきたよ。

――――――――――――
長くなってしまった…。
後半頑張って甘くしてみた。
まだ夢主が恥ずかしがってちゅーはできません。
13.05.31






「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -